第50話 ヒュドラ討伐
ミネルヴァ・ウエストザガはザガ地方の首領連邦の出身、またその家系はザガ地方の大首領の家系だ。その昔林立する集落は同盟や戦争の結果、属国になったり、自ら膝下に入ったり、それぞれの理由で周囲を呑みこみ大きくなった集落がいくつかある。
その一つが西方のウエストザガだ。成長した集落の中でも特に大きな規模の領地と人口を持っており、傘下として他の複数の首領を従えていたので大首領と呼ばれた。王国がザガの首領連邦を国の版図に組み入れる際、男爵位をウエストザガ家に叙爵している。
王国の法律でこの爵位は女性であるミネルヴァが継承できなかった。
ザガ首領連邦自治区と王国の関係はこの数年悪化しており、些細なことでも火種になりかねない状況だ。
そして不穏な空気に敏感な傭兵団や冒険者が街に溢れてきていると言う。
重傷者の行き倒れを偶然救ったクリスとテオドラ、ウルスラ。ザガの森に新たな魔力を感知し、そこを探しに行く途中で見つけたのだ。
彼はテオドラの魔法で一命を取り留めた。
事情を聴くと、ギルドの依頼でザガの森に入ったパーティーで彼一人を残して全滅したというのだ。ともかくもガザの冒険者ギルドまで睡眠魔法で眠らせてから、ワイバーンに乗せて運んでやった。
そこで協力依頼が二人に殺到したのだ。助けた冒険者はギルドで信頼の厚いベテランだった。その男が超一流の回復魔法使いと仲間に紹介したことが、同行の依頼殺到の原因だ。
回復魔法を使用できる魔法使いは全魔法使いの5%程度とされ、非常に貴重だ。
最も熱心に頼んできたパーティーが「オオカミの牙」だ。この辺りでは屈指の上位パーティーであり、名も知られている。
前衛剣士二人に回復役兼任の魔法使い、斥候兼務で戦闘時は後衛を務めるアーチャーの4人パーティーだ。
リーダーは女性、カタリナという前衛。薄く鍛えた金属を重ねて編み上げた鞭を使う。もう一人の前衛がアッシュ。バードという魔法使い、そしてアーチャーのノリス。
冒険者パーティーではメンバー以外に私兵を雇うことは良くあることだ。パーティーと私兵の契約になるので冒険者ギルドは一切関知しない。報酬もパーティーが私兵に支払うことになる。
熱心に勧誘され、結局テオドラが断りきれず、なし崩しに同行が決まった。
状況をまとめると。森の最深部付近に未確認のモンスターが出現した。そのモンスターは外部から来たモンスターで、元からいるモンスターを攻撃し、森からモンスターが出てくるケースが増え、人間に被害が出ているというのだ。
依頼はモンスターの確認。討伐までは含まれていない。
ただし、剥がれ落ちた鱗、羽の一部、爪の一部など証拠品を持ち帰る必要があった。
森の中で強いモンスターと言えば、ブルークレストとリザードアンファスだ。ブルークレストは青いとさかの巨大な鶏。そしてリザードアンファスは毒息を吐くオオトカゲだ。両方Bランクの危険度で、先ず人間は森に近づかない。
森の中ほどでモンスターの襲撃を受けた。
「右前方にモンスター」
最初に気付いたのはテオドラだ。ノリスも確認する。
ヒイッとウルスラが隠れる。ウルスラは戦闘では無力だ。
「ブラックヘアードエイプだ。集団で来るぞ」
群れをなす性質があり、連携を取ってくるので厄介だ。
ギャイン……!
カタリナの金属を編み込んだ鞭が唸った。
ブラックヘアードエイプが血しぶきをまき散らして吹っ飛ぶ。アッシュが斬り込み、背後から魔弾とアローの援護。
数体が仕留められ、群れは散り散りに逃げて行った。
「どう?なかなかのもんでしょ?」
「は、はい、すごいです」
テオドラはその手際の良さを称賛した。
このパーティーは個々の実力に加え、パーティーとしての経験も豊富だ。巧みな連係が経験の深さを感じさせる。だがその時、上空に異変。
いち早く気づいたのはテオドラ。
「逃げて」
ドオンと上から降ってきたのはブルークレストだ。3メートルを超える巨体。地響きを立てて着地した。脚の爪はプレートメイルを簡単に引き裂く。くちばしの一撃は巨岩さえも粉々に出来る。そして羽毛は刃を弾くのだ。
バスッ……。
カタリナの金属鞭エッジドウィップが羽毛に弾かれる。
アッシュがそれを見て斬撃ではなく突きにした。羽毛を潜り抜け胸肉に達する感触。
「コッコー」
くちばしが上から襲った。速い。
「ぎゃああッ」
突かれたアッシュの右肩から先が爆ぜて飛んだ。だが爆ぜて飛んだ肉と血が中空でぴたりと停止し、巻き戻しのように再び肉体の本体に戻る。それを見てクリスは背後を確認した。ウルスラが木の影から顔をのぞかせ、掌をこっちの方に向けている。
そこへテオドラが駆け寄る。上手くブルークレストの背後を取った。背後から魔弾を放って援護。
それじゃ駄目だ。手加減は無用なのに弱い攻撃。一撃必殺の殺気を伴わないそんな魔法は通用しない。クリスは舌打ちしてダッシュでブルークレストの足元を駆け抜けた。
