第82話 夜明け
魔神大帝ヴェクザグリアスはその子をみて失望した。将来魔人たちを統べるべき立場の皇太子がスライムとは。皇太子は生まれ落ちたその日、即日廃嫡された。
捨てられたスライムは餓死寸前でその光景を見た。
ブルークロウという大きなカラスのようなモンスターが小さい人間の女の子を襲っている。顔を突かれ、その右側を血に染めている。
スライムは死ぬ前になにかしたいと思った。そのスライムは高い知性を有していた。そして人間が高い知性を有していることも知っている。ブルークロウなどとは比較にならないくらい。何かをしたなら誰かの記憶に残りたいものだ。人間なら救われたその意味を理解し覚えていて食えるだろう。それが同じモンスターではなく、人間の側に一瞬とはいえ、その側に立った理由だ。
スライムは全力で体当たりした。しかしブルークロウも反撃。両者にダメージが蓄積していくが、スライムのほうが分が悪い。満身創痍のスライムが最後の力を振り絞ろうとした瞬間、ブルークロウはスライムの異様な何かを感じ取った。本能が感じた恐怖。そしてあわてて見て逃げて行った
「ありがとう」
少女が礼を言う。その顔の半分は血で真っ赤だ。スライムは死にかけだ。もう動くことも出来ない。
「死んじゃうの?だめだよ、元気出して」
少女の手が触れる。優しくなでる血まみれの手。その手を通じ、伝う血がスライムを濡らし、そして濡らしたその血はスライムの体内に浸透し、吸収されていく。魔力の溢れた血だ。血と共に吸収した魔力がスライムの小さな体を満たして行く。そしてようやく数分前のことを思い出した。
助けたのではない。助けられたのだ。
ブルークロウに襲われていたのはスライム自身だった。それを助けようとして顔を突かれたのが人間の少女なのだ。そしてスライムは混乱し我を失った。一連の流れを思い出すスライム。不意の攻撃を受けての混乱の最中、状況の前後の関係を把握できていなかった。とはいえ、今も確信は持てないが。確信は持てなくても現実に目の前にいる。顔を血に染め、弱弱しく笑う少女。そうだ。この子に恩を返さなくては。
だれか、たすけて!この子をたすけて!
スライムは祈った。取り込んだ魔力が作用し、その祈りが本来の力を呼び覚ましていく。
スライムはこの日豊かな感情を手に入れた。そして人間の血を体内に取り入れ、しかも取り入れたそれには強力な魔力が宿っていた。スライムは誰にも知られることなく、その夜進化した。
人間と、いや魔人と同様の姿形に近づいたのだ。彼は少女と後年再会するまでの間、少しずつその見た目が魔人のような姿になっていった。そして彼は少女を忘れることはなかった。再会のその時、成長した彼女を一目で見分けることが出来たのだ。
スライムだった自分を彼女は覚えているだろうか。記憶の共有を試みる時間は、人生を遡る旅路のようで、少しづつ柔かくなる彼女の表情に魔人の心も一層まあるくなっていく。
「私はアウレリア。キミは?」
「シグルド。君に命を救われたあの日のスライムだよ」
その魔人は年下に見えた。まだ少年だ。
「スライムって、こんな風に成長するのね」
「いや、俺だけだよ……」
「ふうん。ならキミは、魔物と人間の隙間を埋める存在なのかもね」
人間から見ればスライムが魔人に近づいたのではなく、スライムが人間に近づくように成長した。そう見えたのであろう。
「え……?」
何気ない一言だったがシグルドの胸には刺さる。そんな未来があるのだろうか。もしあるのなら自分はその未来を選びたい。
「アウレリアは何をしている人なの?」
「プリーステスとして勇者のパーティーに加えてもらっているよ」
「じゃあ魔神大帝を倒すのが目的なんだ……」
「え?なにそれ?標的は魔王だよ」
「……。4人いる魔王たちを統べるのが魔神大帝だよ」
「そうなんだ……」
知らなかった。その情報は人間世界の間で共有されていない。
「ねえ、アウレリア。さっき、俺のことを人間と魔物を埋める存在になれるかもしれないと言ったでしょ?」
「え?ええ……」
「俺の親は魔神大帝なんだ。もしかしたら……」
