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第69話 戦端

 東ゲルニアのレリネウスは逡巡した。すでに先帝の寵姫の子が即位を宣言している。黙っていれば即位を認めたことになる。黙認だ。その彼に囁いたのが名門ブラッククロ―公爵ザミュエルだ。

 自ら剣を振るう自信家で、目立ちたがりの一面がある。それだけに政敵でもあるボーリンゲンの台頭は許せない。彼が宰相になる国など認めるわけにはいかない。

「皇帝になられよ。七龍の7家は私がまとめ上げ、陛下の先兵となりますぞ」

 だが現実はどうだ。


 七龍筆頭マケドニアは独立し、ザミュエルは西ゲルニアどころか、小国アイシスとの緒戦で命を落とした。

 その後交渉に来た王国の王女を捉えて幽閉する蛮行とその上逃げられると言う失態を犯して各国や貴族たちの信用を失った。さらにはアイシス教徒虐殺に教皇暗殺に便乗したアイシス領への侵攻。

 ならず者国家だ。堂々たる立派なならず者国家だ。我ながら笑えてくる。

 まともに相談できる相手と言えば小娘1人。ブラッククローから取り上げて近衛騎士にしたサーナキアだけだ。


 サーナキアは皇帝のため、腹心の三人と策を練っていた。長剣の使い手シュレン。分胴に鎖鎌のオリビア。冒険者パーティー、ケルベロスの二人。そして王国魔導騎士団にいたマイク・ロバーツだ。

「新生オレルネイアは別に不安定な政権じゃねえ。廷臣はがっちり固めているし、どいつもこいつも一癖二癖あるやつばかりだ」

 マイク・ロバーツが分析する。

「降伏が一番いい。全員生き残れる。戦えば全員死ぬぜ?」

 南方で暴れたサークエルの連中に黒騎士の残党、王国薔薇騎士団、そしてオルドゲラードを襲撃してきたワイバーンの連中。マイク・ロバーツは知っている。いま挙げた連中以外にもやべえ魔法使いがいるのだ。そして奴らはマケドニアと同盟した。西に西ゲルニア。東にマケドニア、南は新生オレルネイア王国。今やならず者国家東ゲルニアは周囲全てを敵に回してしまったのだ。


 だが皇帝が降伏するだろうか。そしてどこに。いま一番大きな国は西ゲルニアだ。オレルネイ旧王都を占領し、その周辺も侵攻して傘下にした。大陸平野部のほぼ西半分が彼らの領土だ。

 大雑把に言えば5割が西ゲルニア、2割がオレルネイア、1割マケドニア、そしてアイシスを併合した東ゲルニアが2割だ。

「ヒッ……」

 サーナキアの提言にも逡巡するレリネウス。その彼が誰もいないはずの背後に気配を感じ、悲鳴を上げて振り返った。


「だだだ、誰だ」

 いた。紅茶を飲んでいる。メイドがそのカップにお代わりを注いだ。

 良く見ると何人もいる。ワイワイガヤガヤと。

 レリネウスはガタガタと震えた。紅茶を飲んでいた女性がレリネウスに気付いたように親しげな振る舞いで手を振る。

 硬直するレリネウス。相手はあきれた様子でつかつかと歩いてきた。

「陛下。初めまして。エイシアと申します。ボーリンゲン達同様、陛下にも私の傘下に入って頂きたくて、勧誘に来ました。返事を聞かせて頂けますか?」


「あ、あう……」

「あら、大丈夫かしら?一応今すぐ承知してくれるなら、世界の一割くらいは褒美に上げようと思うんだけど」

 レリネウスはその場に膝を折った。

「了解ってことね。いいわ、じゃあ次の話よ」

 エイシアから命が下され、アイシス領の支配権委譲、そして東西ゲルニアによるマケドニアとオレルネイアへの同時侵攻作戦が練られた。


 ◇◇◇


 ザガ地区に来たのは久しぶりだ。実際以上に時間が経った気がするのは反乱と鎮圧の戦火で町並みがかわったせいだ。武大の校舎は全焼して無くなっている。

「マケドニア竜騎士団、ミリア・ギリーです」

 名乗った女性騎士はかつてのインペリアル・パラディン青のⅣミリアだ。彼女はカーミラとの戦いでパラディンの残党の中で唯一生き残り、イグナスを頼って落ち延び、アイオロスの死、その仇を討ったことを彼に報告、そして現在イグナスに仕えている。

