第8話 新学期
第二の人魔戦争とも言われるセントラルアクシス戦争、そしてその後に連鎖して起こった東西大戦。
500年後に残る歴史書にも彼らの名前は記されている。時代を超えて英雄たちが一時期に集められたかのような英雄の時代。
その中で最も詳細かつ古いのが大陸古記だ。
彼らの最後の様子も克明に記録されている。この記録に登場する彼らのうち、9割が戦いで命を落としたのだ。
500年後にも残るその史書、大陸古記には第一次人魔戦争の勇者に聖女アウレリア、南の魔王・赤のネプラカーン。世界を救った聖女テオドラとその彼女を守護した女神ソフィーティア。女神の夫にして錬金と鍛治の神シグルド。彼らと共に戦った人間の英雄たち。例えば軍神帝、剣姫、深淵の魔女、無敗騎士、剣聖……。
彼らの話が載っている。ただはっきり名前が記されているのは神と魔王、聖女のみだ。
人間の名前を神たちと同じ本の中に書くことは彼らの文化では許されない。魔王と聖女は神に準ずる存在だから別だ。この史書の特徴は王国内で編纂されたものと違い、勇者が魔王を倒したとは記載されていない。
魔王ネプラカーンと聖女アウレリアが相打ったと記述される。
マルス一行はネプラカーンとアウレリアの遺体を同じ場所で見ており、それを正しく国王に報告している。
王家によって歪曲されたものの、その報告を正しく記録に残したものがいるのかもしれない。
但し、ネプラカーンを殺したのがシグルドであることは書かれていない。アウレリアを除く、人類の誰一人として知らない事実だからだ。
さて、後世、この中で歴史上の実在の人物に比定されているのが軍神帝と剣聖だ。
それぞれゲルニア帝国皇帝アリオロスとその兄、マケドニア公爵イグナスとされる。そして剣姫とは王国史上最年少にして王国最初の女性騎士団長となった薔薇騎士ミネルヴァ・ウエストザガが有力だ。
これらの比定は他の史書とも矛盾なく、諸説あるなかでも大多数を占め、これ以外の説は学者たちの中でもほぼ無視されている。
そして複数の史書には記されているものの、正式に取り上げられることはほとんど皆無で、しかし昔から多くの歴史家を虜にした魅惑の逸話がミネルヴァとイグナスの身分違いのラブロマンスだ。
ミネルヴァは最初アリオロスに恋していたと言う。しかし、イグナスに出会って彼に心が移ったのだと。尻軽と評する歴史家もいる。実在する歴史上の人物二人の話。
剣姫は尻軽だったのか。だが、それはもう当人同士に聞くしか知る術がないのだ。
ただ彼女がイグナスに出会ってから剣の腕が飛躍的に上達したというのは否定されることが無いほど一般的になっている。
後にディムランタン公爵領の赤獅子を打倒し、実力で王国最強の称号をもぎ取っているのだ。
そしていつしか大陸古記「以外」の表記だけが剣姫から剣鬼に変わっていく。ある時期を境に。
そして同じ時期から大陸古記には竜姫が登場し、剣姫と竜姫が混同していると思われる記述が複数ある。この竜姫の表記を始めから使用しているのが帝国貴族編纂の「帝紀」だ。
帝記には神々が登場しないので、歴史上の人物が実名で記載されている。
帝国貴族の手で編纂されたものながら、皇帝家への忖度が低く、比較的事実に沿う内容とされる。帝紀の編纂者はミネルヴァに対し、一定の尊敬の感情を持っているように読み取れる。
その帝紀における表記が「竜姫」プリンセス・ミネルヴァだ。以上が大陸古記の表記における剣姫=竜姫=ミネルヴァ・ウエストザガの根拠とされ、これを否定できる有力な説はない。
ちなみに余談だが、例外なく全ての史書が剣姫または竜姫の容姿を褒め称えており、記述のある全ての史書が一人の女性の美貌をこぞって称賛する例は、この例以外一つとして確認されていない。
帝紀を編纂したとされるカーナード卿の墓碑に刻まれた一文。彼の信仰。祈り。
ああ、竜姫よ。
風雲を制し、漆黒の髪に天を映す者よ。
万象争い色を失うとも、
汝はなお光を与えたまう。
とこしえの王女よ、
この祈り、永遠に捧げたてまつらん。
その信仰が彼を歴史の編纂事業に駆り立てた。
後世多くの歴史研究家の魂を鷲掴みにする神秘に満ちた歴史の激動はいま動き出そうとしていた。
魔学卒業後、王都で魔術省や宮廷で役人になる物も多い。その一人かつての教え子から半年前に学院長アレクシアに届いた手紙に来季の教育省の大臣は傑物。ご注意召されよと書かれてあった。
