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第64話 野営の星空

 アクセルは焦燥にかられていた。ベクター、ヤザン、ハーンズ。共に空中都市メルギド・アクロスを降りた仲間たち。そして地上にいた魔人。カーミラ。

 みんな死んでしまった。


 エイシアは意見の衝突から別のグループに行ってしまい、この計画を遂行できるのは自分を含め二人しかいない。


「エイシアに謝って、協力してもらったら?」

 ミストラルがブロンドの長い髪をかき上げて言った。新天地を求めた最初の5人の一人。アクセル、ベクター、ヤザン、ハーンズ、そしてミストレル。

「そうはいかないよ。俺たちは、最初からエイシアとは別々だった」

 アクセルはことさら「俺たちは」のところを強く言った。


「そうね。ところでエキアゼルに会いにきている子の一人、ウルスラって子。この子だけ一人で会いに来ることがあるのよ」

「エキアゼルの同胞だな?」

「そうよ」

 エキアゼルは半魔。その同胞ならウルスラという子も半魔ということになる。


「会ってみるか?」

「ええ、もう会ったけどね」


 今日街中でのことだという。シスター姿のミストレルは一人でいるウルスラに声をかけた。

「ウルスラ様、エキアゼルがお世話になっています」

「え、あたしのこと知っているんですか?」


 シスターに名前を呼ばれて少し驚くが、実際ウルスラは何度も大聖堂に顔を出してフレデリカやエキアゼルに会っているのでシスターが知っていても不自然ではない。

「はい。ウルスラ様も魔学卒業後、大聖堂にこられるのでしょ?」

「え~、それはどうかなあ……」

 卒業後のことは決めていない。同学年の卒業生と同じようには年をとらないウルスラだ。同級生と同じように働いてみたいが、数年毎に職場を転々とすることだろう。その時にはエキアゼルの問題だって抱えねばならないのだ。この問題は自分しか抱えられない。ウルスラはそう考えている。


 卒業したらすぐにエキアゼルのそばに来るだろうと予想していたミストレルはウルスラの曖昧な反応を意外に思った。そもそもウルスラはアイシス教をどう思っているのだろうか。

「私たちの信仰の先にあるのは人、そして世界にまだいるとされる魔人の融和です。かつてはもっと魔人と人の距離は近かったそうですけど、身近な存在でなくなってからは私たちの考えも廃れていきました。本来救済とは世界の万物を対象にしたもののはずですが……」

「そうですね」


 ウルスラの表情に僅かな変化が浮かんだのをミストレルは見逃さない。

「ウルスラさまもアイシス教の考え方に共感なされますか……?」

「いえ、少し違います。人と魔人は同化していったんです。ある特徴が現れるか現れないか、顕在性と潜在性の違い。先祖はどこかで結びつき、特徴が顕れたかどうかだけ区別しているに過ぎないのです。区別することさえ、本当の意味では間違いだと思います」

「おお……、ウルスラ様……」


 アイシス教の信仰する神は半人半魔であった。それはその神自身がそのことを宣言すること人魔の争いを収束させ、共存の可能性を説いたのだと言われる。

「あなたのような方こそ、エキアゼルを支え、アイシスの教えを広めるべきでしょう」

「エキアゼル?」

「ええ、そうです。エキアゼルは選ばれし巫女。いずれ教皇になって世界を救うのです」


 ミストレルはウルスラの意を得たと思った。だがウルスラの表情は冴えない。

 ウルスラがエキアゼルに、魔人たちにもたらしたいのは平穏だ。


 西ゲルニア帝国から国境付近での工作を命じられ、赴任して二か月になる。国境周辺で西ゲルニアの影響力を拡げるために工作だ。工作を命じられたこの男、カニンガムスは途方に暮れた。全くと言っていいほど手応えが無い。

 そんな折、情報を得た。アイシスの大聖堂からシスターが布教を一層進めるため、派遣されてくると言う。

 これは利用できるのではないだろうか。この地方は魔人への嫌悪感が強い。


 民衆を扇動し、教会を襲わせる。アイシスと東ゲルニアの対立感情を煽る。カニンガムスの直接の任務ではないが、方針には添うものだと思った。

 この時に起こったことはアクセルにも、エイシアにもミストレルにも予想できないことだった。


 大聖堂の一行は護衛を入れて7人。その中にフレデリカがいた。馬車の中にフレデリカを含めたシスター四人がいる。東ゲルニアの国内は自由に行き来できるが、長旅だ。4人のシスターがそれぞれ4人の護衛が操る馬の背に乗る。馬車はこの頃は舗装された街中や主要街道以外は用途としては荷馬車に限られていた。

 まもなく教会のある村が見えると言う峠で一頭が落馬した。

 弓で攻撃されたのだ。弓の的になるのを避けて残った三頭も下馬する。

 そこへ敵がやってきた。民衆だ。

「ま、待ってください。私たちはアイシス大聖堂から来たものです。怪しいものではありません」

 そういって民衆をなだめようとしたシスターの左胸に弓矢が突き立った。どさりと倒れるシスター。護衛が斬りかかり乱戦になった。

 戦闘不可避とみたフレデリカが魔法で応戦する。

 キュイン、キュイン。煌く結晶が高速で飛び、その飛んだ先で次々と血が飛び散った。空中で結晶が出来あがりそれが高速で飛んでくる。民衆はそれを防ぐ術を持たなかった。フレデリカは一人で民衆たちの弓矢による攻撃に対抗できたが、乱戦の中、犠牲者も出た。


