第75話 竜姫閃光
オレルネイア女王国の最強騎士団といえばその規模も含めてコンテッサ・ブラックナイツ。だが、だが量と質の総合点ではなく、質だけならドラゴンナイツがブラックナイツを凌駕する。後世の歴史家にはそう出張する意見もあり、同様の主張をするものも一定数いる。
クインダムズ・ドラゴンナイツという。北部軍団に従軍しており、北部軍団元帥のミネルヴァの直属騎士団だ。かつてのパラディン、ミリアが元帥の指示を仰いで騎士団の指揮を執る。
その原型はマケドニア公国竜騎兵。
彼らが今追うのは草原の支配者フンバ族。彼らは西ゲルニアに従属した北方騎馬民族。国境で打ち破られ、退路をふさがれたフンバ族の主力は西ゲルニアに逃げ込んだのだ。
ここで北方の脅威を解消したいミネルヴァは深入りした。西ゲルニアの援軍が包囲を受けたが、敵陣突破を試みる。
ミネルヴァの七竜剣が雷光を発し、敵の陣を粉砕する。容易に敵陣を突破し、さらに反転して敵に突撃。西ゲルニア軍も鎧袖一触。
フンバ族の族長、タヤヤル・カンは得意の短弓を放ちながら必死に逃げた。
「ちくしょう、西ゲルニアなんかにつくんじゃなかった」
タヤヤルは何度も同じ言葉を繰り返した。
彼は世襲でなった凡庸な族長ではない。一族の中の戦いを制し、他の部族とも戦って周囲を纏めた優秀な族長だ。
二日前、国境に陣を構えたタヤヤルは、遊撃隊を編成し、敵の陣を迂回させた。そして敵は遊撃隊を無視してこちらの本隊の突撃してきたのだ。
こんなのははじめて見た。タヤヤルが経験してきた戦いではなかった。彼は少年の頃より戦場に出て、戦場を知りつくした歴戦の指揮官、猛者だ。
族長の息子として生まれ、子どもの頃より父に戦場に連れて行かれた。略奪に参加した。一族は近隣の部族や帝国の僻地の村を遅い、物資を奪い、女子子どもを攫って引き上げるのが常だった。
彼の父は一族でも勇猛で、戦いを好んだ。村々を襲っては殺し、焼き、奪った。その彼が戦死した。味方による暗殺だ。彼の後頭部に突き立った矢は一族の矢だった。
草原のかなた、小さな湖畔の傍、白い針葉樹がある村。水鳥が遊び、飛沫が輝くまだ日高い時間、青い空に浮かぶ白い雲は羊の行進のように見えた。
村人は蹄の音を聞いた。
老人たちの言い伝えは本当だった。
黒い砂煙があがり、人型の化け物が現れると。誰も警戒していなかった。タヤヤルは用意に村の中に進入し、矢を放つ。100発100中。村人は逃げるばかりだ。家の中に入って内側から鍵をかける。村には容赦なく火が放たれた。
逃げ惑う村人。それを襲うタヤヤルの一族。
タヤヤルは思った。
生ぬるい
一族の喫緊の課題は婚姻で大きな勢力になったジェンガル族のはずだ。彼は遠い親戚に当るものの、味方と言うわけではない。
先日も一族の女が連中に拉致されている。報復が先だ。無抵抗の帝国の村を襲っている時間などないはずだ。
父はジェンガルを恐れている。
タヤヤルはそう見た。正面から戦おうとするからいけないのだ。例えば。
タヤヤルの弓が放たれた。早業。気づいたものはいない。一族の長の代替わりは、こうして近年まれにみる合理な方法によってなされた。
次はジェンガルだ。
族長となったタヤヤルはジェンガルに面会を求めた。従属に近い形での同盟のためだ。タヤヤルは盛大な貢物を用意し、手土産とした。荷駄の列が長く続くほど。優勢とはいえ、ジェンガルにとっては望外な成果だった。上機嫌でたらふく酒を浴びた。馬の乗せられた数人の美女。これもタヤヤル陣営からの貢物だ。
そのとき、背後から迫り来る足音。タヤヤルたちの旗だ。
「なんだ?まだなんかくれるのか?」
ジェンガルの族長が真っ赤な顔で笑うと側近たちもげらげら笑った。その一人の首をタヤヤルが刎ねた。タヤヤルの口元に冷酷な笑みが張り付いている。
「貴様!」
別のジェンガル側近が斬りかかってきたが、タヤヤルの曲刀が受け流し、愛馬を巧み操ってすれ違いざまに首を刎ねた。
「な、なにをする!」
慌てるジェンガル族長。その額を短弓が打ち抜く。
上空を渡り鳥が飛んでいる。
「見ろ、吉兆ぞ。神も我らを祝福している」
見れば渡り鳥のさらに上、雲が虹色に輝いている。タヤヤルは族長の屍から首を落とし、首を持ち上げると、その血を生贄として神に捧げた。本当にこれが吉兆だったのか、それは誰にも判断できないことだ。だが、タヤヤルの進撃は始まったばかりだった。
