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第54話 あと一手

 ザガ騒乱の情報に、王国は直ちに軍を派遣した。第二王子が自分の領地から薔薇騎士団、それに加え、ディムランタン公爵軍を引き連れてやってきたのだ。このタイミングでの第二王子による反乱討伐は反乱発生から討伐派遣までの期間が短く、裏で糸を引いていた者がいて意図的に引き起こされた謀略とするのが後世の歴史研究家の間での通説である。

 具体的には近いうちにザガ地区で反乱が起こるとの情報を何者かが第二王子に事前に流し、蜂起直後に速やかに紛争地を収め、手柄にするよう唆した。


 仮にそうだとして、犯人は誰であろうか。ワグナー公爵。ここでも名前があがるのはこの男だ。ならばその絵を描いたのは彼の懐刀、オーウェン・ザガードであろう。

 後世の歴史を研究するものにとって、このオーウェン・ザガードは扱いににくく、かつそれゆえに研究しがいのある人物と評されている。


 なにしろ資料が少ない。ワグナーが関連する謀略のほとんどに関わったとされるが名前が出てこないのだ。署名を残したケースも少なく、彼の筆跡の第一資料は後に妻になる女への手紙という始末。

 一方で戦史における彼の資料はその敵が記録したものが豊富に残る。なにせ生涯無敗だ。敵に恐れられ、また憎まれた。


 ◇◇◇


 帝国の公爵イグナスと会議を行っているのはワグナー軍司令ザガードだ。両者はザガ支援という立場を同じくし、王国とザガとの調停を行いたいという状況を共有する友軍だ。

「イグナス様、こりゃまずいですよ。あの第二王子ってのはかなり出来がわるいらしいが、ここまでとは。引いたら、ザガの民はみなごろしかもしれねえ。数では劣るが俺たちでやるしかねえ。」

 たしかに王国は軍を大きく動かした。


 だがそれはこちらも同じだ。当初マケドニアだけで調停するつもりだったのだが、いきなりワグナー軍が参戦してきた。

 さらにワグナー軍は東方諸国連邦まで巻き込んでいる。

「ザガード、仕掛けるなよ。俺が出来る限り交渉する」

 イグナスが釘を刺す。だが裏でザガードは王国軍への挑発を繰り返している。


 この挑発が巧みだった。戦端を切ったのは赤獅子率いるディムランタン公爵軍だ。最も挑発に乗り易そうな相手を選んで挑発していた。その上で両軍後戻りできないような立場の者が犠牲になるのであれば、なお好都合だ。構図としては叛乱鎮圧の王国軍所属のディムランタン公爵軍と攻撃を受けたザガ地区支援の帝国領ワグナー公爵マケドニア公爵連合軍の軍事衝突だ。現時点では王国対ザガ地区の代理戦争という建前が成り立つ。


 赤獅子は向かってくる相手を撫で斬りにしながら進んでいたが、その途中で強敵に出会った。数合剣を合わせ、いずれも決定打にならず、敵の騎士ともみ合って馬から同時に落ちた。先に起き上がって斬り付けた剣が相手の肩を切り裂く。


 だが相手も怯まない。流れる血を拭うことなく剣を構えた帝国の騎士こそザガード。

 ゲーリックは反撃の暇を与えぬよう、敵の負傷した左側から責めた。

 左からくる。ザガードはそう予測していた。果たして歴戦の勘は今日も彼を裏切らなかった。


 戦場にいたレイ・アーセナルは赤獅子の剣を躱した血まみれのザガードがその懐に飛び込んで、胸を剣先で突き貫いたのを見た。


 赤獅子敗れるの報に第二王子が薔薇騎士団の投入を命じた。敵の司令官も重傷と聞いている。団長代理アルバート・バークレイは損害を最小限に抑えるため、先ずは一気呵成の攻勢を命じた。


