第48話 希望の光
ウルスラの故郷で事件が起こった。北方ベルガド首領国だ。といっても彼女は街中には住んでいなかったのだから、故郷とまでは言えないかもしれない。
彼女の故郷に最も近い街で事件は起こった。ベルガド首領国の首都ベルガド。
神官カーミラが殺されたのだ。北方ベルガドの聖堂の長官で王都で言えば魔術省のトップのような存在だ。すなわち要人暗殺だ。犯人はすぐに捕まったが、殺されたその神官が生き返ったと大きな噂になっている。
そして数日後に内乱が発生した。君主一族は全員処刑され、新たな君主が王を名乗る。メルギド王国の建国だ。国教の変更がなされ、司祭が定められた。司祭は死んだはずのカーミラだ。彼女の信仰は、新国教と同じ天人信仰だ。
◇◇◇
「アクセル。いよいよね」
金髪の男にそういうのは半魔カーミラだ。その先に天人の末裔アクセル。天人である彼らは魔王を復活させることが出来るのだ。カーミラは彼にそう聞いた。
南の魔王ネプラカーンと並び立った北の魔王、エキデルナの復活。カーミラはその夢に酔っている。
アクセルとカーミラの出会いはほんの一月ほど前だ。北方の魔人たちの中で一番若いウルスラは故郷を捨てた。自分たちは滅び行く存在なのだ。足掻いてみたところでどうにもなりはしない。
いっそカーミラは彼女の持つ魔力で人間を操って人間同士を争わせようかとも思うが、別に彼女は誰かの不幸を望んでいるわけではないのだ。
彼女は一言で言えば公明正大。市民の畏敬を受ける神官だ。北方ベルガド首領国。この国では神官は裁判の責任者でもある。神事を司る神官は神の代弁者。
そして罪の有無、あるいは罰をあたえるかどうかは神がお決めになる。
◇◇◇
そのカーミラの元にアクセルがやってきたのが一月ほど前。
「あなたは魔人ですね?私はあなたの仲間と戦闘になり殺してしまった」
神殿に来たアクセルと名乗るその男の言葉だ。
「な、何のお話しか、分かりません……」
たおやかなふるまいでカーミラは答えた。そうしながら注意深くアクセルを観察する。貴族の雰囲気を持つ碧眼金髪の好青年。そんな印象だ。
カーミラやウルスラ、この地方の半魔は魔力の感知に敏感だ。
隠そうとしているが僅かに魔力を感じる。人間の血が濃い半魔だろうか。
始末する……。
カーミラはただ平穏に暮らしたいだけだ。この男はその平穏を壊しに来た。つまりは害悪でしかない。
街を抜けた街道。夕暮れ時に往来はない。男の足元に蛇が忍び寄る。蛇のようで蛇より早い。足元から一気に体を駆けのぼり、男を締め上げた。
「く……」
蛇に見えたそれは液体だ。
赤い液体。血の匂い。
「し、神官さま……」
首をひねってかろうじて視界に神官の姿を確認する。
背後からゆっくりと歩いてきたその女性は男の首筋に咬みついた。
カーミラはやがて男から離れ、血の呪縛を解除する。男が地面に崩れ落ちた。
「立て」
カーミラの声に男が立ち上がった。
「目的は何だ?」
そう聞かれれば答えるしかない。
血を吸われた男は半魔カーミラの眷属にされたのだ。だが答える代りに男の顔に笑みが浮かぶ。
「カーミラ。私たちは敵ではないのです。あなたの仲間は問答無用で襲ってきた。だから戦うしかなかった。話をしましょう、カーミラ」
「お、お前は……」
操血の術が効かない相手。人間ではない。純度の高い魔人か。
いや、こいつが話しに聞いた例の天人かもしれない。先日天人に関する情報がカーミラの元にもたらされていた。天人がこの地に来ている。リオンさんとベスタさんが殺された。カーミラも気を付けて、と。
カーミラにも予備知識がある。天人とは大昔、水に飲まれた地上を捨て、天空に住処を求めた神人の末裔たちだ。魔人を作った彼らは自分たちに似せた作り物の魔人を凌駕する魔力の持ち主だという。血の眷属にできなかったのも彼が魔人を超える存在だからではないか。
カーミラの表情の焦燥と戸惑い。そのカーミラの前でアクセルが両手を広げる。
「もう一度言います。私たちは敵じゃない。私に敵意はない」