 生き残ったのは護衛1人にフレデリカ、そしてシスター1人。重傷者が二人。8人で出発し、すでに3人も死んだ。峠か村の方を見ると火が上がっている。教会が焼かれているのだ。

 フレデリカは簡単な治癒魔法が使える。重傷者の傷を癒し、ここから徒歩での撤退だ。焼き討ちされた協会が大聖堂に伝書梟などを飛ばしてくれていればいいが、過酷な旅になることが予想された。

 治癒魔法で治療しているものの、フレデリカは専門ではないので完治までは出来ない。だが杖をついて歩けるまでになっている。今いる五人で戦えるのはフレデリカと護衛の一人の計二名だ。そしてその護衛がいつの間にかいなくなっていた。それは山中を逃げながらの最初の夜だ。見張りをしている護衛に、水を持って行ったフレデリカに男は言ったのだ。

「こいつらと一緒じゃ逃げ切れねえ。どうだ?二人で逃げねえか?」

「怪我人を置いていくの?」


 フレデリカは抗議した。

「仕方ねえだろ。契約はもう終了だ」

「出来ないわ」


 応じないフレデリカに男は、じゃあなと言って別れようとした。

「待って、無事に帰れたら、契約金5倍を用意するわ」

「無事にねえ……」

 男はフレデリカを引き寄せ押し倒した。フレデリカは抗わなかった。流れ星の流れる回数を数えながら初めて経験する痛みを受け入れ、しかし翌朝には逃げたとみえて、男の姿はもう消えていた。


 怪我人の男女二人。そしてフレデリカに別のシスター。最初の8人は半分に減った。怪我をしたシスターが倒れた。高熱を発している。その夜も街にはたどり着けず野営した。

 高熱を発したシスターが苦しそうだ。治癒魔法で病気は治せない。フレデリカは怯えた。今にも逃げたあの護衛が敵を引き連れて戻ってきそうな気がする。痛みの記憶が蘇る。


 明け方。シスターは高熱に意識が混濁し、危篤状態になった。やがて荒い息が静かになり、熱かった体が冷たくなった。そして傷を負っていないシスターが疲労で倒れた。

 怪我人と病人とフレデリカ。三人の旅は絶望に思われた。フレデリカは念動魔法を駆使し、亡くなったシスターを土葬した。フレデリカは汗びっしょり修道服も泥と血に汚れている。

 それでも前に進む彼女のまえに現れたのがヘルイーグルという禿鷹のようなモンスターだ。フレデリカは歯を食いしばってモンスターに対峙した。アイシスの秘術の魔法を唱える。結晶が空中でパキパキと音を発しながら生成され、それを念動魔法で撃つ。

 牛ほどもある巨大な鳥のモンスターは、大きな羽で結晶弾を防ぎ、飛びあがって羽ばたいた。その風でフレデリカが吹っ飛んだ。倒れたフレデリカに上空からヘルイーグルが襲ってきた。巨大なかぎ爪。それで捕らえる気だ。


 フレデリカは倒れながらそばにある倒木を見た。雷に打たれたのか、焼け焦げている個所もある。念動魔法。倒木が立ち上がる瞬間と、ヘルイーグルの爪がフレデリカを襲う瞬間が交差する。へルイーグルは滑降する勢いそのまま立ち上がった倒木に激突。倒木の先端がヘルイーグルを貫いていた。

 フレデリカは気を失った。


 眼を覚ますと既に日は暮れていた。三日続けての野営。助けてくれたのは、疲労で倒れたあのシスターだった。汲んでおいた水をフレデリカに渡す。

「あ、ありがとう」

 お礼を言われ、にっこりほほ笑んだシスターの顔が泣き顔に変わる。

 出発時、こんなことになるとはだれも思っていなかった。途中の町にさえたどり着けないし方向が会っているのかもわからない。


 遠くで明るいものが見える。誰かが助けに来た。そう思った。シスターがありったけの声を上げて叫ぶ。

「ここよ、助けてえっ」

 フレデリカはしかし疑問に思った。そうだろうか。ここはアイシスの領内ではない。捜索隊など来るだろうか。

 彼らが走ってきたひげ面、蛮刀。盗賊だ。


「くッ」

 ふらつきながら起き上り魔法詠唱。盗賊の数人が倒れ、そうすると盗賊たちは松明を捨てて身を潜めた。じりじりと気配が動く。

「フレデリカさん」

 負傷している護衛の男が言った。


「私が囮になります。敵が姿を現したところを、私ごと撃ってください」

「で、出来ないわ」

「それじゃ犬死になります。頼みましたよ」

 負傷ているが、それでも護衛の男がうおおと叫びながら躍り出た。涙をこらえてフレデリカが覚悟を決める。こうなれば一人でも多く道連れにするのだ。


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