 ディムランタン公爵軍との戦闘で疲弊した帝国ワグナー軍に王国軍薔薇騎士団が攻勢をかける。王国本隊が正式に参戦した瞬間だ。


 攻勢をかける王国軍の側面を突いたのがワグナー軍の伏兵だった。先頭を切るのは黒装に赤い剣緒の片手剣。黒騎士カイエンだ。


 バークレイは側面の敵に向かい合う。騎士団の誰よりも早くその敵に向かいあった。黒騎士の剣が馬の首ごと、バークレイの胴を両断する。

 緒戦の勝利で停戦交渉。マケドニア公爵イグナスの計画、その思惑は戦争の継続を望む者の手によって遮られた。


 夜陰、武大のある街その周辺が炎に包まれた。王国軍の奇襲だ。だが実際は巧妙に偽装された帝国軍内による工作だ。指揮をとるのはゼネヴ・カルネア。いまも王国諜報局暗部の一員としてダブルスパイをしながら暗躍する女。


 駆けつけた王国と帝国を巧みに誘導し、戦端を開かせる。

 ワグナー軍からのマケドニア軍に送られる再三にわたる救援要請。やむなく側面へ押し出したイグナスにザガードが言った。

「今だ、イグナス様!いま側面をつけば、この戦いは終わる。これで終わりにしてくれえッ」

 開戦と戦争の継続に知恵を巡らしてきた男が、白々しくも、しかし悲痛な表情と声の調子は崩さぬまま、そう言ってのけたのだった。


 王国軍はイグナスの突撃で崩れ、その後のワグナー軍の執拗な追撃で壊滅した。


 そしてこの日、突然、南方で紛争が発生した。

 ガイナ公爵が突如辺境伯領に攻め込んだのだ。王国は公爵領の赤獅子ゲーリック、薔薇騎士団団長代理、バークレイと優秀な軍人を失い、南方での内乱も起こって混乱が発生した。当然そこ割くだけの兵力が無い。


 混乱は物価に表れる。物価が高騰し、庶民は物が買えなくなってきている。このままにしておけば治安が乱れ、内乱が拡がる。


 ソフィとプリシラは王都への物資輸送を開始した。治安の悪化だけは避けなくてはならない。迅速に行う必要があった。手段ならある。クリスのワイバーンたちを使って物資を投下していくのだ。問題はあるが背に腹は替えられない。


 ワイバーンの出現は一時的に王都を恐慌に陥れるが、救援物資と分かればワイバーンの保護があるとして治安が保たれる可能性がある。強大な者が敵ではなく味方と知る。その効果は大きい。

 そしてすぐにやるべきことがもう一つ。これが最も重要だ。ソフィはアリオロスに、プリシラは兄である第一王子に、それぞれ停戦の依頼を送った。


 だが、その結果よりも先に不穏の情報が舞い込んだ。

 メルギド王国が辺境伯、ワグナー公爵との軍事同盟を理由に、王国に宣戦を布告したのだ。

 メルギド王国、アルカニア辺境伯領、ワグナー公爵領。この状況ではオレルネイア王国とゲルニア帝国は戦争状態ということになる。

 三領同盟はこの時よりその同盟をセントラルアクシスと名乗った。

 カイエンの懐刀、オーウェン・ザガード。すべてはこの男のシナリオに沿って時代が動いていた。


 そして後世に語り継がれるセントラルアクシスと言えば、この三領、正確には一国二領だ。


 ゲルニア帝国もオレルネイア王国も窮した。だがアリオロスはメルギド参戦を打開の契機として利用した。皇帝アリオロスはイグナス公爵に反転を命じた。

 同盟関係にあるオレルネイア王国との盟約は現在も有効だとし、その盟約に従い、メルギド王国に宣戦布告したのだ。


 オレルネイア王国はザガ地方の独立を承認するとともに紛争地から撤退した。第二王子は戦犯とされ、王都帰還と共に第一王子によって逮捕された。そして同日国王の退位、皇太子である第一王子の国王即位が発表された。オレオン2世という。


