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第5話 宝石箱の秘密

 クリスには習慣的に継続していることがある。月に一度、森の泉で邪気を払うのだ。それは生後間もなく生死の境を彷徨った時からの祈りの儀式でもあった。セバリスは当時からその祈りの儀式の面倒を見ていた。赤子のうちはセバリスが泉の水を甕に入れてもってきていたし、幼少期にはセバリスが泉までの案内と護衛を務めたのだ。


 クリスは知っていた。ホムンクルスである彼は、そうしないと血の腐敗によって命を縮めるのだ。セバリスから教えられた奇跡の泉。大昔の魔力が残る泉だと言う。魔神大帝の皇太子が暫く住んでいたとされる地だ。その思念は魔力なって今も残る。


 明日は王立王都子弟学院、すなわち王学の入学試験だ。万全を期して泉で血の腐敗を浄化した。そこへどこかへ消えたはずのセバリスが現れた。セバリスはクリスが定期的にここに来ることを知っている。月の満ち欠けで魔力濃度が変わるから、来るタイミングもある程度予測がつく。


 王立王都子弟学院はもともと王族を中心とした貴族の教育から始まっているので宮廷作法や歴史を重視する。学科は簡単だった。実技も適当に手を抜く。剣と魔術素養だ。昨日セバリスから習った通りに。


「目的と手段を混同するな。力をひけらかすな。守るべきものを身近に持つ幸福に感謝しろ。ソフィでさえ、力を隠している。お前、力をひけらかして呆れられたことはないか?」

 思い当たる節があった。


「お前の力などソフィからすれば大したものではないのだ。そんな奴らがごろごろいる。力を隠しておけ。ひけらかす程度の力など本物たちから見れば軽蔑の対象だ」


 やはり姉は力を隠していた。自分をはるかに上回るのだという。セバリスことシグルドの言うことだ。本当なのだろう。シグルドは去り際にセバリスは偽名で、本名がシグルドであることをクリスに告げて行った。

 わざわざ現れた理由。本当に言いたかったのは本名のことかもしれないが、しかしクリスは疑うことなく素直に従った。

 剣をふるうだけの実技はあくびが出るような遅さで振り、盥に手を入れる魔術素養とやらでは思い切り魔力を押し殺した。

 結果は合格だった。


 クリスは一層技能を鍛えた。目に見える、目視で追える程度の力など、所詮は大したものではない。

 もっと強く、もっと速く。魔剣「蜉蝣」は闇を裂く。400年前飛竜の翼骨と被膜を材料にした魔剣だ。帝国はかつて一度はそれを手にしたことがあるが、しかし真の価値に気付かなかった。


 剣としてもっとも価値の高いものはアダマンタイト製、次いでオリハルコン製、ミスリル製の順だ。そのいずれにも該当しない真の魔剣。クリスは本物の魔剣の真価を発揮できていた。


 翌日、領内の巡察から帰ってきたゲーリックに言葉を掛けられた。沈むまでの時間がひところより随分伸びて、傾いた太陽が庭園のラベンダーを染めている。紫色と茜色のグラデーションが広大な公爵邸を美しく彩っていた。

「クリス様、大学の試験はどうでしたか?」

「いちおう合格だそうです」

「ちょっと剣をふるって見せて下さい」


「う、うん……」

 面倒くさそうに手を抜いて渡された剣を振る。

「むう……」

 ゲーリックは唸った。


 名剣リグラム。柄に獅子の彫刻。赤獅子の異名の元になった名剣だ。見た目よりずっと重い。振った剣はまるで鋭さが無く、一見平凡だが、剣が剣の持つ自重とのまま、重力の引かれるまま余計な力が加わることなくすっと地面に迫る。そしてビタリと停止。いささかの揺るぎも無い。


