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第79話 空中都市

 ミネルヴァの未帰還にクリスたちが打ちひしがれている同じころ、エイシアもまたアナスタシアとアレスの帰り待ちわびていた。

 最後に残った、たった二人の仲間。あの二人はもしかしたらもう帰って来られないのかもしれない。そんな予感がした。

 両陣営に同時に起こる悲劇。戦い合わなけばこんなことにはならない。そんなことわかっているのに。


 憎み合えば戦いになる。だが憎むほどの相手もいないのにこんなことになった。アナスタシアに至っては、憎むどころか人間に対し彼女は一定の愛情さえ抱いていた。

 ボーリンゲンもメーレルも、西ゲルニア皇帝も、あの炎に焼かれた。魔力感知でとっさに逃げた自分だけが生き残った。あれほどの魔法を放つ相手だ。仲間二人は死んだのだ。戦争は終わりだ。

 仲間の返ってくる気配はなく、エイシアは失意のまま空中都市メルギド・アクロスに帰った。


 空中都市メルギド・アクロスには古い神殿があり、その裏にあるのが大聖樹だ。神殿の地下室は大聖樹のその下に、地中に張り巡らされた根に抱かれてそこにある。石のベッドがあり、そこに安置されているのは女性だ。彼女はこの空中都市の制御システム。星々の魔力集めるのが大聖樹だ。大聖樹と繋がる地上の霊樹がそれを受け、地上に供給する。そこにいたる量を調整するのが彼女だ。とはいっても彼女がその意志で管理しているわけではない。循環システムにおけるフィルターのようなものなのだ。彼女はそのためにつくられた。神人でも天人でもない。彼らに作られた魔人だ。


 エイシアがユニットの前に立つ。彼女はユニットと呼ばれていた。エイシアがユニットの首を締め上げる。メルギド・アクロスがコントロールを失い、降下を始めた。

 地上からそれを見上げる人間たち。

 雲間から姿を現した巨大な空中都市。


 地上にぶつけて全てを終わりにする。それがエイシアの決断だ。

 迫りくるる空中都市。それは地上からもはっきりわかった。その影は次第に大きくなり、見上げる視界を覆い尽くしていく。クリスがワイバーンに跨る。シグルドもバハムートと共に飛び立った。

 エイシアは接近してくる影に気付いた。迎撃するつもりか、地上から数頭のドラゴンが飛んできた都市上空を浮遊する魔石がレーザーを放つ。防御魔法の魔石だ。先頭の巨大なバハムートを、そして後から続いてきたワイバーンをレーザーが幾重にも貫通した。敵は落下しながらも魔法を放ってきたが、それも別の魔石がバリアで防いだ。防御魔法の魔石。空中都市は神人がつくった太古の魔法で厳重に守られている。

 シグルドとクリスが叩き落された。特にクリスはレーザーの直撃を受けた。

 回復魔法を施すが絶望感が強い。このまま空中都市の落下を防ぐことは出来ないのか。


 そこへ地上から魔法を放ち、抗っているのがテオドラだ。重力魔法を駆使し落下を止めようとしている。無茶だ。そう思ったが、クリスも加わる。クリスは自分の落下を魔法で制御しながら重力魔法を空中都市に向けてはなっている。しかしその落下速度はいささかも落ちはしない。

 奇跡よ、力を!

 聖女の力が重力魔法に注がれる。メルギド・アクロスは落下中にブレーキを掛けられ、半壊が始まった。

「テオドラ!」

 ソフィは手を出しかけてしかし、やめた。まだだ。自分は切り札。ここで切るカードではない。崩れ落ちた城壁や空中都市の地面が落下する。地上はそれだけで大損害だ。だが空中都市の落下速度が緩やかになっている。やがて空中に制止した。


 静止と同時に地上のテオドラがコテンと倒れた。ブロンドの髪が真っ白。手足も硬直している。クリスが駆け寄る。テオドラが口をわずかに動かす、声が出ていない。目も白く濁り、どこを見ているか分からない。だがクリスには聞こえた。

「連れて行って」

 クリスは頷いてテオドラをおんぶする。その体は自らの吐血で血まみれだ。空中都市が崩れかけ、建築物の一部が剥がれおちて、その剥がれた部分は次々と地上に落ちてきている。しかしその速度は空中に浮いていた魔力の残滓に干渉されてか、或いは空中都市と地上の重量双方の影響か。妙にゆっくりだ。これを足場に駆け上がる。クリスは吐血に塗れたその一歩を踏み出した。


「行ってくるわ」

 ソフィもまた崩れつつある空中都市に乗り込む肚を決めていた。今が自分の動く時だ。

「ソフィ、私も」

 プリシラが一緒に行くと言って聞かない。彼女にしては珍しいことだ。

「プリシラ。あなたは国民の太陽。彼らに陽の光を注げるのはあなただけ」

「帰って来るよね?そうでしょ?そうだよね?」

「あたりまえじゃない」

 ソフィは戻ってこない気がする。根拠があってそう思うわけじゃない。根拠はない。ただソフィに表情があまりに澄んで見え。それが戻ってくることへの執着を欠いている気がするのだ。でも眼をそむけない。何が起ころうとも。


「シグルド、行くよ」

 二人は手をつなぎ、重力魔法で上がって行った。神々しい姿だった。


「来るわよ」

 崩れていく空中都市の周囲を浮遊する人の背丈ほどのいくつもの魔石。その魔石が内部から光を放ち、その光が束になって飛んでくる。

 魔石のレーザーだ。それを躱せるほど空中で機敏には動けない。シグルドが剣で受け流し、ソフィが聖魔法ソラリス・イルミナティオンで一つずつ魔石を破壊する。ソフィは神眼を使い、一手先に動く。だが魔石の迎撃も次第に苛烈になっていく。

