表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/82

第80話 新時代

 ホレスは長身で長刀、シグルドはそれゆえ相手が窮屈になるよう間合いを詰めた。手数を増やした。それでもホレスは詰められた間合いに対応している。剣戟を重ねることを楽しんでいるような余裕さえ感じる。ソフィがシグルドにバフ魔法を掛けている。それでこの状態だ。

「じいさん、すげえ力だ。もっと若い頃には、こう野心みたいなものはなかったのか?」

「あったさ。だがその結果地上が水浸しになって、ワシらはここに逃れた」

「ああ、神話にそういう話がある。あんたが原因かよ」


 シグルドは笑った。だがその目は冷酷にホレスを観察している。ホレスは高熱に冒されている。魔力が膨れ上がっているが、自らの身体を焼いてエネルギーにしている。そのエネルギーを膨れ上がった魔力が食っている。原因は分からないが敵の魔力は増大し、そして敵はそれを制御できていない。自壊の徴候だ。

 長くは戦えない。

「じいさん、あんた何歳だ?」

 会話の継続。ホレスはその間も消耗する。その意図にソフィも気付いた。卑怯だが、命をかけた戦いの最中だ。生き残る。その努力をすることは、どのような手段を用いようとも、ゆるぎなく正しい。


「たしか1000年と、あと……む……」

 ホレスの身体が燃え始めた。高熱が衣服を焼き、炎上する。

「なるほど、そういうことか、このわしをたばかるとは、なかなか老獪な……」

 シグルドの意図に気づいたホレスが長刀を握りしめる。彼が1000年を超える生涯を乗せた一撃が来る。ホレスは今自覚した。もう何度も剣を振ることはかなわないだろう。だが気力と魔力は満ちている。自分自身の肉体を焼くほどに。いまなら乗せることが出来る。愛刀に乗せる。生涯最高の一太刀を。

 シグルドもその気配を察した。耐えきれるか、いや、躱せるか。

 ズンッ……。

 ホレスが揺れたように見えた。


 揺れたかに見えたホレス。そのホレスの左胸を背後から剣が貫いている。

「アウレリア……」

 シグルドも呆然とした。ソフィの手には彼女の愛刀、女神の剣。その剣がホレスの身体から引き抜かれる。1000年を乗せたホレスの一太刀。集中し切った彼の急所をソフィは背後から正確に貫いた。

「ホレスさんと戦い、彼を倒すことが私たちの目的じゃないわ。先を急ぐわよ」

「あ、ああ」

 シグルドも我に返る。今必要なことをやる。それが先決。分かり切ったことじゃないか。

 地面に伏したホレスから炎が上がる。暴走した自らの魔力が熱になって、命を失った後も熱はその肉体を焼いた。見開かれた瞳。しかし、シグルドたちは、もう見えない。


 地下の一室。動悸にあえぐ女性。ユニットだ。

 瀕死のようだ。テオドラの魔法で一度は蘇生したものの魔力暴走が発生している。

「た、たすけてくれたのはあなた?」

 ユニットはしゃべった。

「いえ、その子は……」


 テオドラだ。

 テオドラとクリスの気配が無い。魔力を感知できない。それが意味するものはたった一つの事実。おそらく命を燃やし、そして燃やし尽くしたのだ。ソフィの頬を涙が伝う。それでも振り返りはしない。前に進むしかない。ここまで来れるのは、いや辿り着けたのは、私たちしかいないのだから。

「ホレス様はどこ?」

「死んだわ……」

「そう。そうなの。はは、あははは」

 狂気のような哄笑。彼女の魔力暴走が一段と加速する。その肉体が火を噴いた瞬間、ユニットの首をソフィが女神の剣で刎ねていた。


「おい、アウレリア。殺しちまって、どうするんだよ」

「こうするのよ」

 ソフィはその場で衣服を脱ぎ棄て全裸になった。そしてユニットが寝ていた石の寝床に横たわる。木の根が生き物のように蠢いて伸び、彼女を石の寝床ごと包み込んだ。

「ねえ、魔力を地上に供給しているのがこの都市なのよ。この上に生えている大きな聖樹が空と星の魔力を受け、地上の聖樹に供給する。地上の聖樹はそれを大地に注ぐ。魔力の濾過と供給の仕組みよ。この都市を地上から離して行けば、きっと地上から魔力は無くなる。魔物も魔人もそうなれば死に絶える。良いか悪いかはわからないけど」

「お前がそれをすると?」

「そうよ、シグルド。この都市が地上に落ちればどんな災害が起こるか分からない。いきなり魔力の供給が途絶えてもきっと大変なことになる。私がいればゆっくりと魔力を地上から引きはがせる。だから、お前は地上に帰りなさい」


「魔力が無くなって地上の魔人は死に絶えるんだろ?ごめんだぜ?」

「言い方が良くなかったわね。今生きている魔人は魔力を失うけど、死ぬかどうかは分からないわ。ただ、魔人の特徴を持った種族がいなくなるのよ。それはすぐに起こるかもしれないし、世代を重ねるごとに少しずつ進むのかもしれない。お前も人間と同じ寿命になって、人間と同じように死ぬのかもしれないわ。どうなるのか、楽しみね。さ、帰りなさい」

