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第71話 プロポーズ

 転生の秘術は運命の理を曲げる。いや曲げた。曲げたことが生んだ歪みは、本来の運命の方に歪みの修正圧力を生じさせる。

 アウレリアの特質を持つ生まれ変わりは地上に生じなかった。その特質だけが分裂してそれぞれ別の人物に引き継がれたのだ。400年前、シグルドはその気配を感じたアウレリアの気配。分裂して散らばる気配。

 引き継いだのは人間とは限らない。魔人や半魔にだってその可能性はある。

 そして引き継いだそれぞれのものが同じ時代に顔を合わせるとは限らないのだ。


 同じ時代とは限らない。それは同じ時代ではないとも限らない。そう言い換えてもいい。どちらもありえるという意味で同じだ。

 慈愛・純真・清廉・倫理・献身。アウレリアのいた時代、その時代の聖女の五つの特質。


 ゾンビの群れがハイランド地方になだれ込んでくる。防衛線を後退し、前に出たのはテオドラだ。

 ターンアンデッド。上からクリスがワイバーンのブレス。天地両方からの効果的な対処はしかし、クリスを蝕んだ。


 それでも結果的にゾンビの群れは防衛線を破れない。ゾンビたちは西へ進路を変えていった。西ゲルニアだ。


「敵の親玉は東ゲルニアにいる。おそらくウルスラだ」

 シグルドが言った。

「僕がいく」

「ダメだよ、ちょっと休んで」

 テオドラ。

 その様子に腰を上げたのがシグルドだ。


「俺が行こう」

 ベルガドのウルスラ。半魔の少女の心臓を奪った男。シグルド。この中で最初にウルスラと面識を持ったのはシグルドだ。

 400年前、シグルドはアウレリアの慈愛に救われた。

 だから聖女の持つ特質でも慈愛に強く反応した。あの日アウレリアの気配を感じた先にいたのがウルスラ。


 ◇◇◇


 ウルスラに敗れ、重傷を負いながらも公爵邸に戻ったイグナスは町に使いを出した。王国薔薇騎士団が留まっている宿だ。


 火急の用件と言うことで呼び出されたミネルヴァは、武装した姿のままだ。おりからの雷雨でびしょぬれの姿。

 邸宅の正面の門を入ったホール。召使、執事。彼らがいる。遠めに見守る形で。なぜか高齢の執事夫妻は泣いている。

 夫妻は思い出していた。彼女が言った、あの日の話は本当だった。金色のロングヘアー。剣の達人。竜の生まれ変わりの女性剣士。竜姫。イグナスに剣を教えた神秘の剣士は夏の終わりに消えた。戻ってくると約束して彼女は消えた。そして消える前にこう言った。次に会うときは黒い髪だと。少し色々なことを忘れているかもしれないが、それは運命なので許してほしいと。


 雷雨が激しい嵐の夜。ここで公爵のプロポーズを受けます。その時はどうか祝福してやってください。


 正装をしたイグナスが階段を下りてきた。執事の妻が両手で口を押さえる。竜姫が言っていた言葉通りの服装で。

 ホールに降り立ち、跪いて指輪。

 どうか結婚してください。

 左手の薬指、鳴り止まぬ拍手。奥様と呼びかけながら泣いているのはあの若い召使。彼女の前でオレンジジュースを盛大に噴き出したこともあったっけ。

 夢のよう。まるで夢の中にいるかのよう。


 雷雨が止んで月が出ている。妻の裸の肩が布団からはみ出している。布団を直してやってイグナスは外に出た。ウルスラの魔術がまもなく解ける。すでに肉体は死んでいる。ウルスラがくれた猶予。その時間がまもなく訪れる。


 初めての朝。大きなベッドに一人だけ。旦那様はどこに行ったのだろう。今日は何をしようか。何をしたらいいのだろうか。昨夜の雷雨が嘘のような明るい朝だ。


 ◇◇◇


 ウルスラの気配。夜の闇にその気配は濃厚。でもどこか怯えの気配。あの時もそうだった。

 おそるおそるソフィとクリスを尾行して探る姿。彼女は怯えていたのだ。ベルガドの血の魔人。とすれば400年前の四柱の一人で北の魔王、黒のエキデルナ。そういえばエキデルナはネプラカ-ンと仲が悪かったなと思い出す。

 怯えながら尾行する魔人。この魔人は魔王エキデルナの末裔だ。


 ゾンビたちは自我の無い存在。そのはずが、シグルドを見ると道を空ける。シグルドは城内をただ歩いて進むだけでよかった。


 玉座の間。ウルスラが出現した男を見て目を丸くしている。

「なんだ。希望の相手じゃなかったか?」

「あ、当たり前じゃない。なんでクリスくんが来ないのよ!」

「クリスは来れない。お前にも分かるだろ?」

 シグルドの声色はすこし優しい。


「そうだね。でもあたしと一緒のほうがいいと思うんだけどな」

「こんな血だらけの城でか?」

「うーん。きれいにするよ」


「それでクリスがお前と一緒に住むと思うか?」

「……」

 そんなことは百も承知だ。何でこんなことになってしまったんだろう。何もかも自分で壊してしまった。元の鞘に戻ることなど出来ないのだ。

 何より自分を許すことが出来ない。

 あたしを、ころして


 ウルスラの足元から噴出した血の鞭が幾重にもうねりを上げてシグルドに襲い掛かる。ビチャッ、ビチャッとそれがシグルドに当る手前で爆ぜた。

「無駄だ。お前の祖先、エキデルナでさえ、俺には手も足もでなかった」

「強いね……。それにそんなことまで知ってるんだ。あんた何者?よく見ればそこそこいい男だし。ねえ、あんた、クリス君じゃなくあんたにしとけば良かったかな?」

 誰も知らないはずなのに、エキデルナのことも知っている。100%の純血魔人。祖先と戦ったというのも事実だろう。四柱の一人、北の魔王が手も足もでなかった。それも納得できる強さだ。


「ああ、こっちは歓迎だぜ」

「うそつき」

「ウソじゃねえ」

 シグルドはウソをついた。


 だが100%のウソでもない。ウルスラに感じるアウレリアの要素。聖女の要素5つあるうちの一つ。つまりその分、5分の1は真実だ。ウルスラの赤き魔眼が真実を見抜く。

「え、マジ……?まんざらウソじゃないんだ。やだ、嬉しい……」

 シグルドに近寄って、その胸に体を預けるウルスラ。シグルドは左手でウルスラの体を引き寄せ、そして右腕の手刀が彼女の心臓を貫いた。

「う、嬉しい、嬉しいよ、シグルド。決着もつけてくれて。最初からあんたにしとけば良かった。そ、そうすればちょっとは違ったかな」

「もうそんな心配はするな。お前はお前なりに頑張ったんだ。ゆっくり安め」

「そうだね……」

 シグルドの腕の中でウルスラの体の重みがなくなっていく。魔素の粒子となって天に還っていく。天に還っていくのだ。聖女から受け継いだ慈愛を胸に抱いて。

 この瞬間を境に全土のゾンビが物言わぬ屍に戻った。その数後世の記録に数十万とある。


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