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第45話 ジレンマ

 一拍子雷斬り。その秘剣を返され、交差した剣が根元から折れた。

「今のは腕の差じゃない。剣の差だ」


 クリスの言葉で、ミネルヴァはグリップだけになった剣をもったまま、はっと我に返った。

「ただ、剣筋は素晴らしかった。あれならきっと相手も死んだことに気付かない。腕を上げたね。さ、送っていくよ」

 日が暮れるとアヴァロンは魔の気配が濃くなる。


 昼間は普通の人の往来があるから気付きにくい。だが日が沈めばすぐに分かる。ここは魔境だ。目の前にいるワイバーンを操る人物が魔物でなくて何だというのか。

 彼に人間の技は一切通用しない。


「ねえ、クリス。やっぱり君、顔色が良くないみたいなんだけど」

 ミネルヴァはやはりこのことははっきり言った。どうしても気になる。本人の自覚はどの程度なのか。治療を行っているのか。


「王都で一緒にパンケーキを食べた日。ボクの目的を話したのを覚えている?」

「え、ええ」

 魔学でやりたいことが見つかって転校した。だがその具体的内容までは聞いていない。


「テオドラは今は途絶した神聖魔法の使い手なんだ」

 優勝した身体の不自由な子。あの日、一緒にパンケーキを食べた。そうだったのか。


「魔法の事は良く知らないけど、凄いことなのね」

「そう。神聖魔法の使い手を聖女と言う、女性しかいないから聖女。そして聖女を狙う魔人がいるんだよ」


 なんとなくミネルヴァにも分かった。

「その魔人からテオドラさんを守るため?」

「そう。魔人は古いことわり。聖女とは相性がいい。ボクはことわりから外れた存在。聖女と相性が良くないんだ」


「ど、どういうこと?」

 ことわりから外れた存在というのは分からないでもない。では何なのか?人じゃないとか?

「ボクは魔人の錬金術で生み出された人工物なんだよ。ホムンクルスって聞いたことない?」


「ほ、本当に……?」

 口を押えるミネルヴァ。クリスがウソをつくとは思えない。

「そ、それが原因?」

「うん。彼女の神聖な魔力と相性がね……」


 彼女のそばでは聖傷を受ける。神聖な魔力を影響下でホムンクルスの彼はダメージを受けるのだという。この地方に霊樹という魔力の樹があり、その樹が弱っていた頃は大丈夫だったが、樹が回復すると、テオドラの影響を受けるようになったのだと言う。


 ハリネズミのジレンマのようなものだろうか。それでも彼はテオドラのそばにいると言う。


「みんな知っているの?」

「いや、君だけだ」

 ミネルヴァはもう言葉を継げない。代わりにクリスが説明を加える。

「テオドラと君には強い結びつきがある。そう感じるんだ。一番結びつきが強いのはボクの姉ソフィ。僕も強いけど反発がある。本来の運命の結びつきにいなかったはずの人工物に対するペナルティかもね。そして、君は姉の次にテオドラとの結びつきが強い」

「だとして、どうすればいいの?」


「知っていて欲しいだけ。知った上でどうにかしなきゃならない時、どうするかの参考にしてほしいだけ」


 そう言われても困るのだが困るとも言いかねているうちに、武大の校舎が見えてきた。

 とりあえず今は胸のとどめ置くだけでいいのだろう。

 ミネルヴァにはミネルヴァのすることがある。今はそのことが優先だ。


 ◇◇◇


 北方ベルガドには天人信仰がいまも残る。

 天人は最初の人類だ。最初は神人と呼ばれた。魔法を使い、その魔法で魔人を生み出し使役した。しかし洪水が起きて、一部の神人の貴族は空中都市を作って逃れ、あとは水没した。

 その空中都市に逃れて生き残った神人を天人と呼ぶのだ。


 神人より抵抗力が強かったのか、地上に残された魔人の中にも生き残りがいた。或いは神人にも生き残りがいたかもしれない。彼らは天と地とで生きる境界を隔てた。隔てながらもそれぞれ生きて年を重ねていった。


 天人は地上への影響を行使し続けようと試みた。主と従の関係は途切れていない。天人は依然、地上に住むものの主だ。水が引いて再び地上に戻る日の用意のために地上の彼らの命令を下す。

 その過程で魔人の中に反乱を起こすものが現れた。


 魔力が失われ、寿命もうんと短い存在。それが反旗を翻した魔人に訪れた運命だ。天人が与えた反乱者への罰。叛乱を起こした場合に発生する保険。もとは魔人だった彼らは、その瞬間より魔力を喪失し長く生きることは出来なくなった。すぐに滅ぶだろうと思われた。しかしそうはならなかった。寿命の短い彼らは繁殖意欲が高く、また魔力を失った不便を埋めるように様々な道具を生み出し巧みに操った。やがて水が引き、天人の一部が再び地上に降り立ったが、いつしか全滅した。


 争って敗れたのではない。環境の違いに適応できなかったのだ。彼らは自滅した。

 種族として衰退したという意味では魔人も同じだ。初めは少数しかいなかった人間は、力も無く、生存競争の相手にはなり得なかった。

 しかし性別問わずに恐るべき繁殖意欲をもつその劣等種族は、魔人とは比較にならない速度で人口を増やし、魔人よりはるかに速いサイクルで世代交代を繰り返した。人間はいつしは人口と工夫で魔人を圧倒し、その居住域を奪って行ったのだ。そしてある時から世のことわりに変化が生じた。魔人と人間。その両者の間で子孫が誕生したのだ。このことは魔人の種族として衰退を一層早めた。