 当然、ゲルニア帝国とオレルネイア王国の二つの国を動かした背後には例の二人がいる。ソフィとプリシラ。


 カイエンもザガードも、相手を過小評価していないし過大評価もしていない。特にイグナスとアリオロスは強敵と正しく認識し、利用しながらも敵対を避けてきた。その上でオレルネイアには人材がいない。戦場における障害としてはゲーリックがいるが、脅威と言えるのは戦場にの中に限った話だ。

 王女とその側近のことなど、眼中にさえなかった。


 王国では政治体制を整え治すとともに、騎士団の再編も行われた。生前のバークレイより転籍願いが出されていたミネルヴァ・ウエストザガが薔薇騎士団に入団した。なぜか新国王オレオン2世が団長を兼務し、ミネルヴァは副団長に任命された。自身の団長就任に関してはオレオン2世が勝手にやったことだが。


 ◇◇◇


 ゼネヴは王女領に入っていた。あと少しだ。王国領ではなくなったザガ地方はこの後ワグナー領に組み込む計画だ。王国はガタガタだ。さらにガイナ公領と辺境伯領はまもなくサークエル領に併呑される。ワグナー領とサークエル領。巨大な領地だ。その支配者こそ黒騎士カイエン。


 そして最後のもう一手。それが王女領だ。王の代替わりは王女独立の機会だ。ここで説き伏せる。ワグナー王朝の建国はもう目の前、見えるところまで来ているのだ。

 あの盗賊もどきの男がついに王になるのだ。ゼネヴはあの日の出会いに感謝する。新たな王朝の創立に立ち会った。

 いや、この男を王にまで仕立てたのは自分ではないか。月も星も真の王を待ちわびている。


 ゼネヴの大きな黒い瞳は希望にキラキラと輝いている。

 そのゼネヴの背後に影が忍び寄っていた。王女領への侵入後、ゼネブは尾行されていた。尾行者はその機会を狙い続けていたのだ。何を思っているのか、警戒が足りていない。今なら至近距離まで接近できる。そして尾行者は彼女の後ろを取った。そして一閃。

 シュバッ

 首筋から血が噴き出る。

 そんな、こんなところで……・。


「もっと早く始末していれば……」

 そう言って女の遺体を見下ろすのはブラドだ。ダガーから女の血が滴っている。彼はワグナー領に向かって先を急いだ。


 ◇◇◇


「ちくしょう、あと少しのところを……」

 口惜しがっているのはザガードだ。王国と帝国の間で停戦条約が成立したのだ。帝国の王国に対する感情は停戦など交渉のテーブルにさえつけない状況のはずだった。


 ザガードにしてみれば帝国は別に積極的に戦ってくれなくていい。ただ、滅び行くオレルネイア王国を傍観していてくれるだけで良かったのだ。


 その状況を十分に作った。だが覆された。プリシラとアリオロスの婚約。一体誰がこの話をまとめた?

