第59話 行方
「さすがソフィ、もう何か分かったのね。でももう少し種明かしの猶予を頂戴。色眼鏡を通すことなく、この男の人物を見てみたいわ。その後でもいいのでしょう?」
「わ、わかりました」
問題はそこではないのだが、人物がどうなのか。本当の本質はそこかもしれない。縁談の話、外交の話、どれをとってもだ。
「サークエル」
「ははッ」
「まず、お前の好みの女性のタイプは?」
「!?」
機先を制された。ザガードは常に相手の機先を制すことで先に優位をとり、そして敵を制してきたのだ。彼はその生涯、真剣勝負でいまだ負けたことが無い。そしていま、その逆をやられた。
(やべえ……!もし答えを誤れば、サラと俺の好みの不一致を指摘し、この話を潰すきっかけを作るつもりか!?)
その展開は避けたい。好みではない女への求婚。それが今回の基本点になる。なってしまう。
そうなれば逆転の目はない。
「そうですね。いつだったか、戦いで傷を負って逃げた先で湖の辿り着きましてね。その澄んだ湖面はどこまでも深く吸い込まれそうでした。そのような女性が好みで……」
答えたように見えて実のところ、質問には何も答えていない。しかも浅い話をいかにも深そうに言っているが、根本が浅い。
「傷を負って逃げた?お前は戦場の経験、いえ、戦いで負けたことがあるの?」
ついソフィが口を挟んだ。
「い、いえ、勝ちましたが、深手を負って……」
「ほ、ほおぉ~?相手は誰かしらぁ?」
まずい。この話題は危険だ。迂闊な事はいえない。
「オニオン?いやガーリックだったかな?そんな感じの……」
ゲーリックだよ!(怒)
赤獅子ゲーリックの戦死は当時王国軍の士気を大いに下げた。
その相手がワグナー軍の先鋒を担ったザガードだ。一度も負けたことのない男。必勝無敗。ザガードはそう呼ばれている。ソフィはそこまでは調査済みだ。
ザガードは汗をダラダラかいて、しきりに拭っている。
(俺がここまで追い詰められるとは……。そうだ、とりあえずこいつが誰か……)
「あ、あの、あなた様は……」
(話題の転換。窮したわね)
そう見た。そしてその質問にはそう見たプリシラが答えた。
「ディムランタン公女よ」
「ケコッ(げえ……ッ!)」
悲鳴をかろうじて呑み込む。
俺が殺したゲーリックの主じゃねえか。迂闊だった。迂闊な質問だった。迂闊な事は言えない、そう思っていたのに、だ。だが、情報自体は有益だ。精神的にはいっそう深手を負ったが、この情報は有益だ。
「顔色が優れないわね。まあ、いいわ。で?サラは澄んだ湖のようだと?」
王女の表情は優位に立ったもの、優位を勝ち得たものが見せる表情だ。
しかしそうではないのだ。偽りの駆け引きの先に真の勝利はない。いつだってそうだった。向き合って逃げない勇気を示したものが勝つのだ。
「それが不思議なもので、そのように思ったことはありません。ただ惚れた。惚れただけ。その理由をいまだに私は知りません」
(こいつ、ここで、仕掛けてきた……!)
駆け引きの必殺の一手、それは本音だ。
本音をここぞの場面で叩き込む。そして熟練者ならそこから畳み込む。その時点で理屈は不要だ。感情をあるがままに叩き込めばそれだけでいいのだ。
(やられた。呼吸を、一瞬の息継ぎを読まれた……!)
しかし、このくらいの相手はこれまで何人も見てきている。プリシラは怯まない。
「なるほど、恋とはそういうものかもしれませんね。ところで恋、より古典的な表現で戀と表現します。糸しい糸しい言う心と書く、それは愛しい愛しいと言う心と聞きました。お前の言うことも理解できます」
(共感に見せかけ、実は知識でマウントを取っただけ。優位を崩さず、しかし話の流れにも
逆らわず、かつどこにも矛盾はない。こいつ、海千山千か……)
ザガードの冷汗はいまだ止まらない。
これまで無敗、それは戦場の事だけに留まらない。政争でも敵をねじ伏せてきた。そいつらに比べたら、今日の相手は赤子のようなものだったはずだ。ボンクラ王族の世間を知らぬ王女様。そうじゃなかった。サークエル伯爵ことザガードは敵の強大さを痛感した。
サークエル。さすが竜の雲を得る如く短期間で立身出世を果たした男だ。
しかしだ。手ごわいがその表情に気勢の衰えが見える。どうやら畳み掛けるのはこっちだったようね。
プリシラはゆっくりと話を続けた。
「でもね、サークエル、お前がサラに惚れているのは最初から知っている話でしょ。どこに、惚れたか聞いているのよ」
「う……」
蟻地獄か蜘蛛の糸か……。逃げられない。打開できたかに見えて実は一歩も先に進めていない。以前この女の手のひらの上だ。
手のひらから逃げられない理由。それは簡単だ。まだ逃げようとしているからだ。俺は戦っていない。
「守りたい……」
「ん?」
「サラを守りたい……。俺にとってサラはそういう存在だ」
「す、好きとかそういう感情じゃ……」
「好きだ。自分の命と引き換えにでも守りたいほどに」
そしてそれがきっと俺の運命なのだ。
運命と言う言葉は口から発しなかった。だがそれゆえに伝わるときがある。
「王女、実はこの男……」
ソフィが言いかけたことをプリシラが再び遮った。
「ええ、私もようやく気づきました。お前がサラとの文通の相手ね。そしてその相手の正体は黒騎士の側近。つまりは戦争の中心人物の一人。赤獅子をその手で殺した男でもあったわね」
バカな……!全部バレてる……!?