「クリス様がなぜ全力で振らないかは分かりませんが、その腕なら将来王国騎士団入りも叶いましょう」

 ゲーリックはそういって去って行った。


 セドリックが死んだ今、王国最強と称されるのは公爵家の赤獅子騎士ゲーリックだ。この後も彼は最強と呼ばれ続ける。


 ◇◇◇


 武大こと王立武官師範大学の生徒、アリオンはアヴァロンに向かっていた。アヴァロンに来るのは二度目だ。最初の訪問はひと月前。交流会でのお礼を言いにだ。


 その時、学院の中で会った少女に言われた。

「胸が苦しくないですか?」

「ああ、体力が無くてね。すぐに息が切れるんだ。」

「体力じゃないです。それはあなたの胸に病気の痕で穴が空いています。私は見返りなしに治せます。」


 見返り?謝礼の事か?

 良く分からないが、少女に興味がわいたので詳しく聞くと、病気由来の傷が胸に残っており、息苦しくなること、傷は塞がっているが穴が残り、治癒魔法では治せないこと。このような場合は代償が無いと治せないことがあるが、代償なしに治せそうだと言うこと。


 アリオンはこの症状で教会や医師に診てもらっているが、治ることは無かった。大昔、奇跡を起こして人々を治癒したと言う聖女のイメージが少女に重なる。ここは神話における聖女生誕の地だ。


「直して下さいませ、可愛い聖女様」

 アリオンは膝をついて少女に頼んだ。暖かな気配がアリオンを包み込み、そしてその後アリオンは息切れの症状を自覚していない。身体も良く動くようになった。アリオンは感動した。奇跡だ。


 宝物庫に神聖だか何だかという失われた魔法だけを強化すると言う役に立たないマジックアイテムがあった。それなら勝手にあげてもいいだろう。そして単身日を改めてお礼に来たのだ。


 アヴァロンは既に高度警戒態勢に入っていた。魔力探知技術を使い、侵入者を探る機能がある。数百年前からの途絶えぬ技術だ。どうやら100人ほどの間者が侵入している。先月来た武大生徒を囲むように。


 武大生徒には特に問題ない。先月も来ている。今回も正規の手続きを踏んで学院に向かった。

 学院長室に通される。


「アリオンだね。また来たのかい。転校してくるかね?こっちは大歓迎だよ」

 この子は魔術の才能もある。そう見ていた。だが、先月とは精気が違う。メラメラと内側から炎が立ち昇るような、そんな気配だ。

「このひと月なにかあったかね」

「ええ、それが……」


 アリオンは学院内であった少女の話をした。

「お礼を言いたいのです。ただその子が誰なのか……。生徒さんだとは思うのですが……少し左足が悪くて、でももし広場の聖女像が人間に化けたらあんな感じになるような……、んん、何というか……」

「ふむ……。テオドラはいるかね?」


 学院長は職員にテオドラを呼ぶよう言った。

 果たして、アリオンは目的の少女に遭えたのだった。

 その後の経緯を報告して喜ぶアリオンに、また少女も満面の笑顔で応えた。

 学院長であるアレクシアはアリオンとひ孫のやり取りに微笑みながら、しかし一段低い声で言った。

「アリオン。この件は少しわけありでね。他言無用をお願いできるかね?」


「ロストスペルの復活。そりゃ、こちらも分かっていますよ」

 学院長アレクシアが警戒を露わにする。ロストスペル、喪失魔法だと?何者?

