第四十四話:嵐の目
「ルイザ様、シンシア様、ヨハス様がお戻りのようです。」
「分かったわ、ありがとうセバス。」
執務室でルイザとシンシアが話をしていると、セバスからヨハスたちの帰還報告があった。ルイザは大きく深呼吸をした。
「これから嵐の目になりうる子が来るわね。皆心しておいて!」
「「「「「はい!」」」」」
「良い返事。その他の使用人たちや、護衛達には伝わっているかしら?」
「護衛騎士のほうは、アタンだけだと不安なので、ディーンにも伝えております。大丈夫かと。」
「ありがとうセバス。」
クレアトン家の使用人たちの団結力を見て安心をしているとシンシアがルイザの上着を引っ張った。
「どうしたのシンシア?」
「私も出迎えたい。あの子を」
「もちろんよ。一緒に行きましょう。」
2人は手を繋ぎ、ヨハスの出迎えのためロビーへ向かった。
ロビーでは使用人たちに上着を脱がせてもらっているヨハスがいた。ヨハスは階段から降りてきたルイザとシンシアを見て顔を輝かせた。
「おお!ルイザ、シンシア!今戻ったよ。本当にひどい雪だった・・!」
「本当ですね。朝は粉雪でそんなに積もらなさそうでしたけど・・天気は分からないものですね。」
「まあ無事に帰ってこれてよかったよ・・・。ところで何だけど、ルイザ。前に僕が記憶喪失になった孤児を連れてきたの覚えている?」
「記憶喪失になった孤児・・ああ、覚えているかもしれません。それがどうしかしたのですか?」
「実は視察の帰りにその子を預けていた修道院に寄ってきたんだ・・。第一発見者が僕だったからさ、気になって・・。そしたらその子、僕のことは覚えていたけど、それ以外の人は受け入れなかったみたいなんだ。」
「受け入れなかったというのは・・?」
「文字通り、話しかけても反応がなかったみたいなんだ。この子の両親も修道院に来てなかったみたいで・・。修道院の方でも手を焼いていたみたいなんだ。」
「そう・・。」
ルイザのそっけない反応を余所に、ヨハスは演劇のように自分がしてきたことを大声で話す。
「僕は・・僕にしか心を開かないこの孤児の子を、養子として受け入れようと思うんだ!だって、修道院に約2~3週間滞在していたのに、両親も探しに来ないし、修道女たちに心を開くことは無かったんだ・・。これはもう、僕が面倒を看なくてはいけないだろう。僕にしか心を開いていないのだから・・。それに、僕だって、領主の夫だし・・この1人の領地民のために手を差し伸べたいんだ!」
身振り手振りを加えながらヨハスは話し続ける。ヨハスが話している最中、マリサの後ろに隠れていたアリスがすっと出てくる。その姿は顔に泥がつき、ボロボロのワンピースを着て、靴は履いておらず、裸足だった。
一見すると、助けてあげなければならないような、か弱い存在に見えた。
アリスは周りをキョロキョロ見た後、2人を見た。その時、アリスの視界にシンシアが入ってきた。
シンシアは茶色と白、黒のチェックのワンピースを着ていた。フリルのついた靴下と、ワンピースに合った靴。綺麗な銀色の髪の毛を腰まで伸ばして、エメラルドグリーンの瞳はシャンデリアを反射しキラキラ輝いて見えた。
(あの子が・・伯爵令嬢・・?)
アリスにとってシンシアは、夢にまで見た貴族の令嬢そのものだった。その夢の存在が目の前に、少し走り出せば手が届く場所にいる。キラキラ輝く、自分の夢が・・。羨ましいという気持ちがあふれ出てくる。だがその中にメラメラと嫉妬心が心の奥底で燃え始めた。
(アリスは・・・アリスは、こんなぼろきれのワンピースを着ないと伯爵邸に入れないのに、あの子は高価な、質の良いチェックのワンピースを着ている・・。この差は何!?同じお父様からの子供なのに、この差はなんなの!?どうして私があそこにいないの?許せない・・許せないわ・・あの子の物は私の物よ・・!)
グっと手を握り、シンシアを見た。シンシアはその視線に気づいていたが、あえて見つめ返さず違う方向を見た。アリスに視線が集まった時だけアリスを見るようにしていた。
アリスは視線をシンシアから離すことができず、ワンピースの裾をぎゅっと握ってその場に立っていた。
「ルイザ!いいだろう?ここには子供1人養子にするのもたやすいくらいの財力もある。それにこんな冬空の下連れてきたんだ。追い返すわけにもいかないだろう。」
「(それが作戦なんでしょうが・・)分かったわ。この寒空は可哀そうですものね。」
ルイザは芝居がかったヨハスのセリフに辟易しながらも、許可を出した。ヨハスは目に見えるくらい喜んだ。
「・・ルイザ!わかってくれたか!ありがとう。どうしてもこの子は見捨てられなくてね・・・」
「そうね、わかったわ。・・シイナ!お願い!」
「・・分かりました。」
ルイザがシイナを呼ぶと、シイナはスッと出てきて、アリスのところまで行こうと歩き出した。
それを見たヨハスは慌てて言った。
「いや!シイナにしてもらうのは申し訳ないよ。僕が連れてきたのに・・。丁度馬車に一緒に乗ってきたマリサに、着替えなどは手伝ってもらおうと思っているんだ。少しでも顔見知りのほうがいいかもしれないし・・。だからシイナ、君は大丈夫だよ。ルイザの仕事を手伝ってあげて。」
「・・・」
シイナはちらっとルイザの方を見る。ルイザはちょっと呆れた顔をしながらも頷いた。
「分かりました。」
「うん。大丈夫だから。マリサ、お願いね。」
「はい。」
「場所はそうだな~、僕に懐いてくれているから僕の部屋の近くはどうかな?」
「かしこまりました。今すぐ片づけます。」
マリサがアリスの手を引きながら、3人は伯爵邸に入ってきた。
とうとうこの屋敷に嵐の目がやってきた。
(とうとう来た・・アリス・・)
シンシアはマリサに手を引かれ歩き出すアリスの後姿を見て心が湧きたつのを感じていた。
自分を見ていたあの目は嫉妬心で溢れていた。あのわがまま娘が良い子の、記憶喪失という難しい仮面をかぶり続けられるわけがない。その仮面が外れるときが楽しみでしょうがなかった。