「オレルネイア薔薇騎士、団長のミネルヴァ・ウエストザガよ」

 ミリアより若いはずだが、貫録に溢れる。二人の目的は同盟軍合同の軍事演習に情報交換。これからの戦略の共有だ。


 王国の騎士など形ばかり、見た目だけ。そう思っていた。ましてや容姿に秀でた女騎士。見てくれで選ばれたアイドル騎士だ。いやもっとおぞましい汚れたピロウナイトか。実際にはそうではなかった。

 アンタレスやマックスをしのぐ。剣を合わせてそう思った。ちなみにアンタレスやマックス以上の騎士は、皇帝兄弟を除けばあの国では黒騎士だけだ。同様の感想はミネルヴァも抱いていた。ミリアは思っていたよりずっと強い。

 軍事演習の中で腕比べを終わった頃にはお互いを名前で呼び合う仲になっていた。


「それでミリア、公爵様のご様子は?」

「元気よ、でもミネルヴァ、あなたの剣はイグナス様の剣に少し似てるわね」

「そうよ。だって、武大時代に手ほどき受けたんだもん」


 ミリアは驚いた。

「そうなの?いいなあ~。手ほどきって、まさか剣以外も?」

「ちょっとお、やだあ~」

 やり取りを聞いていた薔薇騎士団の団員の目が点になっている。彼ら団員の誇り、美しく気高い薔薇騎士の剣姫。こんな団長は初めて見た。


 翌朝、今後の連絡方法、緊急時の連携、軍事的な重要事項を確認し、両騎士は分かれた。いや、別れる前にその報告が入った。東ゲルニアがマケドニアに侵攻してきたのだ。

 ザガードと伝書梟でやり取りし、薔薇騎士20数騎はそのままマケドニアと合流して戦線の維持に協力するよう指示が入った。オレルネイアにも危機が迫っていたがそこはどうにかなると踏んでいた。西ゲルニアの侵攻。しかしオレルネイアには一騎当千がいる。


 元帥ザガードの誤算はその一騎当千が倒れたことだ。とはいっても戦って敗れてのことではない。

「待って、あんたじゃだめ。あたしがやる。出てって」

 意識混濁のクリスに回復魔法を施すテオドラに冷たくそして厳しい口調で言うのはウルスラだ。西ゲルニアに蹂躙されて王都周辺は焼け野原になった。浄化の泉のあたりも焼き払われた。

 対処療法でしかないが、いまクリスに効果があるのはウルスラだけなのだ。

 なんでこんなことになってしまったんだろう。

 ウルスラはボロボロと涙を流した。


 あのベルガド首都で見た光景。それが大陸全土に拡がっている。ぞっと全身を駆け巡る悪寒。クリスの代わりにあの男が出撃したのだ。あの男ならクリス以上。一騎当千という言葉では足りない。言葉の方が不足している。あいつが出たなら敵はここまで来ることなど出来ない。万に一つも。焼き払え。焼き払えばいい。ウルスラはそう思った。このような感情をもつことは、これまでの彼女に無かったことだ。


 ◇◇◇


 東マケドニア主力。中央軍に自ら出撃した皇帝とオスカー・ブラッククロー。サーナキア達近衛騎士も参戦している。敵は寡兵だ。国境守備隊。包み込んで殲滅に入る。オスカーはなかなかに指揮が上手い。だが迂回して背後をついた敵の伏兵に対する警戒が不足していた。

 長い黒髪の女騎士にオリビアの鎖分胴が飛んだ。死角を取ったはずだが、あっさり躱され鎖を握られた。ミリアだ。ミリアは一度鎖を握った手を上下に振る。すると鎖が波打ってオリビアの額を撃った。

 意識を失ってどさりと昏倒するオリビアの背に別の兵士が剣を突き立てた。


 長剣を振るう剣士がなかなか強くて戦線を破れない。長い剣を恐れて自分の間合いで戦えていない。仲間の戦いをそう見たミリアは男に向かって距離を縮める。

 キインキイン。二度長剣を弾く。弾いた腕に衝撃。重さもある。弾くより流そうとしたが、敵の剣の扱い、そして体幹の管理もうまい。下半身を据えて、剣を流されても体が泳がない。

 ならば。

 剣の歯を合わせ、火花を散らしながら、一気に距離を詰めた。鍔競合いになる。

 ドス……。

 左手に小剣。ミリアの左手に握られたそれがシュレンの脇腹を抉った。


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