第九十四話:苦労人ハル
その頃、ガスティン侯爵家の手下メイドであるハルは毎夜、毒薬を手に入れるための経路を探しなつつ毎日のメイド業務を行っていた。ハルはずっと焦っていた。
(アリス様に指示を出されてから大分時間が経ってしまった・・。早く経路を探し出さなくては・・!)
日中はメイド業務、夜は課された任務の遂行・・。睡眠時間を毎回削っているため焦燥感が募り始めていた。加えて自分が次の尻尾に当てはまることは分かっていた。だが、自分が死ぬとガスティン侯爵から約束された自分の家族の生活がどうなるのか分からないので、生き残るために毎日必死に過ごしていた。
(それに私には何かと付きまとってくる同僚がいるし・・あの人いったい何なの!絶対ルイザ様側のスパイじゃない!)
眠気眼をこすりながら、メイド業務をしているハルの脳裏に浮かんできたのはその厄介な同僚だった。それは異動してきたサキだった。
サキはこちらに配属されてからメイド達を探っているようで、ハル自身、気づかないうちに色々探られた後だった。それは夜間も同じで、一緒の部屋で寝るメイド全員が就寝してからではないとサキは寝なかった。それは夜間動く必要のあるハルにとってとても辛いことだった。
加えて、ルイザが前もって夜間の警備を強化していた為ハルは毒薬入手経路を確保できていなかった。寧ろ警備が多すぎるのと、睡眠不足で頭が回らなくなってきて正常な判断が難しくなってきていた。
(ああ・・あの人が早く寝てくれないと私は動けないし・・本当に辛い・・。)
サキに気づかれないようにするため深夜1人で起き、経路を探る生活を送っているハルの目の下には隈ができ、日中の仕事にも支障が出始めていた。支障がでたことで更にサキに怪しまれていたため、ハルは心の中で怯えていた。
(ひっ!またサキさんがこっちを見てるよ・・!しっかりしなくちゃ。)
ハルははたきでアリスの部屋を掃除しながら背中に痛いほどサキの視線を感じていた。
サキはアリス付きメイドになってから、最初は大人しくメイドとしての役割を果たしていた。特に邪険に扱われることは無いと確信できたので、(マリサからの罠は野生の勘で避けていた為無傷だった)少しずつアリス付きメイドの動向を探り始めていた。中でも怪しいと思っていたのがハルだった。
(あの子、どんどん隈がひどくなってきてる。それに私の目線から外れたい気持ちがこう、プンプンと伝わってくるわ。本当にあの子は怪しい。でもそれよりも・・今日は大丈夫かしら・・。)
ハルの行動はサキに最初からバレていた。ただ、怪しまれているだけではなく体調を心配されていた。
(あの子、なんか足元覚束ないし・・フラフラしてる。倒れちゃいそう。心配だわ。)
サキがハルをじっと見つめている時、アリスがヨハスとマリサを連れ、ドアを勢いよく開け、ワイワイ言いながら部屋へ入って来た。
「え!やった!本当に!!?嬉しい!!ありがとうお父様!」
「そう!本当だよ!ルイザから報告があってね、ハク君がこちらに来てくれることになったんだ!きっともう少ししたらこの部屋に来るんじゃないかな?」
「やったあ!アリス、おめかししないと!」
アリスは自室に入ってきてルンルンと踊るように鏡の前に座ると目をキラキラさせたままブツブツ呟き始めた。
「うふふ、どうしましょう。私つきの護衛騎士になったらハク・・私に恋に落ちるかも・・ふふふ。」
一方マリサは少し不安げだった。
(ああ・・恐れていたことが現実になるなんて・・護衛騎士。困ったわ・・。どうしたものかしら・・。)
そんなマリサを気にせず、ヨハスとアリスはキャッキャ言いながらドレスを一緒に選び始めた。
「アリスはやっぱり、このドレスがいいよ!」
「その色は好きです!アリスの魅力を最大限に生かしてくれてる気がする!でもこの色あんまり持っていないから、お父様今度買って!・・あ、それかハクに選んでもらうのもいいかもね・・。」
「そうだな!」
キャッキャと言いあう浮かれ切った2人と神妙な面持ちの1人を見て、ハルは眠気が少し冷めた。
(ハク・・?)
そして2人の会話から聞こえてきた『ハク』という名前で自分の弟を思い出していた。
(ハク・・まあ普通によくある名前だもんね。)
アリス達が入室したことで、ハルを含むメイド達は一旦止めていた掃除の手を再度動かし始めた。
アリスは一番好きなドレスへ着替え、ハクが尋ねてくるのをドキドキしながら待ち構えていた。
トントンとドアをノックする音がし、アリスがいち早く気づき声をかけた。
「はいはーい!どなたですか?」
「・・本日付けでアリスお嬢様の護衛騎士になりました、ハクと申します。中に入ってもよろしいでしょうか。」
アリスはハクの声を聞いて増々テンションが上がった。
「いいよ!入って!」
「はい。」
ハクが入室する。メイド達は再び手を止め、中へ入ってくる護衛騎士を見た。
ハルは驚いた。まさか中に入ってきたのは数年前から会っていない弟だったからだ。




