第六十五話:渡り廊下
カイフェンは黙ってルイザをエスコートする。
ルイザはその後ろ姿をぼんやりと見ながら歩いていた。
少しずつ日が傾いて行っているのがわかる。温室へ行く前と比べ、自分たちの影が横に長くなっているのが分かった。
(日が暮れ始めてるな・・。温室の滞在時間は思ったより長かったのかもしれない。シンシアはどう過ごしているだろうか。パトリックの次男と会えたんだろうか。)
歩きながらシンシアのことを考えていた。
王城のシーンと静寂が張りつめる渡り廊下を歩き始めた時、カイフェンはくるっと後ろを向いた。
「えっ」
ルイザは急に振り向いたカイフェンに驚いたが、カイフェンはそんなルイザを気にすることなく渡り廊下の柱に押し付けた。
「いたっ」
「・・ルイザ・・」
「もう、痛いんだけど。何するのよ!」
「っ!ごめん・・。」
切ない表情でカイフェンは謝るが、そこを退こうとはしない。
カイフェンはルイザの顔を挟むようにして柱に両手をつく。まるでカイフェンの腕の中に追い詰められた気がしたルイザは少し焦った。そんなルイザを見つつ、カイフェンは口を開いた。
「あのさ・・前のことを覚えている?」
「前のこと・・?」
ルイザはしらばっくれようと思った。カイフェンが以前自分にしたことは覚えていた。それほど印象的だったから忘れられなかった。
(あの、抱きしめてきたことよね・・ヨハスとの政略結婚が決まった時の・・でもここは、覚えてないフリをした方がいいかも・・。)
ルイザは忘れたフリをしようとした。右斜め上を見ながら答えた。
「な、なんのことかしら・・?」
「・・・」
「・・・」
「ルイザ、君覚えているでしょ。分かるよ君の癖。前はずっと一緒にいたんだからさ。嘘つくときは右斜めを見る癖、治ってないよ。」
「嘘!」
バッと自分の顔を確かめる。確かに顔は右斜め上を向いていた。
「覚えてるんだね。良かった。嬉しい。」
「・・・はぁ。忘れるわけないでしょ。あんな印象的な事・・。」
ルイザは少し不貞腐れたように話す。カイフェンは少し笑った。
「俺さ、前は気持ちが先走ってしまったんだけど・・。」
「・・・」
カイフェンは真剣な表情でルイザを見る。ルイザはその雰囲気に飲まれてしまった。カイフェンの顔に沈みかけている太陽の光が当たり、影を作っている。紫色の髪の毛が太陽に当たりキラキラ光り、金色の瞳は涙の膜が張りユラユラと揺れているように見えた。
「ルイザ、君のことが好きなんだ・・大切過ぎて、伝えられなくて・・あの男に先を取られてしまったけど・・好きなんだ。本気なんだ。」
「!」
ルイザは驚きで目を丸くし息を飲んだ。その表情を見ながらカイフェンは話し続けた。
「本当は言うつもりなんてなかった。・・君にはもう夫がいるから。・・俺は君が幸せであればいいと思っていたんだ。でも、君の夫は君を裏切り、君を・・殺そうとしている。俺はそれがとても許せないんだ。」
「・・・」
「知っていてほしいんだ・・。この数年間君を忘れるために色々したけど上手くいかなかった馬鹿な男のことを。どうしても君が好きでたまらない男がここにいることを。」
「カイフェン・・。」
「わがままを言ってごめん。でも伝えないと・・君に伝わってない気がして。以前と比べて、君と会える頻度は多くないから。どうしても今日伝えたかったんだ。」
「・・カイフェン。」
ルイザはカイフェンを見る。彼は真剣だった。自分を囲む腕は緊張からか震えていた。
(本気なのね・・。)
ルイザはその腕を見ながら思っていた。実際の所、ルイザは恋愛についてよく分かっていなかった。恋愛というものをしてこなかったから、ヨハスに対しても自分の夫ではあるけれど、愛しているかと言われたらそうでもなかった。
政略結婚なんてそんなもんだと思っていた。皆恋愛結婚なんてしていないと思っていたから。
(でも・・・)
カイフェンは違うと思った。ヨハスとは違う、何かが違うと心の中で思っていた。実際ルイザの心に、脳裏にカイフェンの真剣な表情が、揺れる瞳が張り付いて離れることは無い気がしていた。
「カイフェン、私まだ・・一応だけど夫がいるの・・。」
「うん。分かってる。」
「私・・恋愛なんてよくわからないのよ。今まで恋なんてしたことなかったし。」
「うん。そうだろうなって思ってる。」
ルイザが話しかけるとカイフェンは頷く。ルイザの瞳をまっすぐ見てくる。
その真剣な表情、瞳を見ると、ルイザは断るという選択肢を取ることはできない気がしていた。
「とりあえず、待っていてくれる?」
「!!!勿論だよ!!」
カイフェンはとても良い笑顔でうなずき、ルイザを抱きしめた。
「ちょっちょっと!!」
ルイザはその腕の中から抜け出そうとする。カイフェンは更に抱きしめる力を強くした。
「大丈夫、ここは皇后が今日は曲者が通れないように封鎖している場所だから。誰も来ないから・・。だから今だけ・・。」
ルイザはされるがままに抱きしめられていた。彷徨っている自分の腕に気づき、そっとカイフェンの背中に回した。それが今、一番良い選択肢だと思った。
カイフェンは背中に回された腕の温かさに気づき笑みを深めた。
第50話にカイフェンとの昔のやり取りを書いています。




