第73話 破壊工作
人間には見破ることのできない彼女のウソ。だが地上には見破ることのできる者も僅かに居た。魔人の血を引くものだ。
重力魔法と空間を切り裂く剣を操る半魔ガルム。彼は教会に降臨した女神に尊敬と憧憬を戴いた。強大な魔力。女神は実在した。魔人と少し違う。人間では決してない。その違いに気付ける数少ないもの。だが天人とまでは知り得なかった。
「女神様、お話をお聞きください」
ガルムはアナスタシアに膝まづいた。
「私は女神様ではありませんが、悩み事があればおっしゃってください」
いつものように返す。
「私はガルム。この村の村人ではありません」
「ええ。そのようですね」
「私は村から離れた森の奥に棲む魔人なのです」
「ガルム様、強い力をお持ちなのね。でもあなたはその力を私欲で使わなかった。村人にも影響しないよう距離を置いて過ごしてきた。そんな立派なあなたの悩みとは何ですか?」
「おお、女神様、お見通しで。私はこの先、どう生きたらいいのか分からないのです」
アナスタシアは微笑んだ。ガルムの表情は女神を仰ぎ見るそれだ。
「ガルム様。あなたは出来ることなら村人のように、或いは村人と共に暮らしたい。その結果、子をなせば、あなたと同じ悩みを抱える。心優しいあなたは色々な葛藤や躊躇を抱えておいでです。どう生きたらいいのか。それはきっと、あんた自身が世の中に合わせることができないことから生じ悩みなのでしょう」
「お、おお……」
ガルムは泣いた。ボロボロと滂沱。彼とて数十年前には努力をしたのだ。だが、その途中で知った。人間はあまりに脆く、寿命も短い。心を通わせる努力をし、それが多少実を結んだところで、その交流はガルムからすればほんの一時だ。
いつしかガルムはこの世界で自分一人が異物であるように感じられていった。
「あなたほどの力をお持ちなら、あなたが世界に合わせようとするより、世界があなたに合わせるように仕向ければいいのです」
ガルムからはどう見えていただろうか。そう言ったアナスタシアの表情は女神のそれではない。
◇◇◇
その募集に参加した冒険者は7人。国境を越えた先に怪しげな結界が張り巡らされ、作物の育成を妨害させられている。それを取り除く作業だ。
カタリナ、アッシュ、カイラル、ノリス。この四人は最初からのパーティーだ。他に魔法使いアルト。シーフのガリュー。プリーストのレムルス。
「なかなか強力なパーティーなりそうね」
カタリナは言った。自然発生的な感じで彼女がこの7人のリーダーに推されたのだ。
「レムルス。結界の解除にはどのくらいの時間がかかるの?」
「見て見ないと分からないわ。でも、そう簡単にはいかないわよ。そんな予感がするの」
国境を越えてしまえば、捕縛、或いは最悪その場で殺害される可能性のある依頼だ。その分報酬が桁違いに高額だ。おそらく西ゲルニア帝国が裏で資金を出しているものと推測できた。
牧歌的な風景。夕陽の山に鳥が数羽飛んでいる。ここで日の沈むのを待ち、夜陰に紛れて結界を破壊する。その段取りだ。
「行くわよ」
7人が張られた結界に近づいていく。その時、襲ってくるものがいた。ガリューがその一体を山刀で切り裂く。
はやい……。
カタリナはその素早さに舌を巻いた。しかしすぐに得意の鉄鞭で敵を撃つ。敵の正体は魔獣ヘルハウンド。オオカミのようなモンスターだ。ガリューとカタリナがそれぞれ一体ずつ仕留めたが、まだ4体ほど残っている。
「ノリス!援護」
しかし返事がない。代わりにカイラルの魔弾がヘルハウンドを襲った。これに魔法使いのアルトも続く。ガリューとカタリナが左右からヘルハウンドたちに突撃し、戦闘は終わった。
「ノリス……」
