第九十五話:姉弟
「え・・?」
(あれはもしかして・・ハク?私の弟のハク・・?)
小さくハルは驚きの声を出した。ハッと無意識に出てきた声を抑えようと口に手を当てたので手に持っていたはたきを落としてしまった。
パサっと音がしたのでハルを見たサキは、その驚き様を見て察した。
(この驚き様・・この2人は何かあるわね・・)
サキは心の中で推察していた。一方ハルは焦っていた。
(手が震える・・どうしよう。表情に出てしまうかも・・。なんでハクがここに?ガスティン侯爵様の話は一体どうなっているの・・?)
ガスティン侯爵は男手が必要なハル一家のために、弟のハクを村に戻す代わりにハルに仕事をしてほしいと話を持ち出してきた。昨年の野菜作りの最中のでき事だった。そのためハルはガスティン侯爵のメイドとして働き、命令を受けここ、クレアトン伯爵邸に来ていたのだ。
ハルはブルブル震える手ではたきを拾い、何事もなかったように取り繕って戸棚の埃取を再開した。その時の異常な震え方を見ていたのはこの部屋の中でサキだけだった。
そんな中、騎士服をビシッと決めたハクが挨拶を始めた。
「・・初めまして。改めて本日よりアリスお嬢様の護衛騎士として仕えさせていただきます、ハクと申します。よろしくお願いします。」
ハクは騎士の礼をアリスへした。その一挙手一投足を目に焼き付けようとアリスは目をハートにしながら見つめていた。アリスの頭の中は大興奮、大きな嵐が巻き起こっていた。
(くうう!やっぱり私のドタイプ!)
「ア・・アリスです。これからよろしくね、ハク。」
心の中を一切出さないよう、手を震わせながらアリスは手を差し出す。ハクはその手をじっと見つめた後、手の甲へキスをした。
「誠心誠意努めさせていただきます。」
「ぎゅん!」
アリスの心の声が漏れた音が聞こえたが、皆スルーしていた。
マリサはその様子を冷静に見つめていた。ハクは目つきは少し悪いが、どこかで会ったという既視感は無かった。
(どちらかと言えば、毒薬を仕入れるよう命じたメイドに似ている気がするけど・・)
チラリとハルを見る。ハルはこちらへ背を向けて掃除を再開していた。
(血縁関係とかであれば、こちらを見て驚いているはず・・でもそんな様子は無さそうね・・。となると、ハルに似ているからこの護衛騎士のことを気にしていたのかしら・・。杞憂だったのかも)
マリサの視線に気づいたハクは少し緊張した面持ちをしつつも笑顔を作り、会釈をする。その様子を見たマリサは思った。
(本当のスパイであれば、あんな緊張した面持ちをすることはないわ。寧ろ完璧な笑顔を作って会釈をするはず・・となればこの子は本当にただの騎士なのかも。)
マリサはずっと考えていた。
ハクはずっと心の中で焦っていた。アリスの部屋に入った瞬間、ヨハス、マリサ、アリス+部屋の掃除をしていたメイド4人、計7人の視線が一気に集まったこと、中でもマリサの視線が厳しく、(もしかしてバレた・・?)と内心冷や冷やしていたのだ。
最初はその視線に気づかないふりをし、後から気づきました、という体で会釈をしようと考え、実践に移したが、それは大正解だった。
(なんなんだよ、あの鋭い視線。バレたのか?もうバレたのか?でもこの人とは会ったことは無い・・。確かマリサだったな。あの愛人の。)
ハクは表情に出さないよう、頭をフル回転させながら一生懸命情報の整理をしていた。そんな中、ヨハスがすっと前に出てきた。
「君がハク君か。アリスから話しを聞いているよ。なんでもしっかりした騎士だというじゃないか。可愛い娘のためにどうかよろしく頼むね。」
ヨハスはにっこりと良い父親のように話しかけ、握手のための手を差し出した。ハクは内心イラっとしながらも出された手を恭しく握った。
(お前、シンシアお嬢様の時はそんなことしなかったじゃないか!この差はなんだよ!)
「そんなことを言っていただけるなんて、身に余る光栄です。これから頑張ります。」
ハクはビジネス笑顔を作り、話した。その笑顔はシンシアにも見せたことのない、作られた笑顔だった。その笑顔に満足したヨハスは自分の後ろを見た。掃除を再開しているメイドもいればこちらを見ているメイドもいたため、まずは顔を覚えてもらう必要があると思った。
(まずは、アリスの身近の世話をしているメイド達を知ってもらわなくてはな。)
「メイドの皆手を止めてこちらを見てくれ。今日からアリスの護衛騎士になったハク君だ。皆顔を覚えておくように。」
ヨハスに声をかけられ作業をしていたメイド達は手を止めハクを見る。ハクもこちらを向いたメイド達1人1人の顔を見ていた。最後にこちらをゆっくり振り向いたメイドを見て、ハクは心臓が口から飛び出るかと思うくらい驚いた。
(え・・えええ?ハ・・ハル姉・・!?)
うつむき気味にこちらを見ているメイドは、村にいるはずの姉だった。