そう。もしかしたらその理想は実現するのかもしれない。
「シグルド……」
アウレリアの表情に希望の輝き。
「シグルド。また会ってくれる?話したいことがある。それは争いのない世界についての相談よ」
「もちろんだよ、アウレリア」
二人はその後も何度も話し合い、協力の目途を立てて行ったのだ。しかし、一方でアウレリアは勇者一行の中で浮いた存在になりつつあった。シグルドは知った。アウレリアは勇者一行から追放され、一人こちらに向かっているという。
ようやく使命を果たす準備が出来た。今度は俺が彼女を守る番だ。しかし抱いた想いはその後の失意に虚しく打ち砕かれる。その失意はやがて何も果たせぬ自分自身への怒りへと変質していくのだった。
その時目の前が真っ白になる強烈な明滅。周囲は一瞬で火の海。一帯を薙ぎ払い、南の魔王、または炎の魔女ことネプラカーンが部下たちを引き連れゆったりと近づいてくる。強大な魔力。この威力は確かに魔王の放つものでなくてはならない。
そのネプラカーンが、目の前にいる遅れて到着した仲間の様子の異変に気付いた。
「どうした?シグルド」
「ネプラカーン。あんたはやるべきことをやった。この女は確かに勇者マルスの仲間。それは分かる。だが俺は、人間につくことにした。つまり今から敵同士だ。悪いが死んでくれ」
剣を抜くシグルドをネプラカーンの親衛隊が取り囲む。シグルドは燃えるアウレリアの遺体に視線を送り、そして視線を戻すといまや敵となった魔人たちを見据えた。その目には凍りつくような殺気が宿っており、魔王とその親衛隊を怖気づかせた。
★エピローグ★
ジータ・イーマは夢から目覚めて悩んだ。アイシス領に向かう、その早朝だ。
このまま先に進めば未来が見えなくなる。それはきっと死を意味する。
だが、ある未来もいま見えた。貴族や平民と言う階級が撤廃された世の中だ。君主は国民の総意で決定される。そんな国が誕生し、その国を指導していくのは赤い剣緒のついた黒い剣をもつ男性だ。
彼が有名な黒騎士か?でも何か違う気がする。それでもこの男はきっと帝国に縁のあるものだ。
帝国は変わるのだ。自分がアイシスに行く、その先の未来がそこにある。
彼女は結果を視ることが出来る。しかしそこに至るプロセスは視れない。二つの結果が視えた。自分の結果、そして国の結果。
ジータは進むことを決意した。なぜなら帝国の巫女たる自分の使命は、その能力で帝国をより良い方向に導くことなのだから。
「その花弁の落ちる場所は、散る前から決まっているんだよ」
アヴァロンの森にある渓谷の吊り橋の上。ジータとテオドラ、仲良しの二人はそこで散る花弁の落ちる先を見ながら話をした。
「そうなんだ。ジータは凄いなあ。ね?もし、それをあらかじめ知った上で、なにかもっといい方向にする努力って、そういうのって。出来るのかな?」
「そうだね、テオドラ。きっとできるよ。出来ると思う」
深緑に包まれた学舎付近から、遠方の山嶺を見やれば山の凹凸が青と黒に浮き上ってそれぞれ表情を描き、遠景とその稜線の上に沸き立つ白い雲が一際眩しい。
忘れがたい光景。魔法都市アヴァロンには帰国後にでももう一度訪ねたいと思う。ここの空気感は格別だ。
テオドラ、メリッサ、フレデリカ。この地で知り合った友人たち。彼女たちとならもっと深い魔術の話が出来る。
そうだ。アイシスから戻ったら、またアヴァロンに行こう。今度は学校の行事ではなくプライベートで。
いきなりいったらビックリするだろうか。カークも誘おうか。お土産は何を持っていこうか。
たとえそんな未来は見えずとも、明日の希望まで捨てたりはしない。今日の行動が明日の希望を導くのだから。
ジータはあの日出立の朝、アヴァロンでテオドラと一緒に買ったお気に入りの三角帽を被った。その瞳に決意の光。まるで朝日が射したように輝いた。
おしまい。
お読み頂き誠にありがとうございました。
毎日楽しみながら投稿することが出来ました。
次の物語でまたお会いできましたら幸いです。その時を楽しみにしております。




