第60話 ウルスラの告白
アイシス大聖堂。この国が帝国の属国となってからは往来も簡単になった。それは帝国分裂後に東メルギド帝国の領内となった現在も変わりはしない。
ウルスラとテオドラ、そしてクリスの三人はこうやって大聖堂にたまに来ていた。
前教皇、というか、当時暗躍していた半魔の枢機卿の娘、エキアゼル。彼女は大聖堂で働いている。清掃や祈祷道具の用意、祈りの手伝いだ。働きながらシスターを目指す。
「おはよう、エキアゼル」
「シスターフレデリカ。おはよう」
フレデリカはこの大聖堂でシスターになった。王国魔術省、それともアイシス大聖堂。卒業後どちらに行くか、迷った上での決断だ。二人は夜明け前から活動している、日が大分高くなった頃、クリスたちがやってきた。
「フレデリカ。大分サマになってきたね」
ウルスラが笑う。フレデリカはよくエキゼアルの仕事を手伝って一緒にやり、勉強も教えているという。
この頃のフレデリカとウルスラはいつも仲良さそうだった。この二人がどうして対立していったのか。事情を知っているウルスラはエキアゼルを常に気にかけていたし、事情を知らないフレデリカもエキアゼルをとても可愛がっていた。
事情を知っているか知っていないかの違いだったのか。エキアゼルが半魔と分かればその対応もそれぞれ違う。有する事情や環境が違うのだから。
図書室から抜け出したあの夜の丘の上、ウルスラとクリス二人で魔人やその先祖、子孫の話をしたあの夜の数日後、ウルスラはテオドラに誘われ、クリスを加えた三人で北方ベルガドに向かった。メルギド王国、その時はまだ北方ベルガドと呼ばれていた。
北方ベルガド首領国。かつての遊牧民族の国だ。遊牧民は大昔は帝国と小競り合いをしていたが、大規模な軍隊が派遣すると恭順し、それ以降は少しずつ帝国の文化を取り入れ、次第に地域に安住するようになった。
彼らは朝貢を行って帝国の傘下に入り、今も独立国家でありながら形式的朝貢を続けている。両国の関係は悪くない。
ウルスラはクリスたちを宿に案内した。クリスとテオドラの部屋は別々だから、双方とサシで話をする機会が作れる。
今日、ウルスラはテオドラに自分の出自を伝えるつもりだ。
先にその相談をクリスにしたい。
意外だったのはクリスはテオドラに自分のことを言っていないのだという。
「え、そうなの?」
「そうだよ。でも普通の人間じゃないのはなんとなく分かっているんじゃないかな」
「そうかもね……」
考えてみればいわなくていいことなのかもしれない。そんなことを言いたいと思うのは、後で裏切りたくないからだ。つまり将来的な友情に期待してのことだ。
クリスにはそんな感情はないのだろうか。
仲の良い友人が、実は人間ではありませんでした、なんて。
ちょっとショックだろうと思う。
ウルスラは相変わらずの劣等生だったが、努力は人一倍で図書館の主と言われている。
そんなウルスラとテオドラは勤勉と言う共通点もあり、気もあうのだった。二人とも自覚していないが、他人思いという、より深い共通点もあるのだ。
だから、言える時に言いたい。クリスくんは違うの?思い切って聞いてみた。
「う~ん。僕自身がホムンクルスのことをよく理解していないし、説明できないんだよなあ。
でも、自分が人間じゃないと知ったときはショックだったなあ。仲がよければ良いほど、僕が受けたショックに近いものを感じそうで、それで、いいたくないのかも。」
この感情こそ、自分とクリスの共通の感情なのだと思う。だが、テオドラに言うか、言わないか。この部分は違うのだ。
「でも、あたしはやっぱり言おうかな」
「そうだね。たぶんテオドラは気づいている。それでも本人の口から聞けば、彼女の気持ちは全然違うものになるよ」
「気づいてるの?」
「ああ。前に半魔に襲われたことがあってね。その時の感覚を覚えているんだよ」
明日は北方ベルガドの山奥に霊樹の挿し木をしにいくのだ。やっぱり今日のうちに言おう。
「ひとりで言う?」
心細くはあるが、クリスは言わないといったのだ。そんな彼を同席させれば、より彼を追い詰めはしないか心配になる。
「うん。そうする」
ウルスラはそう言った。これからする話には勇気がいるだろう。ちゃんとその勇気を胸に秘めた表情だ。
クリスは二人がその後どんな話をしたかまでは知らない。しかし、翌日見た二人はいつも通りだった。
翌日ウルスラはかつて自分が棲んでいた山奥を案内した。クリスのワイバーンに乗って。その付近まで飛び、あとは勝手知ったる野山を徒歩で。
この辺に4人で住んでいた。カーミラが町に出て行くまでは5人で。今は二人しかいないはずだ。
「リオンさんとベスタさんね」
「そう。生きていればだけどね」
ウルスラが笑う。だが、テオドラはこの山奥の自然を魔法で掻き分けて歩きながら、こんな場所に追いやられた半魔の胸中を、そして若い半魔が出て行き、残されたリオンとベスタの胸中を思う。
霊樹の魔人が言っていた。聖女アウレリアは半人半魔、その最初なのだと。自分の役目は何なのだろうか。それはまだ見えてこないが、こうやって霊樹の挿し木をすることで何かに辿り着く予感もあった。
「待って」
ウルスラの顔色が変わる。
「血の匂い……」
クリスは目くらましの術を自分も含め、三人にかけた。
この先にリオンとベスタ、三人で住んでいた。カーミラからの差し入れが楽しみだった。寂しくなんかなかった。でも知った。外の世界があることを。
残って一緒に暮らすべきだったか。
今となってはもう分からない。横たわった二人の死体。見下ろしている男。
「リオン、ベスタ!」
泣きながら走り出したウルスラ。その拍子に施しためくらましの術が解けた。男の剣がウルスラの首を飛ばしたかに見えた瞬間、駆け寄ったクリスの剣がかろうじて弾く。
強い……
クリスは覚悟を決めた。こいつをこの場で殺す。
「なんだ。こいつらの仲間か」
「まあ、そうだ。お前は?」
「半魔よ、よく聞け。俺たちは天人。お前らの永遠の主人だ」
男の振るった剣から光の斬撃が飛んできた。かろうじてかわすと剣本体の斬撃。その斬撃を弾いて真・円舞斬で返す。驚いたことに男はそれを紙一重でかわした。かわした男が血を吐く。男の体にその向こう側が見えるほどの穴が開き、その穴が拡大して上半身と下半身が別々になった。
クリスがテオドラを振り返る。彼女の放った魔法ソラリス・イルミナティオンが一撃で天人とやらを真っ二つにしたのだ。
「こ、このベクター様が、こんなところで……」
上半身だけになってもまだ動こうとする男の首をクリスが刎ねた。
ウルスラが仲間二人の死体に取りすがって号泣している。
クリスとテオドラは、ウルスラが泣き止むまでずっと黙って傍にいた。
「カーミラさん、だっけ……。会わなくていいの?」
「うん……」
ウルスラの故郷に挿し木を終えたテオドラの問いかけにウルスラは会わないと言った。ただ伝書梟を飛ばした。リオンとベスタが天人ベクターと言う男に殺された、と。
或いはこのとき、会っていればカーミラとウルスラの運命は別の方向に舵を切ったのかもしれない。だがそんなもの、誰にも知るすべはないのだ。
北方ベルガドのクーデターは、このわずか一月後だったが、この時三人は既に別の地にいた。




