第62話 血の魔人
またの再会を約束し、一旦サーナキアとは別に東に進路をとったクリスたち。挿し木を終えてから、次の目的地は東端ハイラル岬。事前にテオドラは挿し木の場所を決めていた。魔力があふれる場所。そしてその魔力が他へ流れる場所。そういった場所を選んで霊樹の挿し木をする。
崖が切り立ち、東側に大海原が広がる光景は雄大だ。
ただ不穏な点もある。最寄の町の牧師が終末予言をしているという。
東方連邦が互いに戦争を始めて瓦解。戦禍が大陸全土にひろがると。そのきっかけは北方ベルガドからやってくる。そういう予言だ。
このとき、大陸は北方ベルガドのクーデター前夜。メルギド建国を控えた時代の大きなうねりの、うねり狂うその一歩手前にいた。カーミラとアクセルの接触はこの少し前である。
ウルスラたちがこの時北方ベルガドに留まっていたなら、カーミラとあっていたなら。
現実はすでの東方諸国連邦にきていたし、カーミラにも会わなかった。
そしてウルスラたちが会ったのはもっと別の人物。この町で牧師をしている男。思ったよりずっと若い。
人は彼をヤザン様と呼んでいた。
岬で祈りをささげる男。噂に聞いた終末予言の男。
「あなたがこの町の牧師様ですね」
ウルスラが話しかける。
「ええ、旅の方ですか?」
「はい、北方ベルガドから来ました」
ウルスラの瞳が牧師を見据える。
「それは。長旅でしたね。若いのに、大変だったでしょう?」
「いえ。それより牧師様のお言葉として、北方ベルガドがこの地に災いをもたらすとおっしゃっている。そう聞いたものですから、それを教えてもらえませんか?」
「申し遅れました。私はヤザンと申します」
「私はウルスラ」
「ウルスラさん、北方ベルガドには優秀な神官がおります。ご存知ですか?」
もちろん知っている。家族同然に育ったカーミラは神官をしているのだ。
「カーミラ、さん……ね」
「そうです。その神官がまもなく暗殺されるでしょう」
「ちょ、ちょっと聞き捨てならないわ。あのカーミラが殺されるなんてことはありえないわ」
ヤザンはふと考え込む様子を見せた。
「あの、もしかして神官のお知り合いですか?」
「そうよ」
簡単に答えたのは迂闊ではあった。アクセルとヤザンが繋がっていれば、カーミラの知り合いなら半魔である可能性を疑う。そして実際ヤザンはアクセルの仲間だ。北方ベルガドで仲間のベクターが消息不明になっている。誰かに殺されたとしたなら、カーミラの仲間が犯人だ。なら条件に合うのはこいつらと言うことになる。
とりあえず深手を負わせて反応を見るか。
ヤザンの不意打ちの剣が防がれた。クリスだ。
ヤザンの剣がクリスの首を狙う。が。ガキンと弾かれ、弾くと同時にクリスの反撃が飛んできた。
ギイン。
僅かにかすめる。だがヤザンにキズはついていない。彼の体を金色の光が覆っている。
「まあ、待ちなさい。北方ベルガドで私たちの仲間、ベクターを始末したのはあなたたちですね?」
「ベクター?確かにそんな名前だったわ。リオンとベスタを殺した奴!」
そういうウルスラの瞳が赤い。赤い満月のような、血の色の赤。
「誤解するな。殺しあった結果だろう?お前らも俺の仲間を殺した。違うか?」
戦う理由を持つもの同士の会話などかみ合わぬものだ。どちらも自分を正しいと思っている。そしてどちらが正しいかを決めるのは結局のところ戦いの結果だ。勝ったほうが正しい。
「おれは黄金のヤザン。この黄金の闘気は剣など通さぬ」
再び剣を交わすクリスにヤザンが言った。事実剣の速度はクリスのほうが優り、何度か斬りつけているものの、キズ一つついていない。その上、ヤザンはテオドラを警戒し、彼女との対角線上に必ずクリスがいるように位置取りしているのだ。
「クリス。あたしにまかせて」
クリスの前に立ったのはウルスラだ。その手でクリスを押しのける。血の色の瞳。ヤザンは相手の目を見て魔人と言うものがこれほど禍々しいものだと初めて知った。
「お前は天人というのね?」
「そうだ。良く知っているな」
「目的は?」
「人間の抹殺。そして天人と魔人が平和に暮らせる世界を創ること」
「天人だけが平和に暮らせる世界の間違いでしょ?」
ヤザンの剣がウルスラを襲った。返り血を大量に浴びるヤザン。だがウルスラに怪我は無い。ただ手首から血が流れ、ヤザンはその血を斬ったのだ。結果、ウルスラの血を浴びて上半身を真っ赤に染めたヤザン。その血が急激に引いていく。
