第49話 新人騎士
メルギド王国。その名の由来は浮遊都市メルギド・アクロスからとったものだ。
仮の王はカーミラの血の術で操られた傀儡だ。有力者を軒並み血の傀儡にし、クーデターを成功させたのだ。血の傀儡たちは言うことを聞く半面、自発的な能力に欠ける。
このため、実務面は新しい多くの人材を抜擢する必要があった。
新体制になって他の国からの外交団も来る。アルカニア辺境伯もそんな各国の一つだ。
辺境伯の廷臣、ゼネブ・カルネア。カーミラはこの女の使者だけは他と違うと感じた。この一行は海を船で来た。
「北の海は荒れます。たいそう難儀されたでしょう」
「ふふ。しかし私たちは海さえ超えれば隣国も同然ですね。手を組む価値はあろうかと」
ゼネブが柔らかい笑みを湛えながら、しかし野心の宿る瞳でそう言った。
大きな船さえ作れれば兵員輸送も可能となる。メルギド・アクロスの知識と技術さえあれば何とでも出来るのではないか。
それに今は交易相手が欲しい。海路を利用した交易ならすぐにもでも出来そうだ。陸路では遠く、他の領地を通る必要があるが、海路を利用すれば両国は直接往来できる。
こうしてメルギド王国とアルカニア辺境伯の間で南北同盟が締結された。さらに10日後、再びゼネブが高名なワグナー公爵の使者を連れて訪れ、メルギド王国、ワグナー公爵領、アルカニア辺境伯領の一国二領相互協定が締結された。
後に相互軍事同盟体セントラルアクシスに発展するその原型だ。
◇◇◇
締結を終えたクレッガーはゼネヴの船に乗り込んだ。
「上手くいったわね」
「ああ、しかしお館様は世界戦争でも起こすつもりかね」
「最終的にはそこまでいくかもね。でもまだ準備が足りない。王女領はどうなっているのよ」
本来であればアルカニア辺境伯、ワグナー公爵カイエン、そして王女領の三領同盟のはずだった。
それが政争を利用し、メルギド王国を同盟に入れたのだ。
従って四領同盟が次の目標であり、これが成立すれば当初の計画を大きく上回る成果になる。
「それがよ、王女はその気はねえようだ」
「じゃあ、なんであれだけ富国強兵政策を進めるのよ?優秀だと言う執事が勝手にやっているのなら、そいつが謀反を起こすように仕向ければいいだけでしょ?」
ゼネヴはもどかしそうに言った。
カイエンとまともに戦えるのは帝国しかない。
オレルネイア王国はトップが無能なうえに、最近アルカニア辺境伯とガイナ公の紛争に介入し、その結果、数少ない優秀な戦力を失った。
帝国とは戦わず、まずはオレルネイア王国を手に入れる。そのためには傀儡として利用できる王族が必要だ。継承権の無い王女は特にいい。
婚姻してそのあとにでも始末すれば王位の継承権も容易く手に入れることが出来よう。
クレッガーはゼネヴを恐ろしいと思う。以前は冒険者だか傭兵だか盗賊をやっていたという。
所属していた組織がカイエン・ワグナー公爵に襲われ、頬の傷はその時公爵につけられたものだ。その時、治癒魔法を使えるものは近くにいなかったし、高価なポーションも無く傷が残った。
だが今ではこの傷は彼女の勲章だ。
クレッガーの認識はそうなのだが、彼女はカイエン以外には言っていないことがある。
ゼネブは当時、オレルネイア王国外務省情報庁暗部、黄色のミツバチ隊の密偵として、王国帝国にまたがる大規模盗賊ギルドにスパイとして潜入していたのだ。
帝国のアジトでカイエンによって組織が殲滅されるその日まで。
カイエンに敗れた彼女は身分を明かし命乞いをした。諜報庁に所属する彼女はカイエンを一目見て正体を見破ったのだ。以前も見たことがある。この男はただの盗賊ではない。高名なかの黒騎士だ。
「黒騎士公爵様、わたしは役に立ちます。ですから……」
公爵本人でありながら僅かな配下と共に襲撃してくるその異常さ。そしてその強さ。細身の剣が煌めきそのたびに血煙が舞った。
仕えるなら今の上司ではない、この男だ。それは本音だった。
彼女は今も諜報庁に籍を置いている。紛争地アルカニアの潜入捜査。二重スパイだ
。もちろん全ては敬愛する君主、カイエンのため。あの野心家に天下を取らせる。
それを彼女は天命と信じて疑わない。
◇◇◇
アイシス教皇暗殺に始まる帝国の内戦、王国領内の南方貴族紛争、そして北方ベルガドのクーデター。動乱の一年だ。このような情勢で騎士団の責任は重い。
いま騎士となった諸君。君たちは王の盾、国民の剣。今からなるのではない。もうすでにそうなのだ。
新人騎士に対する王国第一騎士団団長の訓示はおおむねそのような内容だった。
騎士団の剣を代表者が受け取る。第一騎士団の金色の鎧に緑のサーコート。煌びやかな軍装に身を包んだ細身の身体。黒いロングストレートを束ねた剣士が壇に上がる。
在学中は武大初の女性生徒会長を務めたという新人だ。ここ数年の新人の中でも最も注目される一人。
噂の美貌はしかし、噂以上だ。