 ザガードが無敗であり続けるのは戦場に限った話ではない。赤獅子を斬り殺す剣の腕も有するが、この男の本質はそこにはない。

 勝つために必要な事前工作、或いはその工夫と努力を考え、行うことに怠りの無い男だ。その彼の策があと少しのところで覆された。


 だがまだ諦めない。とはいえ、打てる手は限られている。

 メルギドとの盟約に従い、イグナス領を攻撃する。今できることはこれしかなかった。


 帝国としては内戦にはなるが、公爵は独自の外交権を持つのだから仕方ない。


 メルギドに向かっているイグナス軍の背後をつく。斥候が交替しながらイグナス軍の後をつけて監視している。

 その動きを察知したイグナスがすでに隊を分けて伏兵を用意していることにワグナー軍は気づいていない。


 昨日の友は今日の敵。世の倣いだ。それにワグナーの動向は非常に怪しい。彼こそが戦争の元凶に思える。生かしておいてもろくなことにならない。そして今なら殺せる。

 左右からの奇襲。しかしワグナー軍の混乱は少ない。


 その理由が黒騎士の存在だ。イグナスは真っ先に黒騎士カイエンに狙いをつけた。

 黒騎士の刃は残忍な光を放ち、イグナスの愛馬の首を狙う。イグナスは馬の跳躍で凶刃を躱し、下馬した。


「ワグナー。貴公、ますます剣の卑劣に磨きが掛かっているようだな」

 そう言われたカイエンも馬から降りてニヤリと笑う。

「甘い剣は甘い精神の証明よ」


 対峙する二人に近づく影。全身黒一色、顔も塗料で黒くして闇に同化している。ザガードだ。そのザガードにさらに別の男が不意打ちを仕掛ける。


「チッ……、よく躱したな」

 紙一重で攻撃をかわされた男が一言置いて一旦呼吸で間をとった。その男も黒ずくめの格好をしている。

 そしていきなり黒ずくめはザガードに黒く塗ったダガーを投げた。自分で呼吸の間をつくり、その間で呼吸を挟んだザガードの一瞬の隙を狙ったのだ。

「むう!」


 ガキンとかろうじて受けては弾いた。ダガーが弾かられたのを見て、黒ずくめは態度を変えた。

「ま、待て、あんた、帝国側だろ?俺もそうだ」

 黒くて良く分からないが、笑顔のようだ。二歩三歩と歩みを進め、間合いに入った途端、いきなり斬り付けてきた。

「うおっ」

 それもかろうじてザガードが弾く。弾いたザガートの口元に不敵な笑み。

 人のことは言えねえが、きたねえ剣だ。

 必死なら綺麗な剣にはならない。必死であればあるほど。ザガードはそれを感覚として知っている。


 黒ずくめなおも殺到してしてくる。激しい打ち込みだ。素早い動作で上下に打ち分けて連撃を繰り出す。速いが、とはいえ単調な動きだ。相手の腕の筋肉に振戦現象を起こさせる布石。振戦現象は筋肉の硬直や痙攣が突如発生する不随意運動の一つだ。ある動作を一定間隔で繰り返させることにより引き起こすことがあるが、この黒ずくめはそれを意図的に発生させるコツを知っているようだ。


 後一回弾かせる動きをさせれば振戦現象が起こる。その最後の一回は弾かれずに躱された。単純動作の繰り返しだけに読まれやすい。黒ずくめの男は最後の一撃を躱され体幹が乱れた。その乱れの隙をザガードが突く。踏み込んで、そして袈裟懸けの一撃。黒ずくめは逃れようと身をよじったが、ザガードは冷静にその動きを見切って剣を振った。黒ずくめの体が血を噴いた。

 致命傷だ。その場に倒れ、身動きもままならない。

「言い残すことがあれば、聞くぞ」


 黒ずくめは自分を倒した男の名を尋ねた。

「あ、あんた、な、名前は?」

「オーウェン・ザガード」


「そうか、お、俺はブラド・ゾル。し、死ぬのは怖くねえが、妹、だけが、気がかりだ」

「なにか俺に出来ることはあるか?」


 ブラドは少し考えて、血を吐いて言った。

「サ、サラという、な、名前の女がいたら、そいつは、俺の妹じゃねえかもしれねえが、困っていたら、た、助けてやって、くれねえか……」

「約束しよう」


 ブラドはもう動かなかった。

 ザガードは死体となった男の首からタグのついたネックレスを取った。

 やることが増えちまった……。


 そう思った瞬間、閃光が闇夜を真っ白に照らし、続いてバリバリと恐ろしい音が鳴ったかと思うと、男の上半身だけが飛んできた。その体は地面に落ちた瞬間ボウッと発火した。


 火は握った剣の赤い剣緒に燃え移って黒く焼いていく。

 下の方で仁王立ちの男は七龍剣、イグナスだ。


 こいつは勝てねえ

 ザガードは一目散に逃げ出した。

 なお、余談になるが歴史上この敗戦は黒騎士カイエンの敗戦であり、ザガードの敗戦とは記録されていない。

 それどころか彼がこの日、戦場にいたという記録も残されなかった。


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