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第9話 邂逅と憧憬

 テオドラの歩様はほんの少しだけおかしい。左足の足首より先が動かないからだ。テオドラは自覚している。魔法の反作用だと。何かを代償にすることによって発動できる魔法があるのだ。


 広場のアウレリア像。右目を閉じている。きっとアウレリアは代償を払って魔法を使ったのだ。どんな魔法なのかは分からない。


 でも使った。それが今は分かる。アウレリアがこの街どのあたりに棲んでいたかは記録がない。探したいが見当もつかない。その代り行きたい場所があった。王都に近いソンヌ村。疫病が発生し、その後賊に襲撃されたが今は平穏を取り戻したと言う。


 ソンヌ村に行きたいと相談を受けたアレクシアは、メリッサたちと行くことを提案した。交流会で何回か王都に行っている。若い教授を一人付けた。


 ところが問題が起きた。これまでの交流会では王都から護衛が迎えに来ていたのだ。その護衛も無く、わずかに道を間違えた。日も暮れて移動もままならず、森で一泊することになったのだ。


 教授も生徒会も全員女性。すでにパニックの兆候が出ている。

「……」

 テオドラが気づかれないようにしながら精神状態異常解除の魔法を使った。


 状態異常回復は神聖魔法。誰からも教わることはないし、教えられる人もいない。だからこっそり使う。彼女は無詠唱魔法の使い手だ。効果は覿面だった。


「大丈夫そうだね」

 その声に一同ビクッとする。声のする方から少年が現れた。


 このタイミングでこの場所。誰もが不審に思う。だが少年の表情には今おかれた状況に一致しない気楽さと言うか明るさがある。


「ごめん、驚かすつもりは無かったんだけど。道に迷ったんでしょ?心配で様子を見ていました。でも優秀な補助魔法使いがいるようで」

 ちらっとテオドラを見る。テオドラは驚愕した。無詠唱魔法の状態異常解除発動に気付いた相手だ。目視では何の変化も無い。アレクシアでも気付けるかどうか。


 しかし魔力感知のマジックアイテムを持っている可能性もある。

「あなたは?」

 メリッサが聞いた。


「僕は王立子弟学院の生徒でクリス・ディムランタンと言います。庶子ですが公爵家に連なるもので怪しいものではありません。女性だけのパーティーで道に迷った様子。声をかけるタイミングが分かりませんでした」


「そうでしたか、ご丁寧に有難うございます。私はアヴァロン魔術学院生徒会長メリッサ・アビスフィールドです。ソンヌ村に行きたいのですが、ご存知でしょうか?」

「僕は行ったことがありません。でも確か姉が行ったことがあるはず。良ければ明日の朝、連れてきましょうか?」

「そんなに近いのですか?」


「ええ」

 だったら泊めてと言いかけて飲み込んだ。さすがに厚かましい。だがそう言いたくなるくらいには、もう警戒心が解けていた。


 翌朝、ほとんど眠れぬ夜が明けたころ、テオドラが皆をたたき起こして警戒を告げた。

「なにかヤバイものが近づいてきてます。気を付けて」

 起きるも何もあまり寝ていない一行は素早く起き上がって木陰に隠れて目をこらす。


 大きな翼。コウモリのような……。いや、サイズこそ小さめなのだろうが、S級モンスター、ワイバーンだ。ワイバーンが数百メートル先に舞い降りた。しかも音もなく。


「ひいい……まずいまずいまずいまずい……」

 がたがたと震える一行。ワイバーンの降り立った先から距離を取って馬車を走らせる。

「おーい、待ってー」

 驚いたことに昨夜の少年クリスが走ってきている。馬並みのスピードで?火事場の馬鹿力というやつだろう。


「は、早く乗って」

 一旦止まって少年を乗せる。


「そ、そっちじゃないよ」

 クリスが進行方向を指示する。


「駄目よ、ワイバーンが来てるの!」

 メリッサが声を荒げた。


「へ?なんで気づいたの?」

 そしてテオドラを見る。

「君が……」

 高位の魔法使いなら無意識に目くらましの魔法を破ると言うが……。それなのか?クリスは驚愕の表情。


「さすが、魔学……」

 とんでもない魔法使いがいるものだ。そしてテオドラも気付いた。なんとなく魔法の気配、見えない。でも見えない何かが動いている。目を凝らしたら見えた。その時魔力を込めて見たのだった。


 あれはもしかしたら目くらましの魔法。光の屈折率を変える高位魔法だ。

「あの、お姉さんは?」

「だから、あっちだよ」


「そんな、じゃあお姉さんは、ワイバーンに……」

 メリッサが口を押えた。


「だからそうじゃないって。あのワイバーンは大丈夫なんだよ」

 ワイバーンを見られた以上、もういいのだ。見られないようしたつもりだったが、もう見られた。話が進まないし、誤解を生む。


「あのワイバーンは公爵家のペットさ。もちろん隠しているから本当は言えないんだけど」

「やっぱり!目くらましの魔法を使ったのね!」

 テオドラ。

「目くらましの魔法?レベル5の?」

 メリッサ。彼女も知識は豊富だ。

「レベル4だよ。さ、行こう」


 その先にその女性はいた。白金色の髪。青く深い瞳。そばに黒いワイバーン。なついている様子だ。森で女神に遭遇したような神秘性。これは現実?