汗まみれの男はここに来て覚悟を決めた。
首にかかるネックレスを外す。
「これは……」
「はい。ブラド・ゾルのものです。彼の最後の相手が俺でした」
「つ、つまり……?」
今度はプリシラに冷や汗。こいつの悪行はさっきので全部ではなかった?というか縁談の相手の兄を殺したのがこいつか?そんなことがあるか?
「そう。サラの兄、ブラド・ゾルを討ったのはこの俺、オーウェン・ザガードです。だが信じてもらえるかどうか、ブラドがサラの兄だとはその時は知らなかった。だがブラドに言い残すことはないか聞いた時、奴は妹の名を言った。死後気がかりだと。俺も同じ名前の女を知っている。それで調べた。領民の反乱で殺された荘園領主が残した兄妹のことを。」
そういってザガードは今度はソフィに向きなおる。
「ゲーリックの事は済まなかった。だが、戦場でのこと。俺も奴も、どちらも必死だった」
正々堂々と戦った……。それは事実だったがザガードはその言葉を飲み込んだ。正々堂々と言う事実は伏せた。
恥ずかしくて言えないからだ。正々堂々と戦うことは相手すなわち敵に対する誠意だ。そのせいで自分が敗れたら味方に不利益が生じる。それは味方に対して誠意を欠いたことになるのだ。敵に利益を味方に不利益を。それよりなら卑怯な手でも勝つという、或いは敵に損害を与えるという一点にこだわるべきなのだ。それは確実に味方の利益に結び付く。ザガードにとって正々堂々など、自分の評判だけを守ろうとした、より卑怯な者の振る舞いだ。
「ええ、戦場でのことは仕方のないことよ。けど、ザガード。あなたが黒騎士の側近で、戦争の首謀者の一人であることは覆せない、どうにもできない事実よ」
ソフィは冷たく言い放った。ソフィとてこの話がサラのためになるのかどうか、そのことのみを見据えている。
「そうか。やっと分かった。あの時、帝国の軍勢を反転させたのはあなた方か。なるほど、納得がいった。さて、この事実を知るのはあなた方二人のみ。良い機会だ。抵抗しねえから、禍根を断つといい」
ザガードは立って椅子をどけるとその場で二人に背を向け、胡坐をかいた。背後から首を刎ねろと言うのだろう。確かに禍根を断てる。こいつの正体は禍根そのものだ。
「いえ、三人よ。サラ、出てきて」
プリシラの言葉にカーテンが揺れた。刺客でも用意しているかと思ったカーテンの向こうから出てきたのはサラだ。涙が頬を濡らしている。その頬はほんのりと紅潮していた。
「サラ……」
振り向いたオーウェンの表情が申し訳なそうに歪み、床に視線を落とした。
「ごめんね、サラ。聞きたくない話を聞かせちゃったわね」
そういうプリシラにサラは首を振った。
「いいえ、こんなうれしいことはありません。兄さんが昨日夢に出てきたんです。明日オーウェンさまが会いに来るって。正直な男だから全部言うだろうって。それを聞いたらあとは自分で決めろって。最後に兄さんはオーウェンさまに会えてよかったと言っていました。」
「プリシラ……」
ソフィがプリシラを見る。
ソフィは今のサラの話を信じた。面接が決まってからサラへの伝書梟はすべて検閲している。その上、サラには何かと理由をつけて宮廷から一歩も外に出していないし、外部からの接触も断っている。
口裏わせなど、できはしない。ブラドはきっと来たのだ。そしてようやく安心して逝ったのだ。あの妹想いの男の笑顔がまぶたの裏に浮かぶ。
「分かったわ、何とかなるでしょ。後は二人に任せて、私たちはもう行きましょう」
暗く混迷の気配が漂う時代。数年前まではそうだったように、王都の暖かな日差しが注ぐ。
王女プリシラの役目は光を閉ざすことではない。今日の陽光を明日の王国に届けることだ。




