第五十二話:あの後の男爵
「今日は晴れたな・・雪が止んでいる間に早く領地に戻ろう。」
フリーダ男爵は帰り道を急いでいた。
以前クレアトン伯爵家で元妻が家庭教師として盛大にやらかした一件から数日経過し、彼は受けた精神ダメージから着実に復活してきていた。今も元妻をやっと彼女の実家に連行した後だった。
「ああ、本当に大変だった・・。もう結婚なんてこりごりだよ・・。自分にとっていい人だと思ったんだけどなあ。」
「男爵様、大変でしたね・・。」
「うん。本当に大変だった。」
地下牢から解放された元妻は一度男爵領に戻り、諸々の手続きを行った。その時、自分が彼女を許してくれると勝手に思い込み、今まで通りのふるまいをし始めたためこちらでも隔離しなければならなくなった。
今日、実家へ連行することを伝えると屋敷で暴れ始め、ようやくすべてが終わった時はもう日が暮れていた。
(そのおかげで、この冬の時期なのに彼女に使用人を割くことになったり、今日もこんなに遅くなって・・。はぁ、本当に大変だった。でも慰謝料はもらったし、彼女は平民落ちだから・・。もう会うことは無い・・それが唯一の救いだ。)
じゃらっと音がする。彼は手に金貨が入った袋を持っていた。
(ああ、当分女性はこりごりだなあ・・)
フリーダ男爵の吐く息は白く空へ浮かんでいき、日の暮れた雪道を護衛達を連れて馬車移動をしていた。
「ヒヒーン!」
「うわっ」
御者から叫び声が聞こえる。
「どうした!?」
男爵は馬車の窓から声をかけると、御者は手綱を引きながら叫んだ。
「馬が、何かを見つけたようで・・進みません。急に止まりました。・・ちょっと見てきます。」
「うむ。俺も行こう。」
御者と男爵が馬をさえぎっている何かに近づく。
それはボロボロの服を着た少年だった。
「!こんなところに少年が・・!なぜ!?」
「・・こんなところに居たらこの少年は死んでしまう・・。仕方がない。乗せていくか・・。」
「そうですね・・。ここには民家も近くないですし・・。」
男爵は少年を肩に担ぎ、馬車の中へ連れて行った。
少年は全く起きなかった。
馬は少年がいなくなった後、通常通り進み始めたので男爵は日を超す前に自身の屋敷へ戻ることができた。
「いやだ・・僕も一緒に!!」
「レト!あなただけでも!!」
「はっはっは!ここには女子供いっぱいいるじゃねえか。これは売りがいがあるってもんよ!!」
「ボス!!こっちには売れなさそうな婆がいますぜ。どうしますか?」
「売れない奴は指示通り一緒に燃やしてしまえ。」
「「「「「はっ」」」」」
「きゃーーー!」
「いやーー助けてシスター!!」
「いやあああ」
修道院は黒ずくめの男たちに襲撃され、女子供は全員拉致された。皆逃げ惑い、泣き叫ぶが、助けは来なかった。
「女はこっちの台車、男はこっちだ!いいな!」
「はい!」
物陰に隠れていたシスターと孤児のレトはその様子を震えながら見ていた。
「シ・・シスター・・」
「しっ声を抑えて!気づかれたら終わりですよ。」
シスターに叱咤され、レトは涙目で何回も頷く。
「良い子です・・。良いですか?レト。ここももうじきバレるでしょう。もしバレなくても・・燃えて死ぬでしょう・・。
でもあなたは、レトは逃げられる可能性があります。ここの後ろに逃走専用の通路があるのです。ですが、半分物で埋まってしまってるので私は通れません。でもレトなら通れます。
どうか・・あなただけでも逃げてください・・。」
レトは泣きながら首を横に振る。
「いやだ・・いやだよシスター・・。一緒に行きたいよ。」
「レト・・お願い。あなたがもし生きて、逃げることができれば・・どうか私たちを探して・・。起こったことをここの領主様に伝えるのよ・・。ルイザ様ならきっと、きっと助けてくれる・・。」
背後からは泣き叫ぶ声が消え、バシャバシャと油が投げる様に塗られた音と共にパチパチと遠くで火がつけられたであろう音がする。
「ここが崩れたらもう逃げ道はありません!お願いですレト・・!逃げて・・!あなただけでも・・!!」
シスターは自身のペンダントをレトに渡す。十字架がついたペンダントにシスターの名前が刻まれていた。
火が油の上を滑るように広がり、修道院の内装を燃やし尽くしていた。
「あなたは一人ではありません。このペンダントを持ってください。私はずっとあなたを見守っていますから。どうか・・逃げて・・」
「う・・・うわああああああ」
シスターの上にあった幕に火が燃え移る。それを見上げたシスターはここから動くことのできないレトを通路へ押しこんだ。
「シ・・シスター!!!」
「レト!頼みましたよ!あなたを愛しています・・どうか神の・・」
グシャグシャ
物が崩れる音がしてシスターの上に燃えた壁が落ちていったのだけが見えた。
「シスター!!!」
レトはその場で泣き叫んだ。
レトの泣き声は狭い通路で反芻したが、だれも反応することなく、冷たい空間だけが奥に広がっていた。
その後どうやって進んだのかは分からない。ずっと歩いて歩いて歩き続けた。
やっと外に出れたけれど、シスターが話していたルイザ様のいる方向何て分からない。だからとりあえず歩き続けた。
裸足で足がかじかんで血が出ても、歩き続けた。
空腹と寒さで目の前がかすみはじめ、レトはぐらりと道の真ん中で倒れた。
(ごめん・・シスター・・)
その夜は不幸中の幸いで雪が降っていなかった。




