第六十四話:恋に落ちる
「ご・・ごめん。」
シンシアに詰められ、エリックはシュンとする。その姿を見てシンシアはハッとした。
(こ、こんなに問い詰めるつもりは全くなかったのに・・!私は小さい子になんてことを・・!)
シンシアは焦った。精神年齢は自分が上なのに、まだメンタルが安定していない子に早口で詰めてしまったと後悔した。
「えっと、ごめんね?・・私、あなたが羨ましくて、つい色々言っちゃった・・。別に怒っているわけではないの。ただ・・本当に羨ましくて・・。泣いてる?泣いてないよね・・?ごめんね。」
先ほどの剣幕とは打って変わってシンシアは一生懸命エリックを宥める。頭を撫で、背中も撫でてくれた。エリックはぼそっと話し出した。
「僕の、剣技の教師が僕の体形は騎士向けじゃない。痩せっぽっちで、辺境伯にふさわしくない。父や兄のような人にはなれないって言ってたから・・。僕はそういう資格がないと思ってたんだ。」
「・・・」
「いつも剣技のチェックの時も剣を取られてばかりで・・座学の方も、何も勉強をしていない平民の方ができていると言われて・・自信がなかったんだ。」
「そうだったの。でも、もうそう言ってくる人はいないんでしょ?」
「え?」
エリックは顔を上げた。ユリアナは優しく笑っていた。
「だってさっき言ってたもの。あなたのお父様が、教師としての役割を果たさない人たちを解雇したって。これからは本当の教師がエリック、あなたを見てくれるはず。」
「・・そうかな?僕、これからやって行けるのかな?」
「大丈夫!私が保証する!あなたは一度傷ついたことで人の痛みが分かる人間になった・・これはあなたがこれから強くなれることを証明してくれてるのよ。きっと大丈夫よ!何かあったら私に話してくれてもいいし!」
おずおずと話し出すエリックに向かってユリアナは満面の笑みで答えた。
「!!!」
エリックはバッと顔を下に向けた。
「ど、どうしたの!?」
シンシアは急に頭を下に向けたエリックを心配していた。でも顔を上げることができなった。
シンシアが言った言葉が思ったより嬉しく、今まで落ち込んでいた自分が恥ずかしくなってどうしても顔を上げることができなかった。顔が先ほどよりも赤くなっている自信はあった。
(どうしよう・・なんか変。どうしてだろう。)
エリックは心臓が早鐘のようにドキドキしているのを感じていた。さっきシンシアが言った言葉が頭の中を自由に動き回っている気がした。今まで落ち込んでいた負の感情をシンシアがバサーッと剣で叩き切ったような、清々しい気持ちがあった。ただただ嬉しかった。
「急に色々話したりしてごめんね。辛かったよね・・。ごめんね。」
シンシアは自分のせいでエリックが落ち込んだと勘違いし、エリックを慰めるため背中を撫で始めた。
そっとエリックはシンシアの顔を盗み見る。シンシアは真剣な表情で自分の背中を撫でていた。その表情を見て増々顔が赤くなったような気がした。
シンシアは焦っていた。慰めていても顔を上げないでずっと下を向いているエリックを見て、どうすべきか悩んでいた。
「どうしよう、泣き止まない・・。お母様に言って助けを呼んだ方がいいのかしら・・。」
ボソッとシンシアが呟く。シンシアは自分より下の子を宥めることが初めてだったのでやり方があっているのかが分からず、母に助けを求めたかった。
それを聞いたエリックは顔を勢いよく上げた
「うわーー!それだけは!父上にだけは勘弁を!」
ガバーっと勢いよく顔を上げ、赤くなった顔をシンシアへ向ける。シンシアはエリックの様子を見て驚いているようだった。
エリックは申し訳なさそうにシンシアへ謝った。
「ごめん・・。僕、最近色々言われて、自分に自信が持てなくて・・。でも君が僕のことを色々褒めてくれたから・・。ちょっと嬉しくて、恥ずかしくて顔を上げられなかったんだ・・。ごめん。」
照れくさそうに謝罪をするエリックを見てシンシアは笑った。
「ふふ。そんな嬉しかったの?それならもっと言ってあげるよ!ふふ!」
「・・・」
「落ち込んで泣いているのかと思った!泣いてなくて良かった!」
エリックはシンシアの自分に向けて笑った顔を見て、胸の中に何かがストンと落ちたような気がした。ドクドクと脈拍が早く打っているのを感じる。血の巡りが今までより早い気がする。自分がどこにいるのか分からない、そんなどこか迷宮に入ったような思いがした。
シンシアが声をかけてくれたので、自分も何かを言わなくてはと思った。でも振り絞って出した返答は
「・・・ありがとう。」
ただそれだけだった。
エリックは周囲の薔薇よりもシンシアが光り輝いて見えた。銀色の髪が揺れる度にキラキラ輝いて、空に浮かぶ月のようだった。笑った時に細くなるエメラルドの瞳に自分が吸い込まれるような気がした。
エリックがシンシアに恋に落ちた瞬間だった。




