第七十七話:喪失
翌朝、少し真面目な顔をしたヨハスがルイザの所までやってきた。
「ルイザ、ちょっといいかい。」
「ええ。良いわよ。」
昨日、あのようなことが起こったため、ルイザは執務室ではなく自室で仕事を行っていた。執務室は血の匂いが染みついており、利用できる状況ではなかった。
「・・昨日はメイドに騙された怒りで血が上って、ルイザの執務室であんな暴挙に出てしまって申し訳ない・・。君が今自室にいるのそれがあるからだろう?」
「ええ、そうよ。ねえヨハス。」
「なんだい、ルイザ。」
ルイザは真っすぐヨハスを見ながら話した。
「昨日のことだけど・・あんな風に殺すことは無かったでしょう?何かを知っている可能性もあるから、話を彼女から聞きたかったのに。どうしてあんな風に命令を下したの?」
ヨハスはぐっと手を握りながら答えた。
「僕は、アリスを毒殺しようとした人物が許せなくて・・。だから犯人と聞いていたシイナを処罰しようとしたんだけど・・。実は真犯人はあのメイドで、僕は騙されていたんだと思うと頭がかぁっとなって指示を出してしまったんだ。」
「・・・」
「ねえルイザ、分かるだろ?ルイザだってシンシアに手を出されたら、頭に血が上るだろう?」
その言葉を聞いてルイザはすこしイラっとした。シンシアのことを例に出されたことが気に食わなかった。
(あなたがそんなことを言うのね・・。シンシアのことを見捨てたあなたが・・)
今怒ったらヨハスの良いように扱われると思い、ルイザは怒りの気持ちを抑えた。
「それはそうだけれど、もっと当主代理として責任を持ってほしかった。あなたが代理として権力を振るうのは昨日のような時なの?少し待てば私が帰ってくるのに?・・あなたは昨日それをしなかった。」
「・・・ごめん。」
「もうこれからは私がいない時、当主代理の権限は与えない。全ての決定権は私にある。私が不在であっても、あなたには決める権利はないから。良いわね?」
当主代理の件の話が出た時、ヨハスは焦った。代理権の行使は彼にとって重要なカードだった。それに自分の自尊心を守られる、唯一といっても良い権利だった。
身振り手振りを加え、もうしないことを誓いながらルイザに懇願した。
「・・昨日は悪かったと思ってる!でも、そんな権限を夫の僕に与えないのはおかしいんじゃないか!?」
(クソ!代理の権限を失ってしまった。これでは側近たちを簡単に処分することができなくなってしまった。・・ルイザ・・お願いだ!考えなおしてくれ)
「君がいない時に何も統率できなくなったら困るだろう!?そういう時のための代理だと言っていたじゃないか!」
「でも、昨日の使い方は間違っていた。私が帰ってこなかったら、大切な騎士団長たちやメイド長を失うところだった。あなたは騙されたと言っていたけど、その軽率さで3人もの尊い命が失われるところだったわ。」
ヨハスは痛いところを突かれぐっと息を飲んだ。
「ヨハス・・私、怒っているの。・・あなたも分かるでしょう?」
「・・それは・・」
「私の怒りを理解してくれるなら、この権限を渡さないことも分かってほしい。」
(く・・もう僕に権限はなくなるのか・・。)
ヨハスは落ち込みながら思った。今までの自分の人生の中で、ルイザのいない時に伯爵領を良いように扱える、この当主代理の瞬間はすごく好きだった。自分が一番偉くなった気がして嬉しかった。この瞬間が無くなってしまうことを悔やんだ。
(それならせめて、これだけでも・・)
ヨハスが考えている間にも、ルイザは冷めた目をヨハスに向けていた。ヨハスは何も発することができなかったため、ルイザは早く退室するように手を振った。
そのジェスチャーを見て焦ったようにヨハスは食い下がった。
「ちょ・・ちょっと待って。今日はそれだけではなくて・・ルイザに了承をもらいたくて来たんだ・・。」
「何」
ルイザに冷たく返答され、ヨハスは少し尻込みしたが、勇気を振り絞り話し始めた。
「実は昨日からアリスがふさぎ込んでしまって・・。理由を聞いたら、毒殺されそうになったことでメイドが怖くなったって言うんだ。それで、お互いを監視してもらうためにもアリスの専属メイド多くしようと思っているんだ。」
ヨハスは書類をルイザに見せた。ルイザはその書類に目を通した。
「この人たちと、昨日証言をしてくれたメイドのサキが良いって言うんだよ。アリスがその人たちだけしか自分の所に来てほしくないって言うから・・。」
(そういうこと・・。シイナを処罰した後はアリスの周りを自分たちの味方で固める作戦だったのか。サキはシイナの部下・・確認が必要ね。)
「本当にこのメイド達だけしか受け入れないの?」
「そうなんだ。ふさぎ込んでしまって・・。後は前から様子を見てくれていたマリサには懐いてくれているけど・・。それだけなんだよ。可哀そうだろう?」
身振り手振りを加えながらヨハスは話し出す。
「ちょっと確認してからにするから。少し待っていて。連絡するわ。」
「・・・分かった。」
すぐに返答がもらえると思っていたが、もらえなかったのでヨハスは少し落胆しつつ、ヨハスは退室して行った。
ヨハスが退室した後、ルイザは自分の部屋と繋がっているシイナの部屋に向かって声をかけた。
「シイナ、聞こえていた?サキの件はどうする?」
「・・・」
シイナは考え込みながら、無言で部屋から出てきた。
「私のように、サキの命が狙われないかが心配ですね・・。ですが、スパイ活動はしやすいのは事実ですし・・。」
「そうなのよね。あいつらを泳がせようとは思っていたけど、まさかサキを希望してくるとは思ってなかったから・・。」
「ちょっとサキを呼んできます。」
「お願い。」
2人はサキがシイナのように貶められないかを心配していた。




