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第72話 終わる百年

 西ゲルニアは国境付近から大きく退いた。ゾンビによって多大な被害を受け、戦線を維持できるほど兵力が残っていない。

 東ゲルニアは壊滅した。荒野が残るだけ。本当に野しか残らなかった。

 マケドニア公女ミネルヴァ・マケドニアはオレルネイア王女の下に挨拶に伺った。

「あら、ミネルヴァ。おっとぉ、いまや公国の主なんだからあまり気安く呼べないか」

 そういうプリシラにミネルヴァはまじめな顔で言った。

「いえ、王女、わたしはこれからも王女の配下でいたく存じます。マケドニア公国の帰属をお認め下さい」

「で、でも……」

「ご懸念には及びません。公爵家一同の総意です。またわが夫、イグナスの言葉をここに」

 生前、ミネルヴァのために書き残しておいた手紙だ。


「拝見していいのかしら?」

「どうぞ」

 確かにそこには王女を頼り、その国に組み入れてもらうよう書いてった。

「ソフィ」

「確かにイグナス・マケドニア公の筆跡に間違いありません」

 プリシラは頷いた。


 東ゲルニアの壊滅により、大陸は二つの大国が東西を二分する状況になった。マケドニアとザガ地方が帰順し、大陸のほぼ東半分オレルネイア女王国。残り西半分を支配するのが西ゲルニアだ。

 広大になった領土と国境線。軍隊は三分割された。全軍を率いるのが中央軍元帥兼大元帥ザガード。北方軍を預かる元帥ミネルヴァ・マケドニア。

 竜騎兵と名乗る強力な騎士団を率い、雷を呼ぶその姿はマケドニアの竜姫と称された。


 オレルネイアは軍事面だけでなく内政面も整備を進めている。旧王国からの移民が日に日に増えている。その中にはディムランタンの領民もいた。


「ソフィ様」

 そう言って涙を流したのはディムランタン公爵領家令マチルダ・ダルド。彼女はディムランタン公爵の最後を教えてくれた。国外脱出を図って領民を率い、彼らを逃がすため西ゲルニアの追っ手相手に、赤獅子騎士団の生き残りとともに、戦って華々しく散ったという。

 ゲーリックが生きていたならと思わぬでもない。だが逆にザガードが死んでいたら、今のオレルネイアの軍事的充実はないのだ。軍事指揮官としてのザガードの能力は、比肩するものがない。


「アン、マチルダをお願い」

 ソフィはアン・ストローハットにマチルダを預けた。有能な能吏同士うまくやってくれるだろう。戦乱の後には彼女たちが主役になる時代がやってくる。


 マチルダは海路輸送を構築し東方諸国やベルガド地方との交易をしながら制海権を確立して西ゲルニアのへの航路を塞いだ。

 西ゲルニアは経済的に困窮した。


 エイシア。そしてアナスタシア、アレス。共に地上におりた仲間も残るは三人だ。この三人が死ねば、残るは空中都市にいる老人だけだ。

 ここに至るだけでも苦難の歴史だった。魔力暴走により多くのもが地上降下に失敗し、その方法を確立したアクセルたちももういない。

 アレスはアイシスで魔人を見つけ出し、仕留めたというが、その結果ゾンビが蔓延した。勝ち筋が見えない。


「行ってくるわ」

 アナスタシアが言った。彼女は地理的優位を主張した。敵の首都アヴァロンは国境に近い。他の戦線を放棄してでも、そこから攻めるべきだ。その通りだ。だがそこは落とせない。ワイバーンやバハムートが守護する難攻不落の魔都だ。


 その魔都の中心地。400年の伝統と歴史、魔学最奥の一部屋。アレクシアは夢を見ていた。国境付近に並ぶ敵の兵。こちらは魔学が育てた魔法使いの部隊。この百年で最強の魔法使いたちが居並ぶ。メリッサがいる。テオドラがいる。フレデリカ、アン。若きエステバル。情熱のゼビル。彼らの友人、ヒルダも加わってくれた。クリス。ソフィーティア。愚かにも進軍してきた帝国兵が次々と倒れていく。マジックショットが敵の軍隊に降り注ぐ。


