第77話 急襲
クリスは捉えた兵士を尋問した。ヒルダたちをどうやって殺したかだ。尋問されたキーラ隊隊員は二人の魔法使いによってリィド隊、バルトロ隊がすでに全滅していたこと、魔力切れの彼らに追いつき、一斉射撃で殺害したことをしゃべった。
「そうか苦しまずに死んだのか」
兵士の首が落ちた。せめて苦しめずに殺した。敵は200人づつに対に分かれて撤退している。ヒルダたちを殺した隊を特定したクリスがワイバーンで上空に上がった、。咳をして多量の血を吐きながら。クリスは魔王と戦う勇者でもなければ正義の味方でもない。守りたいものを守るし、その際出来れば手段も選びたい、無理なら手段は択ばない。ただそれだけなのだ。
レオンは轟音で背後の異変に気付いた。キーラ隊が燃えている。いきなり出火し燃えだしたというのだ。火勢が強く近づけない。レオンたちはただ焼け焦げていく仲間を見送るしか出来なかった。
帝都レズネングラード。ネメシス・ゲルニア帝国時代から続く古き都市。西ゲルニアの首都。アヴァロンと並ぶ世界最古の都市。貴重な建築物、家具、調度品、絵画彫刻。それらが山のようにある。その中心部。つむじ風が巻いた。普通のつむじ風と違うのはその風が熱風で中心部に小さな炎が灯っていることだ。小さなな炎は貪欲な口を開けて大気を呑み込む。そのたびにつむじ風は巨大な竜巻に成長し、炎の竜巻は禍々しいツイストでうねり、建物も人も呑み込んでいく。今炎の竜巻は炎の巨大な柱となって帝都から天に延びている。
その恐ろしい光景をアナスタシアはレオンと共に帝都から20数キロ手前で見ていた。信じられない光景。熱風がここまで届いている。
あの魔法使い。キーラ隊を焼き殺した奴だ。
戦いを挑むべきではなかった。アクセルたちが死んだ時点で気づくべきだった。融和など無いと決めつけた。敵の力を見誤っていたと言うのに。
人間のシスターの賢明な介護で命を取り留めたあの朝、誓ったではないか。
人間に恩を返すと。だからメルギド・アクロスと地上を往復できるようにしてほしい。見返りは求まない。その証明として人間とは話をしない。
その誓いを立てた後、強い魔力気配を感じた。その場所に踏み入れるとメルギド・アクロスに転移した。アナスタシアだけが使える秘密の回廊。そして彼女は話せないのではない。彼女が立てた誓いなのだ。それが三つ目のウソ。そして彼女は誓いを破った。
「レオン。一緒逃げよう、逃げるところがあるの。そこで二人で暮らそう」
「女神様、しゃべれたんですね」
ガバッと抱き合う二人。アナスタシアはレオンの逞しい背中を抱いた。
「好きよ、レオン」
「め、女神様」
指先からレオンの身体の感触が失われていく、
「レ、レオン?大丈夫?」
「え?」
レオンは何の事だかわからない。
「うそ……」
アナスタシアはようやく気付いた。自分の指先が光の粒子になって少しずつ消えて行っている。魔素に分解さているのだ。
「ああ、そんな、いや、いやよたすけてレオン」
消えていく。誓いは有効だったのか、有効な約束を反故にした代償なのか。それともあの瀕死の夜、本当は仲間たちもそうであったように彼女も死んでいたのか。
レオンの腕の中でアナスタシアは夏のホタルが散って飛ぶように中空に掻き消えた。
西の空が赤く染まる。インフェルノズ・ラース。魔神大帝が使っていた魔法だ。シグルドもソフィも見覚えがある。
ヒルダとゼビル、とくにヒルダの死がもたらしたクリスの怒りの深さを知った。