いや引いているように見えた血は、耳や鼻、目など、穴と言う穴からヤザンの体内に侵入しているのだ。
「あっ、がっ」
ヤザンは剣を落として頭を押さえる。
その頭部が内側から破裂した。
クリスもテオドラも言葉を発することも出来ず、呆然とヤザンの亡骸に視線を注ぐだけだった。
「王都で会おう」
岬に霊樹の挿し木をした後、ウルスラとは一旦別れた。彼女は一度北方ベルガドに戻り、カーミラと会うというのだ。
クリスとテオドラは王都を目指して飛んだ。クリスは王国に戻って浄化の泉に行く必要がある。
クリスくん、また具合が悪くなって……。
魔神の錬金術で生まれたクリスは世の理に反する存在だ。聖なる力と相性が悪く、世界を聖なる力で満たせば満たすほど、体の変調と言う結果をきたす。
再会したときにテオドラにはっきり言おう。そう決意した。その前にまずはカーミラ。彼女に会うのだ。
北方ベルガドに到着したウルスラは、すぐにニュースを知った。神官暗殺だ。会おうと努力したがもちろん文字通り無駄な努力だ。
やむなく忍び込むことを決意した。
神殿の前。手首を切って血を落とす。血溜りが拡がる。その傍に立つウルスラに弓矢が飛んできた。血溜りから水柱が立って、その水柱が生き物のように動いて弓矢を弾いた。
「天人……?」
疑問には答えず、弓を捨てた男が剣を抜いた。
「カーミラの仲間か?今いいところだからおとなしく死んでな」
斬りかかった瞬間、敵の少女が血溜りに沈んで消えた。
男は油断無くその血溜りの周囲を探る。石を投げ込んでみてもただの血溜りだ。
一定距離まで近づいたとき、血溜りが襲ってきた。ギリギリでかわして剣を突き入れる。その剣は血溜りから姿を出した少女の胸を突き貫いていた。
「お見事。あたしはウルスラ。あなた、名前は……」
「ハーンズだ」
「さよなら、ハーンズ」
少女が素手で剣を握って体を引き抜く。白く細い指が数本、ボタボタと落ちた。ハーンズはその光景に言葉を失う。
そして剣が引き抜かれた瞬間、ウルスラの大きく開いたキズ口から多量の血が噴出し、その血がハーンズを斬り裂いた。
ウルスラは自分の胸を即座に止血したが、かなりの深手だ。彼女は深手を負って、カーミラに会えぬままベルガドを後にした。
ウルスラはぼろぼろになって魔学にたどり着いた。テオドラの治療を受けて、その後に出来事を報告する。
このときにはすでに北方ベルガド首領国はメルギド王国に取って代わられている。カーミラは一度死んで生き返った。そう言われていた。
「テオドラ。ちょっといい?」
「うん。なんだろ?」
「クリスのことだけどね」
「ん?」
テオドラと二人だけのときにウルスラは切り出した。クリスの体調が悪いことを知っているか、その理由を知っているのか。
「シグルドさんに言われたんだよ。クリスは俺の作ったホムンクルスだって。知って、知った上でどうするかは自分で決めろって」
テオドラの言葉。それは意外な返事だった。
「知ってた?」
「うん……」
「彼の体調もことも?」
「そうだね」
じゃあ、なんで!
いやこのことは二人の問題で自分が入り込む余地などないのでは。何度も思ったことが今も脳裏を支配する。ウルスラの躊躇の理由に感づいたテオドラが続けた。
「でもあたしの聖女の力は強くなる。最後、一番力が強くなったときに、全部返すんだ、クリスに」
返すとはどういうことだろうか。だが奇跡の力のありったけをクリスに使う。そう解釈した。
それは自分にはない力。テオドラだけがつかえる力。
なら黙って見守るしかないのだろう。
うつくしいものを見た。そんなとき人は涙を流す。ウルスラはその意味において人なのだ。彼女の頬を熱いものが伝う。右手でハンカチを差し出すテオドラの表情はとても優しい。
ザガで次代の霊樹に祈りを捧げ、ヒュドラ退治。ウルスラの学生生活も、クリスたちといればとても中身の濃いものだった。だが世相は暗く、ヒュドラ退治の直後のガザで反乱が起きた。
ディムランタン公爵家の元帥が戦死したとかで、クリスも領地に帰ったり、戦役に備える王女領の手伝いにいったりとなかなか顔を合わせる機会もない。彼は戦争勃発後、休学している。
行くなら今しかなかった。前回は戦闘になって死に掛けている。だが行くしかない。ウルスラはテオドラに黙ってメルギドを目指した。