ズズズン……。両足を斬られたブルークレストが転倒する。
その隙にテオドラが重力魔法を使ってアッシュと自分をブルークレストの位置から遠くに距離を取る。テオドラとしてはアッシュの救出が最優先だったようだ。本能的に追いかけようとしたのか、羽ばたいて飛びあがるブルークレストの首がクリスの下から振り上げた剣でボトリと落ちた。首を落とされたブルークレストがまだもがいていておぞましいが、その動きもしばらくして停止した。
テオドラの回復魔法で治療が終わり、アッシュたちは感謝を述べた。
「すごかった。私たちは井の中の蛙だったわ。本当にありがとう」
「いえ、それより進みますか、退きますか?」
そう、その決断が先だ。
正直この二人がいれば先に進めそうだ。だがこの二人がいなければ全滅していた。
「退くわ」
カタリナは潔くいった。
「いや、そう簡単には退かせてもらえないようだよ」
クリスのその言葉の後に轟音と恐ろしい声が響く。
そして巨大なものが頭上を飛んでいき、後方に落下した。
その正体はリザードアンファス。血だらけで後ろ脚も一本無くなっている。腹部い大きな穴が空いていた。
「前を見ろ」
クリスの言葉に一度が前を向く。
蛇が四体。いや……。
「ヒュドラだ。テオドラ、やれるか?」
クリスが言う。
「うん。大丈夫」
テオドラ。
ウルスラはすでに逃げてどこかに隠れている。
「よし、ヒュドラの首は同時に落とさないと再生する。殺す方法は一つ、全部の首を同時に落とす。あのヒュドラは4本だから、たいしたことはない。ボクが陽動するからテオドラが向かって右の二本同時にやって。タイミングを合わせてボクが残りを始末する」
「分かった」
二人の会話が信じられない。ヒュドラは龍種と同様にみなされるSランクのモンスターだ。正規軍数百人レベル相当。
ちょっと待って……。
カタリナがそういう間もなく、クリスが飛び出す。
剣を変幻自在に操り、四本の首を同時に相手している。斬ると言うよりいなすような動きだ。待っているのだ。仲間の攻撃を。その様子を確認したテオドラの手元に光の魔法陣が浮かぶ。
それを確認したクリスが左の首を二本ズバズバっと切断した。
「テオドラ、残った二本!」
「はい!」
ソラリス・イルミナティオンという神聖攻撃魔法だ。神聖魔法の中でも攻撃魔法は術者に代償を求めない。代償を支払わせられるのは、その魔法を受けた相手。神聖魔法の使い手に敵対するということは、それだけですでに代償を求められているのだ。敵対した側に。その光が放たれた。
それは幾条もの光のレーザービームだ。その細い光条に貫かれた傷口は、貫通後にその小さな穴が急激に拡大して、首が爆ぜるように切断された。その命中の瞬間に合わせ、クリスは先ほど斬った首をより根元から切断した。これで四本同時切断だ。
「カタリナさん。任務完了だ。先にュドラに鱗だけ剥がして持っていき、ヒュドラ討伐依頼が出てから首を持っていけば報酬が上がるかもね」
「だ、ダメよ。ヒュドラと報告した時点で騎士団に出動要請が出るわ」
「そう。なら仕方ないね。森の外まで出たところで僕たちはお役御免だ」
世界は広い、あまりにも。修羅場も潜ったし、仲間の死も経験している。だが、こんなのは初めてだ。聞いたことも無い。こんなのがまだいた。いや、その後、聞きまわって知った。
まったくの無名ではない。このうち二人は王都三校交流会の優勝者コンビだ。
学生チャンピオン。学生と侮ってはならない。レベル4の魔女は学生の中から誕生している。
大陸最強の魔女と言われるヒルダはこのテオドラより上なのだろうか。最強剣士と言われる帝国の黒騎士には今見たこのクリスでさえ勝てないのだろうか。学生でさえこの破格の強さ。大陸に名を馳せる大魔法使いや剣の英雄はいかほどの高みにいるのかと、ワクワクする。
カタリナはその後その目で見た事実を戻った街で隠さなかった。魔学の学生三人が、いや実質二人がヒュドラを倒したのだ。
クリスたちの日のうちにもう一度森に踏み込んだ。
そこで発見した次代の霊樹を。霊樹の挿し木を増やしていったことで次代に霊樹も活性化した。強さを増したその聖なる力を発見したのだ。
テオドラの祈りは祝福だ。彼女が祈りを捧げ、霊樹は一層逞しく育つ。聖女の祈りは霊樹の魔力を高めるだけでなく、聖なる魔力へと濾過させる機能を強化する。
その機能の強化の分だけクリスの聖傷が悪化するのだが、クリスはそうと知ってもテオドラの祈る姿に微笑むだけだった。
だがあのヒュドラはなんだったのだろうか。守り神的な意味で、退治しちゃいけないものだったとか?心配になったクリスは霊樹のある森の深奥部を望む山にワイバーンを三頭配置した。人間はこないし、見つかっても軍隊が到着する前に逃げることの出来る場所だ。