ヒルダとはソフィたちはそれほど深い交流はなかったが、クリスがたまにトライアド魔法学校に行っていることは知っていたし、王都の魔術大会では二人はずっと一緒だった。400年前の水準でみても素晴らしい魔女だ。そのうちに宿る強大な魔力と巧みな制御技術。豊かな感性と澄んだ知性。それを隠しようにも隠せない表情。そしてまだ若い。
ヒルダは感謝していた。ゼビルという貴族に引き取ってもらい、その貴族は親切なだけではなかった。愛情を感じた。敬意も感じた。ゼビルに会って人生が180度変わった。王学に入るよう言われて躊躇はなかった。彼の言うことに間違いなど無いのだ。
1人浮いた存在。だが、クリスが誘ってくれた。お菓子を食べに行こうと。きっとこれはデートだ。一緒に魔法の練習をした。彼のアドバイスは的確で短期間で上達した。
学生生活。ゼビルが与えてくれた。初恋。ゼビルがその機会を用意してくれたから。クリス。
好き、言えなかったけど。
たくさんの子供たち。笑顔に囲まれた日々。
おとうさん、ありがとう。
赤く染まる西の空を見ながらシグルドがソフィに問いかけた。
「初めからこうりゃよかったか?」
シグルドにも同じことが出来る。もう少し大きな威力で。
「いいえ。目に見えるところだけ対処できても、すべてに目は届かない。これで全部が終わるわけじゃない。裏側では別の事が起こっているものよ」
「そうだな」
ソフィの言葉にシグルドも頷いた。
もし運命があらかじめ用意されてあって、それを良い方向に変えたいならたとえ強大な力でも一人の力では何も変わらない。そこに関わる多くの人々の意志が必要なのだ。それぞれの意志とそれぞれの努力。その総和。その時、何事かを起こし得るかもしれない。そしてたった一人が強大な力でそれを為しえようとしても、及ばないのだ、一人では。今裏側で起こっていることに気付けない。クリスにもそれが言えた。
巨大な蛇とフンバ族を討伐したドラゴンナイツは北方方面軍団への合流を急いだが満身創痍の状態だ。彼らの列に光球が飛来し、そして爆ぜた。爆発の炎にまかれながらミネヴァは立ち上がった。輝くような金色ロングストレートが熱にまかれて揺れる。その目は敵を射抜くように見据える。
光球の魔法を放った後、敵はここまで下りてきたのだ。金髪の男。
「死んだふりでもしていればいいものを」
敵は笑った。
「それだったら、あなたを殺せないじゃない」
「殺す?俺をか。下等生物が」
敵の剣が光を帯びた。
まるで光波を放ったような斬撃。飛び退って躱したつもりのミネルヴァの肩口から血が吹き出た。骨の切断面まで見えている。深手だ。
時間を掛けることは出来ない。
雷雲が稲妻を走らせ、ミネルヴァの剣が受ける。電弧をまき散らしながらのミネルヴァ渾身の一撃。相手は飛び下がらず、横にも逸れず、まっすぐ前に進んできた。サンダーストームの渦中に。すれ違って振り向くミネルヴァ。一撃に手応えは無かった。その代り、下半身に熱いもの。手をやると濡れている。腹部を切り裂かれ、大量の血が流れ出している。
「やだ、みっともないな……」
大きく裂けた腹部から腸が零れ落ちた。
それでもミネルヴァは七龍剣を構えた。正眼。
敵の剣が閃光を放ち、襲ってきた。その剣先が七龍剣の剣先に触れる。剣は重力と一体化して真下に斬り込む。
キイン……。
敵の剣が空高く舞い上がって、やがて地面に落下した。
「私はミネルヴァ。あなたは?」
「アレス……」
アレスの額から血が流れている。アレスは地面に伏した。神人の時代より続く、その直系の子孫。彼らが歴史上初めて人間に一対一で敗れた瞬間だった。
だがミネルヴァもその場に倒れる。
テオドラのように奇跡を起こしたい。まだだ、まだやることがある。もう一つだけやることがある。祈った。死にゆく彼女は祈った。