戦闘後に倒れているノリスに気付いた。ノリスは死んでいた。背後から心臓を一突きされたようで、血まみれの短刀が現場に残っている。
「この中に裏切り者がいるな。怪しいのは後衛だが、俺は今回前衛に入った。となると、ウィザードかプリーストが怪しいな」
そう言うのはシーフのガリューだ。確かに彼は最初に敵のモンスターを迎撃した。
「待って。ガリュー言うことはもっともだけど、あなたはとても速かった。あの速さなら、ノリスを暗殺してすぐに前衛に回ることも可能だわ」
アルトだ。
「てめえ、何がいいてえ?」
「いえ、ただの可能性よ。そして可能性という意味なら、あなたが一番暗殺向きよ」
一色触発の雰囲気になる。
「まあ、待ちなさい。ガリューは私の斜め後ろにいたわ。1.5列目。その瞬間は見ていないけどそこから最後尾まで下がって、さらに一列目に戻って最初の迎撃。ちょっと難しいんじゃないかしら?」
カタリナが冷静に言った。
「そうね。そこは否定できない。でも、私か、カイラル、それにレムルス、この三人の内、誰かが犯人と最初に決めつけるのも、合理性があるとは言えないわ」
アルトも簡単には引き下がらない。
「犯人の可能性があるのは3人かな?私とノリスはずっとパーティーを組んでいた仲間だ。そのことを忘れているんじゃないか?」
「忘れてないわ。その意味で言うと私とレムルスはノリスと初対面。つまり殺す動機がない。あるとすればあなただけよ、カイラル」
雰囲気は一層険悪になっていく。
「レムルス、あなたはさっきか一言もしゃべっていないけど、あなたはどう思うの?」
一旦カタリナはレムルスに話を振った。
「この中に犯人はいない。最後尾にいたのはノリスよ。敵は魔獣を使って私たちの注意をひきつけ、背後から最後尾を狙った。それしか考えられない」
レムルスの意見に異を唱えたのはガリューだ。
「なるほど。一理ある。だが俺なら飛び道具を使うな。戦闘中の敵パーティーに近寄って短刀で一刺し。リスクがあるだろ?」
レムルスの意見通りなら詠唱を必要なく、近寄るリスクも無い弓で殺すのが一番効率がいい。全員がその意見に頷きかけるが、アルトが言った。
「敵の狙いが一人の暗殺ではなく、パーティーの崩壊にあるとすれば?」
そが敵の狙いなら、カタリナたちは術中に嵌ったことになる。
「アルトだったな。冷静で良く観察できる眼を持っているな。だがお前なら気づいているはずだ。ウソつきがいる。分かるだろ?それを言わないお前もウソつきと言えるがグルなのか?」
「なんのこと?」
ガリューに言われたアルトが睨み返す。
「なぜ、知ってることを言わない?最後尾にいたのは誰だ?お前の位置からは分かったはずだ。それにお前は隊列に気を配りながら行動していた。もちろん俺もだ。パーティーのメンバー配置を常に把握しておくことは基礎だからな。それをやっているのは俺とお前だけだったが」
ガリューはモンスターに襲撃された際の配置を把握していたのだ。
「それに俺には空間察知能力がある。シーフのスキルだ。今回、敵はヘルハウンドだけだった。さ、アルト。お前は知っていることだけを言えばいいんだ」
「……。襲撃されたとき、私は動顛して、敵に魔法を放つことしか頭になかった。だから分からないのよ」
その言葉には信憑性があった。少なくともウソは言ってなさそうな響きがあった。
「そうか。なら仕方ねえ。俺が言おう。最後尾にいたのはお前だ、レムルス」
「あ、あの位置にいて最後尾が誰かなんて分かるわけないわ」
レムルスが反論する。
「そうだな。さて、どうする?リーダーはあんただ。あんたが決めな」
ガリューはカタリナに振った。ガリューの言うことが正しいとしても証明する手段は無い。ちらっとカタリナがカイラルを見たが、カイラルは首を振った。彼も最後尾が誰か知らないのだ。