「嫌だぜ。また一人ぼっちかよ」

「……。アヴァロンの霊樹をみたでしょ?私もしゃべることもなく、ただ魔力制御に力を使うだけで寝ているだけの存在になる。」

「そうかもな。だが、存在はする」

「……」

「本当言うとな、俺はもう寿命なんだよ。お前の400年前の奇跡の魔法のおすそ分けで生きているんだ。お前と離れたら、たぶん即死だ」

 その言葉が本当かどうかは分からない。しかし、もう、いいのだ。彼が本気でそう思っているのが分かる。もういいなら、もういい。


「ひとつだけ我がままに目をつむって。クリスとテオドラに転生の秘術をかける」

「だがもう死んでいるんじゃ……」

「聖女の奇跡を見せてあげるわ」

「その手があったか」

 シグルドの笑み。ソフィも笑顔だ。


 上空に太陽がもう一つ昇ったかと錯覚する眩い光をプリシラは見た。不思議なことにそれを他の人たちは見ていない。唯一サラだけが見たと言った。


 空中都市は地上を周回している。そのたびに少しづつ地上から離れていく。ソフィが軌道を外しているのだ。どんどん距離が遠くなる、いつしか地上の様子を見ることは出来なくなり、地上もまた他の星と同様、小さな光へと変わっていく。遠く離れていくその過程で地上からは魔法が失われた。


 白骨化した魔神の亡骸。瑞々しい肉体を保ってはいるが物言わぬ眠れる女神。

 空中都市は宇宙の冷たい夜の闇を進む。音もなく。ただ進む。


 月日が過ぎた。その頃、オレルネイア共和国では最初の元首を決める投票が行われていた。女王プリシラはまもなく60歳。実子はなく、養子が一人。彼女は共和制への移行を決めた。国民は不思議に思った。今政治体制を変える必要がどこにあるのだろうかと。この40年で国は飛躍的に成長した。プリシラの治世はのちの政治学経済学の教科書にもなる。廷臣と官僚たちも優秀だった。共和制に移行したのちも内政のトップで舵をとることになるエステバル。その妻アンは社会福祉のパイオニア。近代化の礎は福祉によって強固になる。兵站管理の達人、マチルダはそのノウハウをいかし、物流の整備を進めた。彼女の構築した道路網は地方と地方の距離を経済と文化を発展させた。

 ザガードは警察組織の整備を行い、高い治安を国にもたらした。国の柱石としてこれからの活躍が期待されたが、惜しくも第一子誕生後に病で亡くなっている。彼は結局生涯無敗のまま、しかし病にだけは勝てなかった。

 彼とサラの子、ブラド・ザガード。母の亡くなった兄の名をもらった。彼は聡明だった。父の死後、母と姉妹同然の関係にあるプリシラの養子に入り、そして素直に真っ直ぐ育った。


 プリシラの養子に入っても、彼はザガード姓を名乗った。実の母から清廉を受け継ぎ、育ての母から倫理を授けられ、やがて私心の無い有能な政治家になった。

「母さん、行ってくるよ」

 一緒に暮らす二人の母。サラとプリシラ。二人とも母さんだ。二人の母さんは姉妹のように仲が良い。

「忘れ物はない?ちゃんと確認した?」

「大丈夫だよ。昨日のうちの全部揃えたから」

 プリシラとブラドのやりとりをサラがニコニコしながら見ている。ブラドは出掛けにプリシラとサラにそれぞれハグする。

「気をつけてね。町には悪い人もいっぱいいるから、騙されないようにね。暗いところには言っちゃダメだよ」

 ブラドが小さいころから母サラに言われ続けてきた台詞。それはサラがその兄、ブラド・ゾルに幼い頃から言われ続けてきた言葉なのだ。

 母がそんなことを心配しなくてもいいような国。ブラドの目指す理想の社会。


 ブラド・ザガードは父の形見の剣メルト・ネグロに祈りを捧げ、議会に向かう。彼はオレルネイア共和国、その初代大統領だ。

「あんなに立派になって。はやくソフィに紹介したいよ。明日辺りに帰って来るかなあ」

 プリシラはまだソフィの帰りを待ち続けていた。きっと今日だね、とサラが受ける。女王の朝のやりとりは、退位した今も変わらない。


「宣言しなさい。今すぐに!」

 ソフィの言葉、あの日の眼。昨日のことのようだ。昨日のことのようなのに、それなのに懐かしい。不思議だ。体とか見た目は少し変わったが、心はあの日のまま何も変わっていない。そりゃ、少しは気づけることも増えたけど、そのくらいだ。大して成長もしていないし、衰えてもいない。ソフィが今急に帰って来ても、昨日ぶりくらいの感覚で話が出来そうなのだ。

 ソフィ、会いたいよ……。


 聖女の銅像がある広場を通るとかつての魔学。魔学はその後、王宮になり、そして今は王宮を改築した議会堂がある。議会堂の前で待っているのは初陣を鼓舞しようとしている同級生たち。悪友かつ幼馴染でもあるエルネスト・ダンもいる。王政時の元帥の息子にして王国最強剣士。そしてエステロソ・オルナシオの使い手。腕も立つが頭も切れる。すぐに彼を取立て側近にしなければならない。ブラドはそう思っている。

 彼らのもとへ向かうブラド・ザガードの前を一匹の黒猫が横切った。 

「テオドラ、待ってえ」

 少女が猫を追いかける。


 この猫があのテオドラと何かしらの関係や因縁を持つのかは誰にも、それがソフィであっても分からない。ホムンクルスだったクリスが、ソフィがそう願ったように人間に転生したのか、それとも別の何かになったか、或いは何事も起きなかったのか。それも分からない。

 ただソフィは転生の秘術を“三”人に使った。クリスとテオドラ、そして本人には言っていないのだが、シグルド。効果の有無が不明であることも含め、分かるのはそれだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