 レーザーの一本がシグルドの右足を膝のあたりから切断した。

「ちょっと、なにやってんのよ。そうだ。あれ試してみようか」

「なんだあれって?」

「これよ。トライアド!」

 ソラリス・イルミナティオンの光線が三本放たれたかに見えた。だがよく見ると、三本ではなく、もっと何本にも、10本くらいに増え、魔石を次々と破壊して行った。トライアドなどと適当に口走っていたが。


「やるじゃねえか」

 シグルドが笑う。攻撃しながらもソフィは上位回復魔法でシグルドの足を治していた。二人は空中都市のセキュリティを突破し、その地に降り立った。

 降り立った場所には高齢でしかし、姿勢の良い長身の男が待っていた。白髪で皺だらけだが腰に曲がったところはない。女の首を持っていた。その首が二人の足元に投げられた。

「こいつは?」

 シグルドが聞く。


「エイシア。人間と戦っていた最後の一人だ」

「そうか。じゃあ、これで終わりか」


 だが老人は意外なことを言った。

「いや、ワシが相手だ。死んだ者たちの仇を取らせてもらう」

「その女を殺したのはあんただろう?」

「そうだ。それはこっちのけじめ。そっちにもけじめをつけてもらう」

 老人から殺気。長刀を持っている。

「爺さん、あんたの立場は?」


「……お前、魔人大帝の血筋だな?」

 老人がシグルドに聞いた。

「知っているのか?」

「質問に答えよう。魔王や魔人はわしが創った」

「あんた、神人か……」


 魔神大帝を殺したものと魔神大帝を創ったものが時代を超えて対峙した。

「シグルド・ヴェクザグリアスだ。」

「ふふ。ヴェクザグリアスか、そうであろうな。わしはホレス・ザグリアスだ」

「ん?ザグリアス?ちょっと似てるな。あんた、俺の先祖に関係があるのか?」


「関係だと?ふふ。自惚れるなよ、魔人など所詮我らが戯れにこしらえた作り物よ」

 ホレスの長剣が斬り込んできた。その凄まじい速度にシグルドが傷を負う。肩口だ。ソフィはシグルドの劣勢を初めて見た。ホレスは長刀を手足のように自在に扱っている。凄まじい速度に連撃。シグルドが防戦一方だ。その時、地震が発生したように揺れ、メルギド・アクロスが再び降下し始めた。


 浮遊する建造物の残骸を駆けあがって空中都市へ歩みを進めるクリスの背中でテオドラは見ていた。目ではなく魔力、或いは心で。その失われんとする命を。空中都市の地下、そこにその人はいる。その存在を感じるのだ。テオドラはそこへ向けて手を伸ばした。実際にはその手は動いていなかったが、手を伸ばした。

 奇跡よ、力を……。

 テオドラの願いが通じたのか、ユニットの目がかっと開かれた。停止しかけた心臓が動き出す。そして空中都市は浮遊して元の位置を目指す。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 そして浮遊する石を駆けあがってきたクリスがその石の上に膝をつく。もう足が動かない。吐くだけの血も失われている。目の前が黒く染まる。テオドラには様子がよくわからない。わからない。今駆けあがる途中なのか、そうでないのか。どのあたりにいるのか。吹雪のホワイトアウトに自分の位置、周囲御状況を見失うように、或いは空間識失調にみまわれたように。


「ふふ。メルギド・アクロスがまた上がるか」

 揺れが収まり、ホレスが剣を構えた。

「シグルドと言ったな。貴様は貴様の先祖が何をしたか、聞いていないのか?」

「ん?ああ、先代は俺が殺しちまったしな。そのセリフだと、聞いてから殺した方が良かったっぽいな」

「結局殺すのかよ」

「まあ。そうなるな」


 ホレスはにやりと笑ったが、その長剣の切っ先は油断なくシグルドの喉元を向けられたままだ。

「冥途の土産に教えてやろう。魔王ザグリアスを殺して魔王の地位を奪い、魔王いや魔神大帝を名乗ったのは貴様の先祖よ。つまり今の状況の原因は貴様の先祖だ」

「そうかい。そいつも機会があったら殺しておくさ」

「いや、もう死んでいる」

「知っているよ」

 シグルドが剣を構えなおした。


「なあ、爺さん。後どれだけいるんだ?」

「わし一人じゃよ」

「本当か、ここで余力を残さなくていいんだな?」


「ふ。余力を残そうとしたから苦戦したとでも言うつもりか?心配するな。エイシアがワシ以外全員殺した」

「そうか、じゃあ気兼ねなくあんたにも死んでもらう」


 魔王を4人殺した剣。魔神大帝を殺した剣。シグルドの持つ剣がホレスを斬りつける。それは光の軌跡が縦横に走るかのように、そのようにしか見えない速度の連なる打ち込みだ。それでもホレスは手に持つ長剣でシグルドの攻撃を巧みにさばいた。ホレスはエイシアが仲間たちを殺したと言ったが、直接手を下したわけではない。彼女が帰ってきて仲間たちは高熱を発しバタバタと死んだのだ。地上に降りた若手たちは地上との間を何往復もしている。

 降りた際に重度の病に罹患したと言う例はたくさんあると聞いたが、こんなのは初めてだ。微生物は短期間に突然変異を生み出す。未知の新種に対する防御。過剰防御と魔力暴走。免疫が高まり、その免疫が自身の肉体を焼くように、その暴走は加速する。

 ホレスはただ一人生き残った。魔力が溢れている。まるで今この瞬間が最盛期のように。


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