第53話 お菓子とおつり
昼近くの王都は賑わっている。大陸のどの街よりも賑やかだろう。こういった空気が経済をさらに回す。
利益と言う概念はそこに巣食っているのだ。
だが全ての人間が利益を得たら、つじつまが合わなくならないのだろうか。割を食う人間がどこかにいるのではないか。
それはもしかしたら大陸の端っこにいるのかもしれないし、この王都にいるのかもしれない。
行商人の大きな威勢のいい声。
りんごを一個一個数えながら袋につめて、渡し、さらにつり銭も丁寧に数えながら用意する。
「ところでりんごいくつだっけ?」
「あ、五個です」
「五個ね……、5か……。えーと、5、6、7……8だから、あと2ギル足りないよ」
古典的なつり銭詐欺だ
なぜか客は引っかかって、余分に金を払っている。
「いつもありがとうね、サラちゃん」
常連客。サラという名の娘なのだろう。そしていつも同じ手口で騙されている。その場にいたレイは状況をそう見た。
「やめとけ」
言いがかりでもつけそうなレイの気配をみてザガードが制する。
「で、でも……」
「ここはそういう世界だ。甘ったれることも甘やかすこともどっちも罪だ。もちろん騙す奴が一番悪いけどよ」
納得の行かない様子のレイだが、しぶしぶ従う。
だがいつの間にかザガードがいなくなっている。
慌てて周囲を探すと、ザガードは先ほど詐欺に引っかかった女に金を渡している。
「これはさっきのお釣りだ。今日だけでなくずっと間違えてたので、その分も入っている。これは神様から俺が言われてもってきたものだから、受け取るんだよ。そしてあの店にはもう行ってはいけない。いいね?」
重そうな袋。それを袋ごと渡した。渡したのを見た。
レイがそのことを王都を離れる際に言うと、
「どうせ俺の金じゃねえ」
としか言わなかった。
数名の護衛と立派な馬車。アヴェロン方面に向かう二人と行き交う。護衛の鎧は見事なしつらえ、馬車も王族の乗るもののように立派だ。
「名のある貴族に違いねえ」
そうつぶやくザガードに対し、馬車の中の人物も行き交う相手を興味深げに見ていた。
(あれは、レイ・アーセナル……)
二人の騎士。そのうち一人は王学の卒業生、レイだ。
もう一人は誰だろう。レイは帝国の公爵家に仕える道を選んだはず。
ならばもう一人も帝国に関わる人間か。
ともかく今はプリシラからの依頼が優先だ。
◇◇◇
「サラに悪い虫がついたみたいなのよ」
プリシラの唐突にそう言われた。
彼女の説明では、王宮からの知らせでサラが伝書梟で誰かと数回やり取りをしたというのだ。その前後に怪しげな男と街中で接触した目撃談も寄せられている。
サラが店先のちょっとした詐欺で小銭を取られるのは、黙認と言うか、いつか自分で気づいてもらうために大目に金を持たせていたのだが、誰かに深く入り込まれて利用されるとなると話は別だ。
「じゃあ、あんたちょっと見てきてよ」
「なしてあたしよ」
簡単なやり取りで王都まで行く羽目になったが、プリシラ本人がやるのでない限り、ソフィ以外に代わりにできるもの等いないのだ。
ソフィは王宮到着と同時にサラに会いに行った。
「ねえ、サラ。今誰かとお手紙のやり取りをしているの?」
「はい、オーウェンさまです」
「ね、その手紙見せてもらっていい?」
「え、駄目です。二人だけの手紙ですから」
それはそうだ。
「もしそのオーウェンさまが悪い人だったら、みんなが困るの。ブラドもプリシラも。悪い人じゃないとわかったらもう邪魔しないから、一度だけ見せて。ね?」
ソフィはあくまで正面から交渉を続ける。それで駄目ならもうサラを信じるしかない。ブラドは激怒するだろうが。
だが、誰であろうと個人の力で抗えない問題に直面することはあるのだ。王女プルシラであろうと。その全てを他人がフォローすることなど出来はしない。ならどこかの段階であとは本人に任せるしかないのではないか。
サラは引き出しから小箱を取り出した。宝石の散りばめられた高価なものだ。ブラドが贈ったものだろうか。
その中に大事そうにしまわれた手紙。
金をもう一度要求されたケースはないか?
相手が間違ったのでやり直そうとしたケースはないか?