「今いるのは学院長、テオドラ、そしてボクの三人ですね?」


 逆に念を押してアリオンは言った。

「お互い今日のことは他言無用。いいですね?」

 そしてお礼と言ってネックレスをテオドラに渡した。なんだか分からず受け取ったのを確認すると、アリオンは急いで去って行った。


「ああ、このネックレス暖かい……」

 魔道具マジックアイテムだ。魔法を付与したマジックアイテムは製造技術が失われており、貴重なアイテムだ。

「貸しな」

 アレクシアは唸る。


 魔力回復効果があるがそれだけではない。もっと秘められた何か。分からない、だがすさまじい魔道具に違いない。

「魔道具だよ、どんな効果があるか分かるかい?」

「魔法が強くなる……」

 アレクシアは首をひねった。


 そんな効果は感じられない。もしかして……。

 魔法強化ではなく、神聖魔法強化なのか!だとしたらアリオンは何者なのか。アリオンが去るのと同時に間者の気配は消えた。100人跡形もなく。


 ただの武大の生徒ではない。交流会武技優勝の実力者だが、その程度の基準に収まる男ではない。きっともっとすごいやつだ。


 初対面のテオドラに身を預ける度胸。少女の言うことを信用する器量。そして魔法が何たるかを知るかのような返礼品。確かにあの男は喪失魔法と言ったのだ。そしてそして、その返礼品は国宝級?聖遺物?それを惜しげも無く。その価値を知り、帝国の国庫にあっても宝の持ち腐れと知ったのか。だとしても感謝を素直に表現できる人柄、行動力。100人の間者はきっと護衛だ。魔力感知でようやくわかるほどの腕利き100人の護衛。


 だがオレルネイア王家の人間ではあるまい。王家にそんなのはいない。


 となれば帝国の上位貴族か。帝国と王国はそれぞれ同族の兄と弟が興した国だ。兄が帝位を名乗った際、弟に領土が割譲され、皇帝の臣下として王位が叙位されたのだ。形は臣下だが仲のいい兄弟で、国同士の関係は従属と言う形ではなかった。文化も言語も同一の国家。友好的対等同盟という仕組みでいまも兄弟の思いは形になっている。


 それでも王家に関係深い王立子弟学院や魔術学院に帝国貴族が学ぶことは例が無い。ただ、武大ならあり得る。


 その設立の地はかつての帝国領で王国に割譲されたものの、ザガ首領連邦自治区として当時の現地の民族とその族長を最大限尊重した地にあった。帝国騎士団と土地の民族の間でいざこざがあり、当時の皇帝は独立と王家の庇護下に入ることを提案した。王家の庇護下になることにより、帝国からの侵略の可能性は低くなるし、独立も果たせる。彼らは皇帝の提案に感謝した。


 王国は王国でこの地の扱いに気を使い、帝国から武官の派遣を求めたのだ。そして創立時は帝国の引退将官が教授を務めていたため、教育内容にその名残があり、将来の騎士団、士官候補との交流の場にもなる。


 民族と帝国、王国。この地の置ける融和はまずは武と軍事の研究という共通の目的を共有したことにより成功に辿り着く。その成果の一つが王立武官師範大学だ。アリオンは帝国出身かもしれない。それにあの覇気……。帝国には人材がいる。アレクシアは結論としてそう思った。


 だが後日その考えを少し修正しなければならなくなる。

「ネックレスの箱、夜明草が刻んでありました……」

 テオドラの報告。

 なんだかニマニマしている。


 夜明草は姿形がスズランによく似ており、月明かりの無い新月の夜中に発光する。帝国皇帝は王家王族に比べてはるかに自由だ。


 いつかの皇帝が平民を妃に迎えると言い出して聞かず、その女に必ず迎えに行くと約束して彼女に渡したのが夜明草だ。たとえ闇夜であってもあなたの居場所が分かりますように。


 皇帝は律儀に約束を果たし、その女が後の尊称「賢母后」にして中興の賢君アレクサンドロスの母だ。以来、夜明草は帝国皇后の象徴となっている。


 その箱をみてアレクシアはため息をつく。名のある細工師の仕事だろうか、極めて精緻な彫刻だ。

 そして裏蓋には円に火龍。火龍は帝国皇室の紋章だ。このことはアリオンが皇帝家に関連する人物であることを示す。口が裂けてもこれは口に出せない。

 だけど……。

「テオドラ、次回の交流会に参加してみるかい?」

「はい、学院長!」


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