第65話 血の大聖堂
迎撃に出てきた男に殺到する盗賊たち。彼ごと全員撃ちぬく。が、フレデリカは詠唱をやめた。盗賊が斬り伏せられている。暗闇そのもの意志を持って剣を振るっている。そんな風に見えた。盗賊が正確に斬り殺されている。落ちた松明の明かりに、時折その闇が手にする剣がギラッと光った。
そして別の影が寄ってきて、倒れている護衛に治療を施している。
「ウルスラこっちは終わりだ」
この声は……
「ありがとうクリス。フレデリカ?」
今度はウルスラの声。
「クリス、ウルスラ……」
信じられないほどの安堵感。こんな感情初めてだ。
二歩三歩とふらふら歩き、そこでまた彼女は気を失った。
大聖堂。ミストレルは失われた二人の命に祈りを捧げ、復讐を誓った。しかしフレデリカが無事でよかった。彼女が死んでいれば、これからの計画に大きな損失が出るところだった。
とはいえフレデリカ助かった経緯は曖昧な部分がある。派遣先の教会が放った伝書梟により、フレデリカ達の危機を知った。すぐに救援を手配したが、彼らが到着する前にフレデリカが救助されたのだ。
エキアゼルがウルスラに教えたらしいことは分かったが、ウルスラの行動は不明だ。彼女は半魔だ。
フレデリカ救助の裏にはウルスラがいると読んだが、今は西ゲルニアへの報復が先だ。
アイシスは大陸各地の教会を使い、今回の西ゲルニアの陰謀を暴露、宣伝した。
カニンガムスは余計なことを言わないよう捕縛され、そして彼が今回の件の首謀者として処刑された。一応西ゲルニアは自ら襟を正したかのように振る舞ったが、西ゲルニア内のアイシス教徒が反乱を起こした。
アイシスによる聖教国建国。この運動は大陸全土に広がる。結果的に西ゲルニアではなく宗主国東ゲルニアとの戦闘に発展するのだ。この結果はその時点において、エイシアたちの思惑に近い。アイシスの寝返り、それがかなわなければアイシスの独立。それが計画だったのだから。
このように反西ゲルニアの動きはアイシス独立運動に発展した。ウルスラはこの運動をやめるようフレデリカに何度も頼んだのだ。
「ウルスラ。あなたに命を救われたことは生涯の恩よ。でもこれはアイシスの未来を左右する行動。あたし一人の命よりはるかに重い」
「そうじゃないよ。そんなことをしていたら、エキアゼルの住む家、住む場所が無くなっちゃうんだよ」
「なんでそうなるの?」
少しずつ二人の会話はかみ合うことが無くなってきていた。
この頃にはアクセルもミストラルも教徒の熱狂を止めるすべがないことを知る。だが、彼らには彼らでこの展開は悪くない。教徒の信仰心に火がついた。もともと信仰による支配をもくろんでいた二人にとって、狂気の熱が高まれば高まるほど都合が良い。ミストラルは自ら組織した神殿騎士団を率いて戦場に向かった。その中にはフレデリカも入っている。
東ゲルニア、ブラッククロ―公爵騎士団。ザミュエル・ブラッククロー公爵とその息子オスカーが率いる騎士団だ。
帝国におけるエリート騎士団は無傷のまま健在だった。
左翼に従軍したオライオンの軍勢が参加している。オライオン男爵家は、ブラッククロ―公爵から見れば普代の家臣だ。その一団が強い。異能のものを集めている。
ケルベロスと名乗る三人組。元王国魔導騎士団マイク・ロバーツ。騎士団長は女性。サーナキア・オライオンだ。左翼が神殿騎士団を押し込む。
押し込まれた神殿騎士団の陣形が乱れ、一部が突出した形で敵陣に残された。そこを包囲殲滅するブラッククロー本隊。いまだ血気盛んなザミュエルが自ら槍を振り回している。そこへ一騎突撃してきたかと思うと一刀のもとにザミュエルの首を刎ねた。
「神殿騎士団、ミストレル。ザミュエル公討ち取ったりい」
ミストレルと名乗りを上げたのは女性騎士だ。
そのまま引き返す女性騎士を追ったブラッククロ―の騎士が倒れる。追いかける騎士に結晶弾が飛来して数人を打ち倒した。
「フレデリカ、助かった」
ミストレルがニヤリと笑う。その美貌に、頬に、ザミュエルの返り血が生々しい。
東ゲルニアは後退し、アイシス勝利の知らせに教徒は一層ヒートアップする。熱狂の行進。彼らは武器も持たずに東ゲルニア首都オルドゲラードを目指した。
この日ウルスラにとって決定的な出来事があった。教皇が暗殺されたのだ。それはミストレルの自作自演だった。教徒の狂気を駆り立て、共感を構築する。教皇の暗殺と新教皇の誕生。
その名はエキアゼル。
深夜、ウルスラは一人大聖堂に向かった。エキアゼルを連れて逃げる。こいつらはまともじゃない。
「あら、ウルスラ様どちらまで」
神殿騎士の鎧にサーコート。天人ミストレルだ。