「あら、こんにちは。ねえ、クリス。大丈夫なの?」

「目くらましを解除された。このレベルの魔法魔法がいるなんて。お手上げだよ。友好的に接して黙っていてもらうほかない。と、いうことでいいですか?」

 そう言いながら振り向いたクリスに全員がコクコクうなづいた。


 村の手前まで一緒に行くと、そこでソフィが口を開いた。

「あたしはつらい思い出があって、村には入れないの。ここでいいかしら。あ、あとのことは大丈夫。クリスがワイバーンを呼んで誰にも見つからないように帰るから」

「ソフィ。ありがとう。今日のことは忘れないわ」

「いや、忘れてよ」

 ソフィとメリッサはもう打ち解けていた。


「そうね。秘密は生涯守る、約束するわ」

 公爵令嬢がワイバーンを乗り回していたというのは本当に困るのだろう。龍種は街に出現したら正規軍出動の討伐対象だ。


 口外しないことを約束し、村に入る。振り返ると神秘的で不思議な姉弟はもうどこかに消えていた。


 ◇◇◇


 ドラ。それはワイバーンの名前だ。キング・オージュールを狩って自らの矮小さ、身勝手さ、愚かさを自覚したクリスは毎晩、現地で謝罪の祈りを献じた。そして素振りをして汗をかき、体内の邪気を払った。


 研ぎ澄まされていくのを感じる。太古より人の行為の貴さの最たるものが祈りだったのではないだろうか。祈りの気持ちを持って素振りをする。すると素振りが祈りになる。その様子をワイバーンが見ている。最近近くまで来るようになった小型のワイバーンだ。


「やあ。こんばんは」

 挨拶をする。逃げない。襲っても来ない。その日、ワイバーンが襲われた。キング・オージュールだ。脅威ランクではワイバーンの方が上だが、キング・オージュールは特大サイズだ。個体差で逆転もあり得る。ランクSとランクAのモンスターの戦い。


 クリスがそこに乱入した。

「今日は、お前を斬る理由がある。許せ」

 真・円舞斬。かつてセバリスがセドリックを真っ二つにした際のような見事な速度、軌道。二つになったキング・オージュール。月光が刀身を妖しく照らす。ワイバーンがじっと見ていた。


 ◇◇◇


 テオドラたちが村の正面から入ると、中から老婆が手を引かれて出てきた。

「おお、よくぞ、よくぞ、戻ってきなされたな。聖女様」

 老婆がテオドラの手を握る。

「ん……??」


「あ、あなた、目が……」

 テオドラの声に老婆が手を離した。

「おお。すまんことじゃの。ちょっと人違いを……、この通り目が悪くての、どうか気を悪くせんでくだされ」

「い、いえ、聖女様とは……」

 村の奇跡。やはり誰かが救ったのだ。知りたい。本当のところ、魔学では何もわからない。


 自分だけ違う。どうしたらいいのか。どうすべきか。道標がほしい。自分が生きる方向性。その現在進行形がいるのだ。


 老婆の説明は簡潔だった。いきなり切りつけたこと、そのことをとがめず、村人を救う機会を失ってはいけないと必死の説得をされたこと。井戸の水を治癒の水に変えたこと。


「村は出入り禁止になって、王国の警備がいたんですよね?」

 メリッサが確認する。王国の警備が出入りを禁じている中、誰にも見つからずに入ってきたのだ。

 出来るだろうか、テオドラは思う。出来る。なぜ言い切れるか。さっき見たからだ。


 案内された井戸の水はもう普通の水になっている。でも、感じる、テオドラだけが気づいた。

 暖かな魔力の残滓。


 いる。確実にいるのだ。道標としたい人。

「あの、どんな人でしたか」

「あんたらくらいの年齢の女の人だよ。あんたの感じはよく似ているよ」

 テオドラに向かってそう言う。


 その日はソンヌ村に泊めてもらった。一行はもうクタクタで翌朝帰路についた。もちろんテオドラはもう一度クリスに会って話を聞きたかったが、一行にこれ以上は負担をかけられなかった。


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