帝国の騎兵などどれほどのことも無い。そう侮っていた。速度が遅く、弓を持っていないので一方的に狩られるだけの獲物と変わらない。彼らを痛い目にあわせれば、西ゲルニアから莫大な報酬がもらえる約束だった。その上、敵の指揮官は驚くような美しさだった。どうしてもあの女がほしい。
「必ず生け捕りにしろ、。いいな」
タヤヤルは味方の勝利を微塵も疑わず、部下に命じた。
ミリアは間近で見た。ミネルヴァの剣が天空に雲を呼び、そこからうねって伸びた稲光を受け、その稲光を敵に放つのを。
彼女の一振りで敵が一度に数十人も倒れる。圧倒的だ。
轟音と稲光。龍が降りてきて稲光に姿を変えて暴れているのだ。そうとしか思えない。ミネルヴァの持つ七竜剣は雷を操るタクトだ。一方的な虐殺。そのタクトが振られ続ける。残忍な協奏曲は敵の絶命の悲鳴でクライマックスを迎える。包囲をした側のタヤヤル軍が壊乱した。ミネルヴァの部下が残党狩りのように敵を追撃する。
タヤヤルは必死に逃げた。馬を駆っての速度なら、彼が一番速い。タヤヤルにかかれば駄馬も名馬になる。それだけの乗馬経験と技量があった。相手を侮ったと思わない。帝国の騎兵が自分達とは比較にならないほど、馬を操る術が稚拙で、騎馬戦の戦術も未熟。これは正当な分析だ。しかし、敵の中に化け物が含まれていた。それを想定しなかったことが侮ったことになるなら、油断したと言える。とはいえ、敵は常軌の範疇にはない存在。これは考えても仕方のないことだ。ともかくもタヤヤルは持てる馬術の技能を全て駆使して逃げた。
巨大な廃墟。かつての寺院だった場所だ。
石が苔むし、寺院をさらに古びた印象に変えている。
この寺院が信仰していた神。それを祀る信徒はもういない。
廃れた信仰の夢のあと。
そこにタヤヤルは逃げ込んだ。馬がもう立てないのだから仕方ない。骨に異常をきたしたようだ。タヤヤルは馬の頬に頬ずりし、そして一息で殺害した。立てなくなった馬は長く生きられない。それを知っているタヤヤルの処置だ。
ほどなく追手のミネルヴァたちが来た。死んだ馬を調べている。つまりそれはタヤヤルがまだこの辺のいることを示す。そして同時に彼が追手以上の速度をもはや出せないことも。
そんなことは百も承知だ。寺院の物陰からビッと弓を放つ。ミネルヴァは背後を襲ったその弓を抜く手も見せずに鮮やかに叩き落した。
「ふ……」
笑ったのはタヤヤルだ。万に一つも生きてこの寺院からは出られないだろう。それも運命だ。これまでたくさん人を殺した。立場が変わっただけ。
それも殺す側にいたのは数え切れないほど、殺される側はたったの一度だ。そう考えれば、差引きで言うと、割りは悪くないのだ。納得するしかない。
そう思いながら自分を鼓舞して寺院の奥に向かった。逃げる場所はもうしそこしかない。
突如床が抜け、落下したタヤヤル。穴の中。生臭くてぬめる。それは巨大な蛇の口の中だった。悲鳴はかき消された。寺院の一部が下から爆ぜた。驚くべき光景。巨大な蛇だ。ワイバーンさえ一のみしてしまいそうな巨体。
ミネルヴァは撤退と叫んで剣を振った。雷撃が蛇に落ちる。蛇はしかし、一瞬動きを止めただけ。巨体ながら動き出すと非常に速い速度で迫ってきた。一なぎで弾き飛ばされる騎士団。その中にミネルヴァもいた。
落下した場所から動けない。骨が何本も折れている。味方が絶望的な戦いを継続している。この寺院の、この信仰の神はあの蛇だったのだろうか。
そうだとして信徒の願いにどう答えたのだろう。安易に足を踏み入れるべきではなかった。そうは思う、それはわかる。だがあの時はどうしようもなかったのだ。どうしようもないという言葉は、自分が判断したことではない、という意味だ。
ならもっと潔く自分は判断しませんでしたと言うべきだ。
どうしようもない場面でも判断して出来ることは有るのだ。そしてそれをしなかっただけ。迷いを捨ててきたはずが、判断を捨てただけだった。
ミネルヴァは立ち上がった。剣の全長を持ってしても蛇の首の半径にも及ばない。それでも斬りかかった。剣が良く走る。大きく開いたキズ口にもう一度。そして三度、今度は斬るのではなく突きさした。深々と剣が傷口からのめり込み、そこから雷光が四方に向けてアーク放電のまばゆい光が拡がった。バリバリと恐ろしい音がして、蛇がのたうつ。逆立つミネルヴァの長い髪。その長い髪の毛までもが雷を帯びて発行している。電弧が駆けまわり、剣が突き入れられた部分はもはや見て入れないほどに眩く発光し、そして首が爆ぜて飛んだ。
生き残った騎士団員から歓声が上がる。
駆け寄った団員たちに伏したままにこっと微笑みかけたミネルヴァの髪から色が抜けて金色に変わっていた。