◇◇◇
季節は巡り、新しい期に入る。王立子弟学院も新学期を迎えようとしていた。
慣例通りの成績ではあるもののここ数年交流会では3位転落しそうな状況も起こっている。
魔術で2位、武技も2位、それで総合同率1位。1位3点、2位2点、3位1点。いつも三校4点同率1位。魔術か武技でどちらかが3位に転落すれば総合ビリが確定だ。
武大の武技は圧倒的だった。1位のアリオンを武技ではなく魔術に回す余裕があるはずだ。アリオンは魔術も使える。
危機感を持ったのは子弟学院の監督者でもある教育省の大臣となっている貴族だ。自分が大臣をしているときに学院の成績が落ちたとなればメンツ丸つぶれ。貴族のメンツは命そのものだ。
何が何でも守らねばならない。
担当大臣ゼビル伯爵は貴族らしい頭の使い方をする。新学期と騎士団員の子弟から共に腕の立つ若者を貴族の養子にして入学させたのだ。15~16歳は5年生からのスタートだ。
それぞれ魔術と武技の代表にすればどちらも1位だ。そして総合単独1位。この100年最大の成果になるだろう。
「ククク。ピンチはチャンスとはよく言ったものよ」
悪そうな顔で笑っているが、領内経営では税率を5%下げながら王宮への納税を3%増加させた有能政治家だ。開墾を行い、それを領民に預けて納税の分母を増やしたのだ。領民にはどうしてか人気がある。
実際、領地経営では実績がある。良いところもあるのだが、どこか金でなんでも解決できると思っている節があり、メンツは名誉、名誉は命、金はもっと大事と言ってはばからない。
そしてゼビル伯爵の人選は的確だ。将来の王立魔導騎士団候補生、ヒルダ。そして王立樹氷騎士団のエースを兄に持つレイ・アーセナルだ。
「くっくっく……。壮観よの。随分と金を使ったが、その甲斐もあったというものよ」
学長室から校庭を見下ろす。新入生たちがぞくぞくとやってきている。
夏の暑さがやわらぎつつある収穫の季節。希望に満ちた輝く表情。ひところよりやや薄くなった陽の光が、表情の明るい陰影を一層際立たせる。おお、学院の制服を着たおねえさんと手をつないで嬉しそうに。何と良い光景だ。
学長は大臣を前にいやな汗をかいている。とにかくゼビル大臣は切れ者だし金にも汚く、手段を選ばない人物と聞いている。
「随分金を掛けさせられたからなあ?んん?学長」
「はひッ」
今期は王学に破格の助成金が下りていた。学長がしきりに汗をぬぐう。
「くっくっく……」
大臣は変な声で笑いながら嬉しそうに眼を細めている。
「姉さん、恥ずかしいので手をつなぐのは勘弁して下さい」
クリスは顔を赤くして言った。4年生からの編入入学になる。もうすぐ15歳だ。
「駄目よ。ずっと前から決めてたんだから」
「きょ、今日だけですよ」
クリスは晴れて名門王立子弟学院の生徒となった。
新しい生徒会長が挨拶する。7年生、プリシラ。王と正后の娘、つまりは王女だ。凡庸な兄たちとは違い、頭の回転が早い。王家の第三子にして長女だ。
プリシラを見て去年の生徒会長である第二王子を思い出したゼビル大臣はこめかみがピクピクと動いた。前年太政官の立場にあった彼は賄賂を使って対戦順を操作したのに、魔術学院の女子生徒に武技で敗れたのだ。けっこう無様に。
(あのガキ……)
あれだけ練習しろと言ったのに、ケーキばかり食いやがって。
ゼビルが苦虫をかみつぶす同日の午前、魔学でも武大でも新生徒会長の挨拶が行われていた。メリッサは優等生らしく、静かに明瞭に常識的に、しかし突如本音を言葉にする。激情。彼女にこんな一面があったのか。
「魔学は今、創立以来の最盛期を迎えます。100年先の未来にまで宣言しましょう。大魔女アレクシアの学生時代を超え。この年が魔学史上もっとも魔術の深淵に近づいた世代だと」
瞳が輝いている。覚悟と決意の光だ。
(メリッサ……!)
アレクシアはギュッと拳を握った。
テオドラ、アリオン、彼らの登場が眠れる天才を目覚めさせた。この子は入学以来口に出したことを全てやってのけた。10年に一人の逸材と思ったが読み違えだ。
テオドラを除けば、彼女こそ、この大魔女アレクシア以来の才能ではないか。
生徒の中には眼に涙を浮かべるものさえいた。万雷の拍手が講堂を埋めた。




