第63話 エイシア
炎上するメルギドの首都ベルガド城下。いや今は首都の名前も変わっていただろうか。しかしそれは今は関係が無い。大勢の人が死んでいる。
理想を語ったカーミラだったが、結局は多くの人の死を招いた。
いくら魔人が、半魔が栄えようとも、代償は目の前のこの光景なのだ。ウルスラは王城を目指した。
そこに瀕死のカーミラ、そしてシグルドとソフィがいた。
「ウルスラ。ね?言ったとおりでしょ?後はお前が私たちの意思を継いで。あっちで朗報を、ま、まって、いる、わ……」
カーミラは最後にそういった。それもウルスラにとってはちょっと違う。
「お前がいながらなんだこのざまは!」
シグルドの胸を何度も殴りつけた。ソフィがそのウルスラを引き剥がす。
「もっと早く行動していれば。遅くなった、ごめんね」
その意味ではウルスラも同じだ、シグルドとソフィを責める資格はない。ウルスラは号泣した。
◇◇◇
大聖堂のエキアゼル。彼女はウルスラの希望だ。人と魔人の融和。この大聖堂が信仰する神だって半人半魔だったではないか。
一方でフレデリカにとってエキアゼルはシスター見習いでしかない。フレデリカの思いは民衆の精神の安定にある。救いを求めるプロセスが精神の安定がもたらすのであれば、それはとてもいいことなのだ。たとえ、存在しないものをあがめているのだとしても。信仰を手段と割り切る非情さも、フレデリカは有している。
ウルスラにその割り切りは出来ない。光を追い求める者にとって、光は手段に成り得ない。
「血をちょうだい……」
「いいよ」
何度も繰り返されてきたやり取りだ。
妖艶で美しいカーミラの犬歯が幼児の肩の辺りに突き立てられる。
「カーミラはお前の血で若さを保っているんだ。それでお前をこの場所に縛り付けていたいんだよ」
ベスタがそういってカーミラの真意を教えてくれた。
そのときは良く分からなかった。ずっとやってきたことだったし、いつも通りのこととしか認識していなかったのだから。
ベスタは寝たきりになっている長老の次に年長者だ。彼女が長老の世話をしているが、その次は自分が立てなくだろうねと自嘲気味に笑っていた。
彼女はカーミラが町に出て行くと外の世界の存在、その文化や慣習などを熱心に教育してくれた。カーミラはたまに帰って来てはお土産をもってきて、そしてウルスラの血を求めた。
ベスタによって長老からウルスラに伝えられたもの、伝承と一枚の小さな石版。手のひらほどの石版。中央にくぼみがある。ここにはめる真っ赤な石があり、それをはめると半魔は寿命と魔力を減らし、人間並みになるのだという。つまり人間になるのだ、いつしかウルスラはそう理解した。
今は魔力も感じられない石版。だがこの石版がいつか、エキアゼルを、半魔を、自分たちを救いうるかもしれない。
そして伝承にある真っ赤な石はいまだに見つかっていない。
東西ゲルニアとオレルネイア王国、この三国と国境を接する東ゲルニア帝国アイシス領は地政学的重要地であり、周辺のどの国家であってもここを軽視することはできない。
東西分裂の際、諸侯は主に地理的な要因が理由となって所属先を決めた。
当然そういった場所には火種が転がっている。国境の諸侯。両国共にそこが狙いだ。当然アイシスもその一つであり、その中でも最も重要な価値を持つ土地だ。
最初の手段としてはまず外交で寝返りを促す。出血無くことが済む可能性があるが、根本的な領土の解決にはならない。信仰が絡む土地だからだ。
それでも西ゲルニアの使者が頻繁にやってきている。フレデリカはそのことをクリスたちに言った。彼女はアイシスに戦禍が訪れ、土地が焼かれることを心配しているのだ。
暗殺された元教皇の娘ということもあり、フレデリカには面会希望者も多い。
その西ゲルニア帝国からの使者だ。
彼らは言う。
「教皇の正当な血筋であるフレデリカ様こそ教皇におなりなるべきと。偽教皇が正当化される前に手を打たねば成りません」
西ゲルニア帝国とはアリオロス亡き後、正当な後継者を主張するかつての帝国の西半分。その皇帝はアリオロスの父、テリセウスの寵姫メーレルの息子である。その名を正統性付与のために改め、今はテリセウス2世というが、まだ幼い。傀儡皇帝だ。
宰相ボーリンゲンはその幼い皇帝の母であるメーレルの兄だ。つまり幼き皇帝テリセウス2世の叔父でもある。
彼らは積極的に国境付近の諸侯に使者を送り、敵陣営からの離反と自陣営への勧誘を繰り返した。
「ボーリンゲン、報告が滞っているようだけど?」
叱責するのはエイシア。白金のショートボブ。ボーリンゲンを天人の国に案内した天人だ。
ボーリンゲンはエイシアに連れて行かれ、そして見せられたのだ。眼下に広がる大陸。街。驚愕。そして信じられない思いはボーリンゲンに大それた野心を抱かせた。
エイシアに命じられたとおり、甥を皇帝に仕立て上げた。国が半分に割れたが、あちらは前々皇帝の甥、こちらは先々代テリセウスの実子にして前皇帝アリオロスの異母弟だ。正当性が違う。この正当性をぶつけて多数派工作を行ない、数の優位が見えたところで戦争を手段として対抗勢力を打倒するのだ。