金の細工が施された鞘の剣を受け取り、かざしてみせた。次の行事が模擬戦だ。
今年はわざわざ王都騎士団以外から模擬戦のために剣士を呼んでいる。王国最強の呼び声高い赤獅子騎士ゲーリックだ。
赤い鎧、巨体。凄まじい威圧感。見ている新人騎士も自分が戦うわけではないのに怖気づく。
ふふ……。
分かる。
ついこの間まで自分があの立場だった。絶対的な強者。挑戦者を睥睨する逆転不可能の存在。一年間、その立場を守り通し、今日、逆の立場で舞台に上がる。
赤獅子が手招きしている。打ってこい。そう言っている。
この模擬戦。通常は王都騎士団の騎士団員が相手をする。ほぼすべて現役の団員が勝っているが、過去に新人が勝利した例がある。赤獅子は公爵に使える以前は王都騎士団に所属していた。過去に勝利した新人とはゲーリックの事だ。
遠慮は不要。
カッとミネルヴァの木剣が走る。予想をはるかに超えた鋭い一撃。かろうじてゲーリックが受けた。新人、しかも女。
その認識でいたゲーリックは思い違いをしていたことに気付いた。
渾身の力でブンと剣を振るうと剣圧で砂埃が舞った。防具の上からでも人を殺し得る一撃だ。その一撃を躱したミネルヴァも表情を変えている。
しかしそれは恐怖にひきつった表情ではない。今のは威圧だ。当たらなくてもいい。
相手の心理に恐怖を張り付ける。一度恐怖が張り付けば足が竦む。竦んだ足は、その場を離れぬ限り、解けない呪縛に変わる。
あのブラド・ゾルを思い出す。確かな剣筋。あの男の剣も淀みが無かった。威力ならブラドを凌駕するだろうが、威力で言うならアリオンの奥義の威力はもっとだ。
イグナスの速度と精緻はゲーリックのさらに上をいくし、クリスのような剣の神秘も感じない。
ここまで赤獅子の剣に驚くような要素はない。全てがこれまで見てきたものの範疇を超えていない。ゲーリックの連撃が切返しのように襲った。一発目をカツンと弾き、二発目は躱した。
ゴンっと鈍い音。ミネルヴァの木剣が赤獅子の胴を打つ。ゲーリックはしかしさらに剣を構える。おそらく骨折しているはずだ。多量の汗をかいている。ミネルヴァは剣を構えたが戦意は既にない。
「そこまで!」
両者剣先を向け合って対峙した瞬間を見計らって審判をしていた第一騎士団の副団長が声を上げた。ゲーリックのメンツをつぶさないようにギリギリの配慮。
しかし勝敗は誰の眼にも明らかだった。
マグレ勝ち。当初はそうみなす声もあった。
しかし彼女は入団後三日目にその声を打ち消した。王都大路で殺人事件。犯人は女性を人質にとっている。騎士団が到着した時には犯人の首は胴体から離れていた。
見ていたものの証言があった。女剣士が近づいたかと思うと、一刀で首を飛ばしたのだと言う。
その女剣士こそ非番で偶然その場にいたミネルヴァだ。
◇◇◇
「申し訳ありません。犯人は人質の首に巻きつけた腕で喉元に刃物を当てていました。仕留めるにしても反射が起これば首が斬られる可能性があります。首から上を飛ばせばその心配がありません」
ミネルヴァは騎士に対し、今回の処置、またその理由を説明した。
「君は、人を殺したことがあるのか?」
「いいえ。今日が初めてです。恩人に、騎士になるなら、死ぬ覚悟じゃない。殺す覚悟が必要だと言われ、その覚悟を毎日練って過ごしてきました」
「今日が、か」
「はい。もちろん今日だけで済めばそれに越したことはありません」
「君は剣の上ではお父上を越えるかもな」
「あなた様は?」
騎士は名乗る。薔薇騎士団団長代理アルバート・バークレイ。お父上の部下だったものだと。薔薇騎士の団長は空位になっている。彼が実質的な薔薇騎士団のトップだ。
「バークレイ団長代理、改めまして第一騎士団所属、ミネルヴァ・ウエストザガです。しかしお教えください。剣の上では、とは?」
バークレイは少し考えて、それから口を開いた。
「例えばお父上であれば、先ずは説得を試みられた。先日の模擬試合でも相手の名誉を最優先させただろうと思うのだ」
そうだろうと思う。心に余裕があれば出来ることだし、その余裕は必要なことのだ。
だが今はそれが無い。無ければ今あるもので埋めるしかないのだ。状況の方は、ミネルヴァが余裕を持つまで待ってくれはしないのだから。
「私は多くのことを間違っていると思いますし、またどこかで間違うかもしれません。でも躊躇って行動の機会を逸することにはしたくありません。行動だけが未来を良い方向に向かわせるのだと信じています」
つまりは見送って何もしないことの方が総合的には良くない結果を招くと言いたいのだろう。
総合的にはそうだとしても部分的には明らかな失敗を招くケースもある。そして大人の社会では得てしてそれが致命傷になるものだ。
だが。
この新人剣士はそうはならない気がする。結果的に良い結果をもたらす存在。そういう存在は理屈では説明がつかない。




