第二十六話 フリーダ男爵
「・・シンシア、大丈夫?」
「・・はい。お母様。ありがとうございます。」
どのくらい抱きしめあっていたのか、短いのか長いのか分からない時間が経ち、二人はようやく離れた。シンシアは『前』の記憶を頼りに自分の周りの人たちと、母親を助ける決心をした。
(そして、あいつらには痛い目にあってもらわなくちゃ。被害を被った人たちはたくさんいるのだから・・。とりあえず、1人ずつ片づけて行こう・・。もちろん、一番『お世話』になった、アリスあんたも・・)
シンシアの心の中には復讐すべき相手が浮かび上がってきていた。母親が倒れてから死に至るまで会うことを禁じた、シンシアを虐待した父親、ヨハス。メイドから急に義母、伯爵夫人となりシンシアから全てのものを奪ったマリサ。教育と言い鞭を使った体罰を繰り返し、シンシアから反抗心、活力を奪っていった家庭教師フリーダ男爵夫人。もう死んだが、職務怠慢、虐待を助長させたメイドと護衛の2人。
(そして・・)
シンシアから奪い取られたものを自分の物にし、自分が犯した罪や罰を全てシンシアに擦り付け、最終的に死に至らせた女、アリス。
(絶対に許さない・・!!)
シンシアはシンシアで。ルイザはルイザでお互いに前の記憶を持ちながら各々復讐心に燃え、お互いを今度こそ助ける、幸せにさせると意気込んでいた。
「お母様、私、フリーダ男爵に会いたいです・・。前にぶたれたところ、まだ痛みますし・・どうしてそんなことをしたのか、もう一度聞いてみたい。もっと違う答えが出てくるかもしれないから・・。」
「そうね。その通りだわ、シンシア。実は丁度今日、フリーダ男爵がこちらに来る予定なのよ・・。早馬で連絡が来てね・・。今日密かにその理由を聞いてもらいましょうか?」
「最高です!お母様!」
フリーダ男爵が来ると聞いてシンシアは心が躍った。
(『前』は気持ちの悪いことを言っていたから・・今日、男爵に聞いてもらえるのはとても楽しみだわ・・)
シンシアの考えを余所に、ルイザはフリーダ男爵夫人の処罰準備の指示をメイドに出していた。
ガラガラガラ
外から音がし、フリーダ男爵の乗った馬車がクレアトン伯爵邸に到着する。クレアトン家使用人が出迎えると中から焦った様子の男爵が飛びだしてきた。筋肉質でムキムキの体格、人の良さそうな顔をした男爵は使用人たちに一礼をし、何かを話している。
その様子を窓から見ていると、シイナが来て男爵を談話室に通したことを聞いた。ルイザは執務室で自習をしているシンシアに声をかけた。
「シンシア、来たみたいよ。」
「はい。聞こえました。私も行きます。」
「ええ、一緒に行きましょう。・・大丈夫。あなたに何もさせないから。」
「はい。大丈夫です、信じています。」
ルイザの声掛けににっこりとほほ笑むシンシア。2人は手を繋ぎ談話室へ向かった。
談話室では冷や汗をかき貧乏ゆすりをしながらソワソワする気持ちを隠し切れない様子のフリーダ男爵が待っていた。ルイザとシンシアが入室するとガバっと立ち上がり謝罪を繰り返した。
「ク、クレアトン伯爵!こ、この度は妻が本当に申し訳ありません!!!令嬢に・・その傷をつけたと頂いたお手紙にて拝見しました・・!本当に何度謝罪をすればよいか・・!本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
「・・本当ですよ。フリーダ男爵・・とあなたを責め立てたいところですが、実際に悪いのはあなたではなく、あなたの妻です。ですからそんなに謝らないでください。」
「いや・・本当にご令嬢に・・・体罰を与えたと‥本当に申し訳ありません。」
フリーダ男爵は体格の良い体を丸め、小さくなったようにしながら謝罪を繰り返す。ルイザも元々男爵は気の優しい男であることは知っていたが、ここまで小さくなるとは思っていなかったので少し気が抜けた気がした。
「・・男爵様、最近フリーダ男爵夫人が家庭教師になったのですが、理由や家庭教師をしている最中のご家庭での様子をお聞きしてもいいですか?」
「はい!最近ファートン子爵とヨハス様が自分の学力の高さを褒めてくださり、家庭教師として雇いたいと申し出があったことだけは聞いております。何分、男爵領は田舎ですから、都心部に近いクレアトン領地に行けることを楽しみにしていることは知っていました。帰ってくるときはとても嬉しそうでした。今回の雇用は妻にとっても良い待遇でしたので・・。本当に申し訳ない・・。ちなみになのですが、一体どこを妻は傷つけたのでしょうか・・。」
「そうですか・・。わかりました。私も先日、なぜこのようなことをしたのかを問い詰めたのですがまともな理由が出て来なくて。実際に男爵領ではどういった様子だったのか気になったのですが・・楽しかったのですね。・・シンシア、傷を見せるのは大丈夫?」
「はい。大丈夫です。」
男爵からの話でシンシアへ体罰しながら自分は楽しそうにしていたと聞き再び腹が立ったが、その気持ちを一度抑えた。シンシアは傷を見せることを了承し、靴下をズラし、スカートを少し上げてふくらはぎを出した。男爵は鞭打ちでミミズ腫れの状態になった傷口を見て小さく悲鳴を上げた。
「ひっ・・本当にこれを妻が・・?」
「そうです。あなたの妻が私の娘に鞭を打ったのです。」
「・・慰謝料を支払わせてください。その前に私も妻に一度会い、理由を聞きたいです・・」
「いいです。今日は丁度その予定でしたので。一緒に行きましょう。」
フリーダ男爵はうなだれ一時顔をあげることができなかった。貴族社会において階級の上下もそうだが、子供を傷つけるという弱い者いじめをした妻に対しての失望と、「本当に妻がしたのだろうか?」という一縷の望みもあった。




