第57話:スローモーション
(終わった・・)
シンシアは走馬灯のように今までのことを振り返っていた。
うまくできる、やり遂げられる、逃げきれる・・『前』のようにはならないと、そう心に決めやってきたのに、このザマ。
(折角、ドレスを作り直すことができたのに・・。お母様と初めてのガーデンパーティに行くことができたのに・・。)
目に映るマリサとアリスの歪んだ笑顔と、手を伸ばし焦った様子で「お嬢様!」と叫んでいるエリとレマの表情を見ながら、シンシアは目を閉じた。
これから生じるであろう、身体への衝撃を少しでも和らげようとシンシアは身体を少し曲げようとした。
「危ない!」
声が聞こえ、ガシっと誰かが自分を抱きとめてくれた感覚があった。
「?」
恐る恐る目を開けるとそこには元暗殺者、ハクが騎士の服装をしてこちらを覗き込んでいた。
「びっくりしたあ・・お嬢様、大丈夫ですか?」
「・・・」
「大丈夫ですか?お嬢様?」
自分はもうだめだと思っていたシンシアにとって、救世主だった。驚いていた。誰も私を助けてくれないだろうと思っていたから。
「お嬢様、俺・・いえ私は・・ほら、前に話したでしょう?あなたの護衛騎士になるって。昨日やっと団長からOKサインが出たんだ。だから驚かせようと思って下で待ってたんだけど・・。まさか落ちてくるとは思ってなかったからさ。」
カラッと笑いながらハクは話を続ける。
シンシアの身体の緊張は少し緩んだ。
「シンシア!大丈夫!?」
「お嬢様!!」
馬車の前で待っていたルイザが走って近寄ってきた。その姿を見てシンシアの涙腺はさらに緩んだ。
「ううう、お母様・・。怖かった。」
「シンシア・・ごめんね。部屋まで迎えに行けば良かったわ・・。」
「いえ・・・そんなことはないんです・・」
ハクの腕から出てきたシンシアはルイザに抱き着いた。ルイザは抱きしめながら背中をさすった。慰められながらシンシアはハクに向かって言った。
「ハク・・さっきは本当にありがとう。ほんとに助かったわ。これからもよろしくね・・。」
「おう!!任せとけ。俺は、お前の・・いや、あなた様、いや、お嬢様の護衛騎士だから!!」
ハクはカラッとした笑顔を向けた。シンシアはハクを見て心から安心ができ、安堵の表情で見上げた。
「シイナ・・。仕事を増やすようで申し訳ないんだけど・・。」
「ルイザ様。わかっています。なぜお嬢様が階段から落ちたか、その原因追及ですよね?」
「そうよ。私が、疑心暗鬼になりすぎているのか分からないけど・・シンシアはあの2人に押されたように見えたんだけど。」
「私もそう見えました・・。任せてください。とりあえず、ルイザ様たちは時間もありますので、もう出発したほうが良いです。私たちは・・あの2人に話を聞いておきますので。」
シイナとルイザは上を見る。そこには失敗したと考えているのであろう、2人の悔しそうな表情が目に見えていた。
ヨハスはシンシアを心配する振りをしながら2人のやり取りを耳を澄ませて聞いていた。
(・・やばい、勘づかれている。俺が2人を守らなければ・・)
2人がシイナの詰問を回避できるよう、ヨハスはひそかにその場から消えた。
そんなヨハスの様子を横目で見ながらルイザはシイナに謝った。
「本当は私がしたかったんだけど・・。仕方がないわね・・。今いなくなったけど、ヨハスも怪しいのよ。ヨハスは問い詰められないだろうけど。ごめんね。帰ってきてからやるわ。・・もう行かなくちゃ。セバス、よろしく。」
「大丈夫です。ヨハス様は仕方ありません・・というより確信犯ですから今逃げること自体・・。
お任せください。では出発してください!」
シンシアとルイザは馬車に乗り込む。馬車の後ろと前に護衛騎士たちを連れ、進み始めた。
ルイザはシンシアを馬車の中でも抱きしめていた。
シンシアの身体は少し震えていた。
「シンシア・・大丈夫・・?何があったの・・?」
「お・・お母様。実は私、あの2人に階段から突き落とされたんです。」
「・・・・。それはなんでわかったの?」
「あの2人は、私を階段から突き落とした後、笑ってました。階段を下りる前に、アリスに声をかけられました。その時は警戒してたんですけど、お父様に声を掛けられ一瞬隙ができてしまった時にドンって、背中を押された感覚がありました。」
「・・・そう。あいつら・・。」
ルイザは心の底から怒っていた。憤怒の表情で前を見ている。シンシアはそんな母親の姿を見ながらも震えが止まらなかった。
「怖かったです。私、『前』を知ってるから何とかやれる、あの人たちの行動を事前に分かっているから防ぐことができるって。でも、『前』は階段から落とされることは無かった。それにこんなに警戒していたのに、防げなくて。」
「シンシア・・辛かったわね。ごめんね。こうやっていつも、あなたを助けることができていない・・。申し訳ないわ。」
「お母様・・。違うんです。私はお母様がいるだけで助けられているのです。だから・・そんなこと言わないでください・・!」
(『前』はこうして抱きしめてくれる人さえいなかった。この温もりを感じることすらできなかった・・。今は、こうして抱きしめてくれる人がいる。私のことを気にしてくれる人がいる。それだけで・・私は幸せなんだ。)
ルイザに抱きしめられながら、少しずつ体の震えが止まっていくのを感じた。少しずつ前を向いていけるような気がした。
「お母様、ありがとう。大丈夫です。」
「シンシア。無理しなくていいからね。」
「・・大丈夫です。あの人たちは、よっぽど私がパーティに行くのが嫌だったみたいですから。寧ろ行って色々な人と交流したほうが良い気がしてきました。」
「そうね。今日は楽しみましょう。」
2人は一緒に窓の外を見た。少しずつ景色が変わり、街中を進んでいるのが分かった。
「もうすぐ着くわね。シンシア。」
「はい!お母様。」
2人は仲良く前を向いて笑った。もうシンシアの瞳に怯えは無かった。




