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第57話 セントラルアクシス

「カーミラ。止めることはできないの?」

 かつての北方ベルガドの山奥、ひっそりと隠れて住んでいた場所でウルスラはカーミラと会っていた。


 何年振りかではあるものの、長寿の彼女たちには、それほど長い間会っていないという感覚は無い。


「ウルスラ。私たちはこんなところに身を潜めて生きてきたわ。でもそんな時代はもう終わり。人間に奪われた土地を取り返すのよ」

 もし人間と血を混じりあわせ、それがたとえ血の薄さを招いたとしても、血脈を残して同化していけたなら、それが一番幸せだったのではないか。

 もちろん今さらだ。


 同族のため。その未来のため。カーミラもウルスラも目的は同じ。見ている未来、進む方向。同じなのだ。だが、ウルスラは戦うこと、いや敵を殺すことが嫌いだった。

 戦えば相手は死ぬ。

 もしかしたら、その相手だってすごくいいやつかもしれない。でもあっけなく死ぬのだ。だから戦いたくない。


「話し合いは先祖様の時代も含めて何度もしてきた。でも結局私たちは騙されて殺されてきた。そうでしょ?」

 カーミラにとって人間は相容れぬ存在なのだ。理性をもって共存の道を探れる可能性はあるのだろう。それが、たとえわずかばかりであっても。


 だが理屈のみで判断することは出来ないのだ。

 魔人のホムンクルス、クリスは人間と一緒に暮らしている。彼だって理屈があって人間と暮らしているわけではない。そうしたいからそうしているに過ぎないのだ。


 そして彼は人間と同じ成長の仕方だ。だから成り立つのかもしれないが。

 うらやましい。そう思う。カーミラにも同じように思ってほしいのだ。クリスのようにはできないかもしれない。

 でもひと時なら出来る。知ってほしい。


 戦って奪って得ることより貴いことはあるのだ。そんなウルスラの主張だが、カーミラだって百も承知なのだ。

「お前が言っていた天人。その天人に会ったのよ。かつての神人。天に逃れ得た神人の末裔。彼らの国も見せてもらったわ。彼らと共に生きるべきだわ」

 カーミラは一緒に行って天人の住む世界を見たのだと言う。


 彼らは同族のようなものだ。そうかもしれない。本当にそういう存在がいるのであれば、そのほうがいいのかもしれない。

 だが、天人と共に住む世界を構築するには、人間を大勢殺すことになる。それは、イヤだ。

 だいたいあいつらは仲間の、リオンとベスタの仇じゃないか。あの日の情報提供者の正体はウルスラだ。

「ウルスラ、お前はどっちの立場なの?」

 ウルスラは答えることが出来ない。頬が涙にぬれ、それが徐々に嗚咽になった。

 殺したくない。それだけなのに。どっちかの立場をとったら、もう一方と殺し合いをするんでしょ?そんなのイヤだ。


「待って、何か起こっている」

 要塞から火が上がっている。それに気づいたカーミラが言った。

「行くわ」

 そう言うと馬に乗ってカーミラが去って行った。混乱を引き起こしているのは帝国の四騎だ。


 火を放って城下を混乱させ、国王を暗殺する。ここまでさしたる相手は出てきていない。烏合の衆だ。

 もはや宮殿の最奥と思われる手前で近衛騎士団長と名乗る煌びやかな鎧の重装騎士が立ち塞がる。

 両手でハルバードを振り回すと、旋風が巻き起こる。


 だが隙が大きい。マックスがハルバードを掻い潜って男の足元をスライディングするように滑りぬけた。滑り抜ける際に、すれ違うタイミングで男は左足を斬られてその場に倒れる。