この多数派工作が不十分ではないかというのが叱責の内容だ。
多数派工作は重要だ。地上の魔人と人間の争いは天人の知識をもたらした。人間は繁殖を繰り消して増え、数で魔人を圧倒し、飲み込んだのだ。
天人となった神人の一部には地上におりていった者もいたが、いつしか人間に飲み込まれて消えた。
エイシアの両親の世代はじかにその様子を見てきた。そしてエイシアやアクセルは両親からその話を聞いて育った世代だ。
狭い空中都市で一生を過ごすことが出来ず、掟を破って地上におりた世代の次の世代。
彼らは組織的に地上を支配することを計画した。
そして信仰を利用しようとする者、貴族の権力を利用しようとする者。彼らの世代はその二つに分かれたのだ。
◇◇◇
「ねえアクセル。地上におりていったというバイザルさん、どうなったのかな?」
100年ほど前、地上が見える崖で下を見下ろしながらエイシアとアクセル二人で話した。
今も世界各地に魔人伝説は残る。大抵が暴れ狂う魔人を人間の軍隊が討伐したという話だ。
バイザルもそうやって人間に討伐され、彼らの歴史では討伐された魔人の一人として認識されているだけなのかもしれない。
人間は違和感を察知することに長け、そして異質なものを排除することに驚くほど積極的だ。
友好的に接したところで、彼らと共に生きることは出来ない。
彼らは主の違うものと生きるにはあまりにも狭量だ。
エイシアたちの認識はいつしかそのようになっていく。かといって空中都市は一生を過ごすには狭すぎる。
アクセルたち数人が掟を破って地上に向かったという。その彼らがしばらくして戻ってきた。
「地上に私たちの住処を作りましょう。大丈夫、出来ます」
半信半疑でありながらも空中都市にいる天人たちは彼らの話を聞きたたかったのでとりあえず耳は貸した。なにせ、これまで地上に行って、また戻ってきた天人はいなかったのだから。
彼らが掟を破ったことは一旦不問にされた。このことが掟を形骸化させていったが、この時はこの時で別の判断があったのだから仕方ない。
この掟は地上と天人を隔離する理由があっての掟だった。そのメカニズムが当時知られたものではないものの、今日では免疫学が証明する事例に似ている。400年前の人間と魔人の戦争でさえ、神人が天人になってから相当後の出来事なのだ。天人のもつ抵抗力は、神人と呼ばれて地上にいた頃とは別物だ。
アクセルたちは用意に時間をかけた。地上と空中都市との間に中間地点を数箇所作り、体を慣らしながら時間をかけておりて行ったのだ。
途中で体調を大きく崩す者も出た。その都度治癒魔法を色々と試し、治療のノウハウを得た。
その結果、体調を悪化される原因は魔力暴走だと結論づけた。
下に行けば行くほど、防御魔力が高まり、それが肉体を傷つけるのだ。パッシブスキルの暴走だ。最初、それが分からなかった。
治癒魔法が瞬間的にしか効かない。一瞬効いてそのあとまた悪化が再開するのだ。
アクセルは何かの理由で魔力が弱まったのだと最初に思った。しかし、調べると倒れた者の魔力はむしろ強くなっている。とても強大に。
強くなった魔力は防御強化のパッシブスキルに使われていた。
敵を感知しているのだ。どこにもいないのに。
試みに倒れた男の魔力を奪う魔法を使う。すると彼は回復した。
アクセルは往復を繰り返し、この研究に時間を割いた。天人は地上との距離が近づけば、何かを敵と認識し、防御パッシブスキルが暴走する。暴走したスキルは内部から肉体にダメージを与える。
彼らより以前に地上に降りた天人は戻らなかったのではなく、戻れなかったのだ。
「私の父もなにもせずに、ただ降りて、ただ死んだの?」
「それは分からない」
エイシアの父は彼女とその母を捨てて地上に行ったきりだ。地上に降りた天人の中には症状に倒れる者もいただろう。しかしすぐに死ななかった者もいるだろうし、重症の中人間と戦った者もいるだろう。或いは死ぬまで人間と過ごしたものもいただろうか。
アクセルは答えたが、可能性の一つ、そのいくつかをいってみたに過ぎない。
そして後で分かったことだが、往復を繰り返すことで発生する症状は発生しなくなり、また、往復した者と接触したことがあるものは、最初から症状が軽かった。
天人は地上の往復をよりそれが安全にできるよう改良していく。
その成果が地上と空中都市、そして中間地点をつなぐ魔力エレベーター。短時間で肉体を馴致させ、魔力の調整、気圧差の調整を行うエレベーターだ。
掟は形骸化し、往復は活発になった。
天人はその過程で少しずつ人間のことを理解していった。
彼らの寿命は短く天人の7分の一ほどだ。ただ繁殖スピードが速い。人数で圧倒され、戦争しても勝てない。
彼らの中で力を持つ者は貴族と教皇。彼らの力を利用するのが効果的。
そんな話をしながらエイシアは目を輝かせた。父がどうなったか知りたい。地上におりたい、そこに自分たちの生活できる環境を作るのだ。




