第八十九話:殺意
「い・・行っちゃった・・。」
ルイザは窓からぼんやりと外を見ていた。カイフェンの姿はもう見えなくなっており、今まで本当にここにいたのかが分からないくらいの滞在時間だった。
「カイフェンが来てくれたおかげで助かったわ・・どうせ皇后にも話をしなくちゃいけなかったし・・。それに・・」
(あの日言ったことが本当であるならば、私は修道院の人たちを助けるための強いカードを手に入れることができたのかもしれない。)
カイフェンからのありがたい申し出にルイザは穏やかな風を外から受けながら心の中で思っていた。
夜が更けたころ、ヨハスがルイザの自室を尋ねてきた。
「ルイザ、話があるんだけど。」
「何?」
ルイザはもう寝る準備を済ませていたこと、今日色々なことを知ったこともあり、ヨハスの顔を今日が終わる最後の時間に見たくなかった。そのためヨハスを室内に入れたくない気持ちが強かった。
「ねえ、その話って長い?私もう寝る準備はできているし、疲れているの・・。あなたの話が人事や領地の話ならば明日時間を取ってあげる。それじゃダメ?」
ルイザは手持無沙汰に鏡の方を向き、髪の手入れを始めた。
ヨハスはこちらを全く見ようとしないルイザに少しイライラしながらも自分の要件を伝えた。
「僕の話は人事について・・。手短に言うけどダメ?」
ルイザは少し大げさにため息をついた。
「ごめん。今日は本当に疲れたの。明日にして。」
「・・わかった。」
ルイザに冷たく返されたヨハスはぐぐっと手を強く握った。
(ここ最近ずっとルイザは僕のことを軽視している気がする・・。この適当に扱っても良い、と思われている気がして腹が立つ・・!)
イライラが募り、ヨハスの中でどこか破壊衝動似た気持ちが出てきていた。ルイザが手入れをしている髪の毛や、その間から見える細い首を見て、今なら自分の手で殺れる気がした。
(待て・・今じゃない。今ではない。落ち着け・・・。)
ふーっとルイザに聞こえない程度の深い息を吐いた後に言った。
「ルイザ、約束だよ。明日必ず時間を作ってね。・・それじゃあ良い夢を。」
「おやすみ。」
ルイザはちらりと足元だけを見た。ヨハスがドアの外に出たのを確認すると、はあとルイザも深いため息をついた。
「ああ・・また人事のことなんて・・。またヨハス悩みの種を作りに来たのね・・今日は本当に顔を見たくなかったのに。なんで夜中に来たのかしら。」
「・・そうですね。あの方、日中はマリサさんとアリス様とべったりでしたから・・。今しか時間を作れなかったんじゃないですか?」
独り言のつもりだったが、急にシイナがぬるっと出てきてびっくりした。
「うわあ!シイナ!」
「ヨハス様が来たのが聞こえてきたので、何かがあってはいけないので控えてました。」
「そ・・そう。それはありがとう。」
ドキドキしながらルイザは返答する。シイナは少し悩ましい顔をしながら答えた。
「ルイザ様はヨハス様の顔を見ていないでしょうけど・・何か、企んでそうな顔をしていましたよ。それになんかこう、ルイザ様を目で殺せるならば殺してる、そんな、何かを射殺すような目をしていました。」
「え?」
(ヨハスの、人を射殺すような目・・?)
ルイザはシイナが言った言葉が信じられなかったが、シイナは淡々と話を進めていく。
「明日からまた何かがあるかもしれません。私たちも注意しておくので、ルイザ様も十分に気を付けてください。」
「わ・・分かった。」
「それでは私は寝ます。もうヨハス様も来ないでしょうし。」
「ありがとう・・おやすみシイナ。」
シイナが自室へ帰って行ったあと、ルイザは考えていた。自分の『前』の記憶は自分が毒薬を盛られてから、何もない。何を彼らが自分に内緒でやっていたのかもわからない。そんな中でまたヨハスは何かを企み始めている。
(シンシアにも話をしておくべきね。彼女には本当は今を楽しんでほしいけれど・・。彼女にも関係があるだろうし・・。)
ルイザは窓の外を見た。雲で月がぼんやりとしか見えず、明日は雨が降りそうだった。
(何もなければいいんだけど・・そういう訳にはいかないみたいだわ。)
全てが始まっているのに、何も解決しないまま進んでいるような不安感がルイザにはあった。