彼女への心配を質問形式で連ね、
お金の計算のやり方やお金を大事にする心構えを説き、何かあったらすぐに連絡くれとしつこく書かれている。
サインは名前だけ。オーウェン。
その部分に紙を上から重ねると、サインが紙に写し取られた。魔法を使った複写だ。
「サラ。このひとはきっといい人です」
魔力をサインの上で行使した際に直感が働いた。
サラは満面の笑顔で頷いた。
ソフィはその足で諜報局に向かってサインの照合を命じた。膨大な量からの照合に、折悪しくもっとも詳しいものが地方に出張中だったため、この結果が出たのは三日後。プリシラは報告を受け取った。
《サラとの文通相手は帝国黒騎士配下のオーウェン・ザガード。東リメリア紛争を鎮圧した際のワグナー公爵家の騎士団長。通称、無敗のザガード。文通のやり取り自体の内容はサラへの思いやりが感じ取られ、不審な内容は無かった。やり取りはこの時点で三往復。また出会いはサラに“間違ったお釣りの金額”の埋め合わせを持ってきたのがザガードだったとのこと。なお、王都とアヴァロンの道の途中でレイ・アーセナルともう一人とすれ違ったが、時系列を追えばザガードがアヴァロンに向かった場合、レイと同行しているものがザガードの可能性あり》
プリシラはすでにレイ・アーセナルには監視を付けていたが、同行者はすでにどこに行ったのかレイを置いて居なくなっている。
◇◇◇
やはり王都はいい。アヴァロンの神秘的な自然の景観ももちろん素晴らしい。だが、王都のきらびやかさは心を躍動させるようだ。学生の頃のように平民の服、大好きな王都焼き。黒糖に浸した焼き菓子だ。ソフィはルンルンと軽い足取りで屋台に向かう。
その焼き菓子に手を伸ばす。隣の客も。二人同時に手を伸ばし、手が触れ合った。お互い相手の方を向き、その相手と目が合う。
「あ、あ、どうぞ……」
「い、いやレディーファーストで……」
つつましやかでありきたりのやり取り。
「ではお言葉に甘えて」
「いや、待て。やはり俺が先だった」
相性と言うのかそういうものは初対面でも隠せない。
「な、何よ、いまレディーファーストって言ったじゃない」
「ああ、言った。レディーすなわち淑女。バット、ユーアーノットゥア淑女」
「な、なにを~」
ソフィはぐぬぬとなった。そのソフィに対し男は言った。
「OK,君には俺のこれをタダであげよう。つまり交換条件だ。俺はすぐに王都を出ないといけない。王都にいる友人に王都焼きを渡してから行きたいんだ」
そして手渡されたのは、なんとこの状況でアヴァロンの魔法飴。
「そうなの?それならそうと先に行ってくれればいいのに」
どこかでこの展開を経験済みの気がする。しかしソフィはあっさり条件を呑んだ。
とその時、別の誰かが二人の間隙を縫って王都焼きを先にとって金を払って行ってしまった。
「そんな……」
二人は同時にガクリとなったが、男はしかし自分の言い出した約束だけは守ろうとした。
「これはやるよ。もちろんタダだ」
「気持ちだけで十分。アヴァロンの魔法飴ならいつでも食べれるわ。だって私、普段はアヴァロンにいるんですもの」
「そ、そうだったのか。にもかかわらず、さっきの交換条件を呑んでくれたのか」
二人の間に先ほどまでと打って変わって暖かな空気感が漂う。
「その友人は王都に住んでいるのよね?」
「ああ、そうだ」
「なら、王都焼きはいつでも食べれるんじゃない?」
「そうなのだが、その友人が王都焼きが美味しいと何度も言うのだよ。きっと俺にも食べてほしいのかなと思って、目の前で半分こして食べられたら、きっと彼女も喜んでくれるかと」
こ、こいつ、実はいいやつ……?その顔で半分こてか。
友人は女性のようだ。
「な、なるほど、でも王都住みなら魔法飴のほうがいいよね。魔法飴はもっとあるの?」
「ああ、いっぱい買ってきた」
「じゃあ、それをもって早く行った方がいいんじゃない?話している時間がもったいないわ」
「そうだな、失礼した。先ほどは心無いことをいった。これほど美しいレディに会ったのは、初めてか二回目のどちらかだ。それでは」
どっちなんだよ。しかし男はそれだけ言うと、風のように去って行った。
翌日、サラにアヴァロンに戻ると告げに行くと、サラは両手に魔法飴を持っていた。実はそうかもしれないと根拠なく思っていたのだ。こういう予感はよく当る。
あの男が、オーウェン・ザガード。おそらくサラとは旅をしながら伝書梟でやり取りしていたのであろう。
だからザガードがアヴァロンに行くことは知っていて、そしてどこかの時点でお菓子好きの彼女はアヴァロンの魔法を食べたいと書いたのだ。
そこでトンボ返りに魔法飴を買ってまた戻ってきた。
この推測だって実のところ、根拠は何も無いのだ。
ソフィがアヴァロンに着いた時にはすでに二人はいなかった。遊びながら移動している彼らは、現地の指令部から赴任が遅いと督促を受けていたのだ。
◇◇◇
王立東方司令部の独断だったとも言われているし、功を焦った第二王子の命令とも言われている。いずれにしても先制攻撃をしたのは王国軍だ。
ザガ地方は揺れた。反乱軍。そうレッテルを張られ、攻撃されたのだ。
ザガはやむなく救援を依頼した。その救援依頼を受けたのはマケドニアだ。救援に来たマケドニアにカイエン・ワグナーが共同戦線を張った。当初対話による調停を試みたのがマケドニアだったが、ザガ地方に加担したワグナー軍が王国軍に仕掛けた。先に王国から攻撃を受けたと主張して。
ザガ地方の解放独立。国境付近における紛争をきっかけに当方諸国連合、帝国と王国を巻き込んだ戦争が引き起こされた。
ザガードがワグナー公爵軍東面部隊の司令に就任してすぐのことだった。
新しい司令は打つ手が早い。部隊ではすでにそう評されている。