「エキアゼルが望んだことじゃないでしょ?彼女は私が救う」
そういうウルスラに声かかけたのはミストレルの後ろから現れたフレデリカ。
「救うって何?あんた最近おかしいよ」
フレデリカがウルスラに言い放った。
「最近?違うよ、フレデリカ。あたしはずっと一貫してた。あなたはそうじゃなかった」
その言葉に杖を構えるフレデリカ。念動の術で付近の石を飛ばす。気絶でもさせて大人しくさせるつもりだったのか。飛ばした石がウルスラの頭部をかすめる。
戦闘力皆無。それがウルスラに対するフレデリカの認識だ。それが易々躱したように見えた。
「生ぬるい!」
ミストラルが斬り付ける。血の花。ウルスラの肩口がざっくりと開く。
「ちょっと!」
フレデリカがミストラルを制止する。フレデリカの前でやり過ぎたか。少し配慮すべきだった。
それでもミストラルもまだウルスラの力を認識していない。信じられないくらいの多量の血が吹き出し、ウルスラの姿が消えた。出血による血だまりの地面に沈んでいったのだ。驚愕の2人。予想外の展開だが、しかしミストレルは我を失わない。
「警戒して」
ミストラルの言葉にはっと反応したフレデリカ。結晶弾がいくつも空中で形成されていく。
キュイイン……。
静寂。煌く結晶は中空で高速回転しながらその場に留まり、獲物が首を出すのを待っている。
ビチョン……。
ミストラルの足元から水流が鞭のようにしなって飛び出し、彼女の股間を頭の先まで真っ二つに切り裂いた。
ズズズ……。
真っ二つにされてできたミストラルの血だまりから少しずつ姿を現したのはウルスラだ。
「化け物!」
結晶弾が四方からウルスラに殺到した。しかし血だまりから立ち上がった何本もの水柱が意志を持った生き物のようにうねって、それらをすべて弾き飛ばす。
「化け物か……」
寂しそうに響くウルスラの呟き。
「い、今までみんなを騙してたのね!」
そんなふうに言われれば悲しくなる。騙してなんかいない。エキアゼルにこんな気持ちを味あわせたくない。
「ねえフレデリカ。エキアゼルにも同じことを言うの?」
「な、何を言っている……」
言葉の途中で血の水流が鞭のようにうねって跳ね、その速度に反応できないフレデリカの首を中空に飛ばした。首を失ったフレデリカの切断面がぴゅーッと血を噴いている。その体が膝をつき、そしてどさりと床に倒れると、その体はもう動くことは無かった。
「そっか、分かんないか……」
大聖堂の階段を一つ一つ登る。涙で前が見えない。それにすごく足が重い。首を失くしたフレデリカが足にしがみついているようだ。彼女の無念を引きずる足がすごく重い。もう歩きたくない。だが守らなければならない。彼女を守れるのはは自分だけだ。ウルスラは大聖堂の扉を開けた。
「ソフィ。助けて」
彼女のメッセージ。ウルスラの飛ばした伝書梟を受け取り、ソフィはクリスに迎えに来てもらって一緒にアイシス大聖堂に向かった。
そこで見せられた。フレデリカの死体。ウルスラは順を追って丁寧に説明した。
エキアゼルが戦争の道具にされそうだったこと、
取り返しに行って天人と戦闘になったこと。
フレデリカを殺したこと。
エキアゼルを連れて王女領の庇護下に入りたいこと。
「助けて、助けて下さい」
ウルスラはソフィに懇願した。部屋の中にはソフィ、クリス、ウルスラ、そしてシグルドもいる。
教徒が各地で蜂起している情勢下だ。ただ黙って匿うわけにもいかない。事態の収拾。難しいかじ取りになるであろう。それでもソフィは言った。
「ウルスラ、後は任せて」
「うわあああ」
ウルスラは心の底から声を出して泣いた。
◇◇◇
ソフィの相談を受けてプリシラはすぐに動いた。東ゲルニアに多額の賠償金を支払い、アイシスの保護監督をまかせてほしいと言う依頼だ。ところが東ゲルニアに向かったプリシラはそのまま捕縛、幽閉されてしまった。
手荒な扱いは受けていないそうだが、東ゲルニアの要求はエキアゼルとの交換だ。
「こうなったら仕方ない。ボクが行くよ」
クリスが言った。潜入して助け出すと言うのだ。
「でも、あんた……」
クリスは最近血を吐くことがあった。聖なる力が高まり、クリスを蝕んでいるのだ。
「あ、あたしも行く」
昔っからそう言ってついてくるのはウルスラだ。だが彼女からもかつてのような無邪気さは消えている。それでもこの先プリシラまで失うわけにはいかない。彼女は大陸を照らす太陽だ。
「シグルド、あんたも行って。失敗は許されないよ」
プリシラ奪還は必勝の体制。世界の運命が決まる。万に一つも失敗は許されないのだ。
「はいよ」
そういうことなら俺一人でいいのに。シグルドは思ったが口には出さず従った。