 たった一人、グランドクロススタンピード、魔獣の群れの正面に立った日を思い出す。誰に言っていないが、失禁していた。怖かった。たった一人で正面に立ったのだ。それが今こんなにたくさんの仲間。

 ああ、あんなに小さい子どもまで。

 ゼビルとヒルダの後を追いかけて少年少女の魔法使いの一団がマジックショットを撃っている。残念なことに敵に届く前に魔力が霧散してしまうのだが。見かねたゼビルが補助魔法をかけた。マジックショットの飛距離が三倍に伸びる。

 そうか、彼も使えるのだ、禁呪トライアド。


 ちゃんとしゃべれなかった青年。初対面のとき、耳が不自由だと思った。これでは詠唱がうまくできないだろう。だから彼は魔法を使うことは出来ない。彼に魔法使いとしての未来は無い。そう思った。そうではなかった。

 テオドラが空中を歩いている。飛竜を操る少年がテオドラを守っている。無限だ。魔法は無限。


 アレクシアの長い夢。魔学の歴史そのもの。後に東西戦争と呼ばれる大陸を二分した戦争はゲルニア帝国の東西分裂から始まり、西ゲルニアとオレルネイア女王国との戦争に至る一連の大戦の事を指す。

 その最中、魔学はその歴史に一つの区切りをつけた。アレクシア。百年を越える魔女の逝去は静かに、そして普段の朝を迎えるがごとく、長年親しんだしその一室で、平穏に訪れた。


 ◇◇◇


 西ゲルニアの隠密部隊はゆっくりとしかし静かに進む。もはや奇襲しかない。夜陰に紛れ二手に分かれたギリースーツの部隊。彼らはハイランド地方に侵入した。


「ねえ、閣下は?」

 朝ごはんの用意をしながら不在に気づいたヒルダが召使に尋ねる。ヒルダは毎朝厨房でも活躍だ。

「お散歩にいかれたのでは」

「そう。ちょっと気になるから行ってくるね」


 ヒルダは乗馬も出来る。馬を巧みに操り、野を駆ける。東から朝日が顔を出してきた。ピンク色だった空が急激に明るくなる。


 アナスタシアは仲間にウソをついていた。それも二つ。いや三つ。

 彼女は地上に降り立った世代の最年長。にもかかわらず、同世代よりも若く見える。そして彼女はより正確には地上に降り立てなかった前の世代の最年少でもある。

 その彼女の秘密の一つ。彼女はアクセルたちがそれを可能にする以前に地上との往復を果たしていた。仲間には言っていない。なぜなら最初に地上と往復した頃からの秘密だからだ。


 血の繋がっていない家族との関係は良くなかった。一晩帰らないことはよくあった。だが狭い空中都市、彼女はその中でどこへ行っても心から休まることが無かった。

 それでアナスタシアは帰ってこない仲間たち同様、地上を目指した。

 そこに何があるか、ではない。そこに天人がいないからだ。


 彼女は地上に降りてすぐに意識混濁、身動きできない重症に陥った。高度変化による気圧馴致、微生物への免疫それが不十分ことに対する魔力パッシブ暴走。強大な魔力が自らの肉体を内側から蝕んだ。


 だが彼女は意識を取り戻した。教会の中、高齢のシスターの献身的な看病で。

 偶然も重なった。献身的な看病がその偶然を呼び込んだとも言える。

 暴走した魔力は彼女自身の肉体をキズつけるだけではなく、傷つけた分の残りが余剰エネルギーとなって拡散した。この年は帝国西部の蝗害が発生し、農作物が手当たり次第、食い荒らされていた。その飛蝗が死滅した。その上、果樹が再び実をつけたのだ。

 奇跡。


 魔力が枯渇した翌朝、アナスタシアは意識を回復した。そして来た道を戻ったのだ。

 女神が教会に降臨され、奇跡を起こした。

 その女神の名をアナスタシア。シスターの問いかけに意識混濁の彼女が答えた名前だ。それが彼女が地上で発した唯一の言葉。

 彼女はその後もその地に降り立った。だが、本当の出自、天人であることは隠したまま。

 それがウソの二つ目。


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