カーミラはともかくも話に付き合うことにした。魔人なら殺し合うべきではないし、天人ならそれはそれで興味もある。まず何者か知りたい。それが二人の出会いだ。
仲間二人は死んでいた。埋葬されたのを掘り起こした後がある。アクセルが言った通り、彼が殺したのだ。問答無用で襲いかかった。自分だってそうしたのだ。仕方のないことかもしれない。但しそれが本当ならだ。
いずれにせよ、これでもう残る仲間はたった一人、故郷を捨てたウルスラだけだ。
いつか来る日。ずっと前から知っていたのだ。どういう形になるにせよ、その日はやってくる。
それが今日だったと言うだけの話だ。
「あなたには仲間の仇を討つ権利があるかもしれない。だがしばらくは待ってほしい。こっちだって必死だった。お互い必死の結果に過ぎないのだから。どうするか決断するのはもっと後でもいいはずだ」
二人の死体を前にアクセルが言う。
「それで。あなたは何者なの?」
「滅び行く種族の一つ。その意味ではあなたたちにも近い」
「半魔じゃないの?」
魔力は感じるけど同族ではない気がする。やはり天人とやらか。
「半魔ではありません。人間やあなたたちが天人と呼ぶ存在です」
魔人を作り出した存在。地上における最初の知性。そして人間が急激に人口を増加させ、一方魔人たちが数を減らす中、人間や魔人の世界から隠れるようにして姿を消し、いつしか滅んだはずの存在。
「ほ、本当に居るのか、ウソではないだろうな」
攻撃が通じない相手である以上、戦闘は一旦避けるつもりのカーミラだ。
「居ます。私たちは魔人たちと違い、人間と交雑してまで血を残す選択をしなかった。少なくとも今残っている者たちはそうしなかった。その結果、僅かですが、純血が生き残っているのです」
「な、仲間がいるのか」
「はい、いるのです。カーミラ、会ってみますか?」
カーミラは頷いた。
言い伝えにあった。いずれ滅びの日がくる。一度滅び、そして蘇る再生の日を迎えるのだと。
滅びの日に向けて人間たちの視線に怯え、希望を見いだせずに過ごす日々。ウルスラが飛び出したと聞いても仕方のないことだと思った。たとえ一時的でしかなくとも人間の生活になじむふるまいを教えたのはカーミラだ。
だが、そんな日々は終わるのだ。アクセルに連れて行かれてそこで見た光景。眼下に広がる人間の大地。その場所は上から見下ろす天人の島だ。浮遊都市メルギド・アクロス。都市とは言ってもほぼ全域が廃墟だ。誰かの住んでいる気配がない。
◇◇◇
しかし島の中央、一番高い位置に建てられたこの神殿には生活の気配がある。一部が住居空間として活用されているのだ。
10数人の住人。彼らが天人だ。
最初の知性にして魔人を作った存在のその末裔だ。島は宙に浮かんでいるし、そこに人が住んでいる。おとぎ話ではない。全部目の前の光景だ。
「魔人を作ったのは天人と聞いたわ。本当なの?」
「本当ですよ、魔人を作ったのは私たちの先祖です」
そうと聞いてカーミラは核心に踏み込む。
「い、今でも作れるの?」
「作ること自体は可能です。ですが、そのことが過去に天人の衰退を引き起こした……」
「で、でも、あなたは最初に会ったとき、私たちは敵じゃないって言ったじゃない」
カーミラの想いが言葉に滲んで出る。
彼女の求めるもの。それは魔人が多く暮らせる社会だ。
「そうですね。私たちは敵じゃない、ですが、人間はどうですか?もし私たちが地上で幸せに暮らすなら彼らと戦って居場所を奪うしかない」
確かにアクセルの言う通りだ。彼らとは同化できないし、先祖たちは彼らと居場所を奪い合い、そして敗れて駆逐されたのだ。
仲間二人を殺したのはこいつらだ。だが、今は手を組むべきではないか。滅び行く定めの種族。定めに抗うにはこいつらに頼るしかないのではないか。
「必要なら必要なことをする。当然でしょ?」
カーミラの瞳に移るのは希望の明日だけ。暗く沈みゆくだけだったはずの落日が、突如朝日となって昇り始めたのだから。