「ぬうう」

 片足でなおも起き上がろうとする男の首をすでに立ち上がっていたマックスが一刀で刎ねた。


 王座の間には誰もいない。その横の部屋に男がいた。血走った眼。口元からよだれ。正常な意識でないのは誰の目にも明らか。


「ザリウス国王とお見受けします。陛下の仇、お命頂戴します」

 ミリアの剣でアリオロスの仇は絶命した。

 一国の国王の最期としてはあまりにも呆気ない。


 帝国との緒戦で主力が壊滅したとはいえ、簡単に王城への侵入をゆるし、あとは抵抗らしい抵抗も無く事が片付いた。

 元来た道、王座の間に戻ったところで、その存在に気付いた。

 美しく妖艶な女性。4人は剣を構えた。気配が語っている。鬼門に足を踏み入れたと。


 女はナイフで自分の腕を切った。血が噴き出し、その血が床を蛇の如く這って、のたうちながら襲ってきた。

 青の6スティブ、そして青の9クルーセル。かつてのパラディンが襲い掛かる水刃、血の凶刃に両断された。

「ミリア、逃げろ」

 マックスが叫んだ。


 だがミリアは逃げない。その表情に決意が見えた。

 こいつだ。陛下の仇はこいつだ。

 防御を考えずに最速で敵に斬りかかる。


「チッ」

 敵は血を噴出させて後方に飛んで逃げた。マックスがその隙を責める。が、宙空に放たれた敵の血、それがその場で形をなす。鋭利な槍の形状に。マックスの身体を血が槍となって数本が貫いた。

「はあっ」

 それでも怯むことなく飛びかかるミリアに敵の血の槍が襲う。槍はハリセンボンの針のように何本も襲ってきた。

 ここまで……。

 そう思ったミリアの身体が背後から抱きかかえられた。


「どいてろ」

 ミリアは乱暴に投げ捨てられた。黒い乱れた長髪。片目を覆う前髪。無精ひげ。敵の女も警戒を露わにしている。そして男のそばにまた別の女が駆け寄った。


「お前が今回の戦争の黒幕ね?目的は教えてもらえるのかしら?」

 黒髪の男のそばに駆け寄った金髪の女が敵に言った。

「お前たちは?」

 敵の女は狼狽している。


 狼狽の原因は男が醸し出す雰囲気だろう。

「俺はお前と同族かもな。こちらはれっきとした公女、そして俺はその配下、シグルド・ヴェクザグリアスだ」

 シグルドが女の質問に答えた。

「同族……。そうなのね、私はベルガドのカーミラ。あなたが魔人の仲間なら戦う理由が無いんだけど?」

「なぜだ?俺は人間と戦うつもりはないぞ」


 二人の間を分かつもの、決定的な差異はここにある。カーミラにすれば同じ魔人なら味方として敵対者である人間と戦うべきなのだ。しかしシグルドにそんな気はサラサラない。聞かれたので出自を教えたに過ぎない。

「違うわ。人間は相容れない存在。私たちの平穏は人間無き世界にしかない。」

「それがお前の目的だな?なら死んでもらう」


「できるかしら?」

 その瞬間、マックス、青の6スティブ、青の9クルーセル、三人の屍から流れる血がシグルドを襲った。

 バシュウッ……

 それはシグルドに当たることなくなく爆ぜる。中空に血がへばりつき、へばり付いた血によって球状の空間を形作っている。バリアと言うのか、それを血の斬撃はシグルドの作り出した障壁を通れなかったのだ。

「ぐふ……」

 カーミラは血を吐いた。腹部に大きな穴が空いている。


 シグルドと共に来た女性、その彼女は無詠唱で魔法を放った。光速の光の束。気づいた時にはすでに致命傷を負っていた。


 ペン一本ほどの光の束が腹部を通過したかと思うと、その傷口が一気にリンゴの直径よりも大きく拡がった。カーミラはその場に崩れ落ちた。

「カーミラあッ」

 泣き叫ぶようにして駆け寄ってくるものがいる。。


 ウルスラだ。

「ソフィ、ジグルド、どうして!」

「ウルスラ。仕方ないのよ、だって私たちは……」

「違う!人間が大勢死んでいるじゃない!結局、たくさん死んだのよ!」

 混乱の城下では略奪や放火が発生していた。


 クーデターで成立したばかりの政権では、民心の心理も不安定だ。まして治安部隊は機能していない。燃え盛る炎に便乗し、混乱はより拡大している。


「ウルスラ。ね?言ったとおりでしょ?後はお前が私たちの意思を継いで。あっちで朗報を、ま、まって、いる、わ……」

 最期の力を振り絞って言葉にした。カーミラがもう動かない。

 三領の総称をもってセントラルアクシス。のちにセントラルアクシス戦争と呼ばれる争いはカーミラの死をもって事実上終結した。


 アルカニア辺境伯はサークエル伯爵領の軍勢の手によって、すでに首にされている。セントラルアクシスは壊滅したのだ。


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