 両者は次第に同化し、同化した者は人間世界の方に取り込まれていき、人口差は更に拡大した。更に世代が進む中で半魔は魔人の特徴を失っていき、より人間に近くなっていたのだ。


 北方デルガドの天人信仰は人間と天人の間で同じことが起こった際の、失われゆく天人を神格化した先祖への祈りなのだ。混血化していった子孫たちの。つまり地上に再降臨した天神は全て死んだと言うが、そうではなく、彼らもまた人間との同化を選んだのかもしれない、選んだのではなくとも、その運命を受け入れたのかもしれないのだ。


 ウルスラは何度目かのため息をついた。何度考えてもそのような結論になる。半魔はもっとたくさんいるのだ。二つの特徴に分岐し、一方は数を減らし続け、もう一方は人間と半魔の区別がつかないほど同化していった。


 ならば100%かそれに近い魔人または人間との交配でないと子孫を残せないという言い伝えはウソなのだと思う。

 おそらくこの組み合わせは魔人の特徴を濃くするのだ。魔人が滅びないための祈りの文言なのだ。


 広い魔学の図書室。こんな夜更けまで連日研究を続けるのはウルスラ一人だ。

 本のページをめくる音、時計の音。広い図書室にはこの二つの音しかない。彼女の孤独を象徴するように。


 ウルスラはこの深夜に活動する者がもう一人いる、その気配に気づいた。こんな夜更けまでどこに行っていたのか、ワイバーンで寮に戻ってきた少年。クリスだ。


 孤独、その感情を共有できる唯一の相手。


 ウルスラは駆け出した。校庭に彼がいる。走ってくるウルスラを認めて少年は笑顔だ。彼は優しく手を取って、ワイバーンの背に半魔の少女を乗せる。

 草一面の小高い丘。魔学の寮が見える。星空が近い。二人のすぐそばでワイバーンが寝ている。


「クリスくん、どう思う?」

 ウルスラは自分の考えを話した。

「うーん。分岐かあ、それは途中で分岐したというより、相性によって決まる、というか。どういう特徴が出るかはその時に決まると考えた方が自然じゃないかな」


「どういうこと?」

「例えばだよ。魔人の特徴が強い半魔と人間の特徴の強い半魔の間では人間の特徴が強く出る。一方、魔人の特徴が強い者同士では魔人の特徴が強くなる。分岐ではなくて今も昔もそういう状況にある、そうは考えられない?分岐したのはあくまで生き方とか生活圏が二つの道に分かれただけかもしれないよ。そしてこのペアによってどういう特徴が出るかは、魔人と人間だけでなく、大昔には存在したという神人や天人の血だって関係してるのかもしれない」


「……」

 例えば天人の遺伝子はピュアな魔人か人間との交配に対しては顕性を持ち、すでに交雑しているものとの交配に対しては潜性を発揮する。

 そして顕性および潜性がなす特徴は魔力や長寿だ。そして魔人の遺伝子は人間との交配では潜性である。

 魔力や寿命の違いだって、罰とは限らない。神人或いは天人と魔人の間での交配だったあったかもしれない。交配の過程で生じた特徴。

 そうは考えてこなかった。自分の先祖が魔人ではなく天人だなどと。あくまでも仮説の一つだが。


 仮説の一つとはいえ、最初からそんな前提は頭になかった。だがそう言われると北方ベルガドの天人信仰に関係があるのかもしれない、そうも思う。クリスに相談したことは良かったものか悪かったものか、腑に落ちた気もするし、もっと気が滅入った気もする。

 だが改めて分かった事実が一つ。彼とならこんな話も出来るのだ。


 ウルスラは日中でも最近は図書室にいる。

 だが彼女は故郷、先祖や半魔、の事だけでなく、クリスの役に立つことも調べようと必死だ。彼は明らかに体調を崩している。


 ウルスラは分厚い本を何冊も持ってきて、いつもの席に座った。ウルスラ以外は図書室の主に遠慮して誰も座らない席だ。

 錬金術……、ホムクルス……。タイトルにそのような単語が多い。

 クリスはウルスラには既に自分がホムンクルスであることを説明済みだが、ミネルヴァと同じように体調の悪さを指摘され、ミネルヴァにそうしたのと同じように説明したのだ。


 魔学に入学する生徒は基本的に勤勉だ。図書室の利用者も多い。魔術関連の書籍なら大陸でもっとも充実した図書室だ。特に新入生はその蔵書の多さ、貴重な本がこれでもかとばかりにあって驚かれる。


 そこにいつもいる少女。深夜でも明け方でも、いつ見ても同じ席にいると言う。どんな人かと言えば、学年の劣等生で、アビス研究会の末席部員だと言う。


 アビス研究会。この学院の深淵を象徴する伏魔殿だ。新入生たちはその名前に恐怖を感じていた。

 クリスとかいう研究会の男子部員は王都の交流会で、武技とかいう剣術だか格闘だかに関する部門で優勝している。

 魔法使いがそんなことを出来るはずがない。魔法でどうにかしたに決まっているのだ。


 きっと審判の目も魔法でごまかして。事実、彼が200人の生徒を一人で魔法で圧倒したことは在学生なら誰でも知っている。

 飛竜を使役すると言う噂もある真の怪物だ。


 そのクリスが使えないような魔法をいくつも知っていると言うテオドラ。テオドラは可愛らしい外見に反し、完全にクリスを支配している。

 そしてアイシスの秘術を使うとされるフレデリカ。


 そしてその研究会の末席部員でさえ、この勤勉さだ。ウルスラは常に図書館の一角を占め、そして彼女が寝ているところを見た生徒はいない。そう言われている。

 そんなウルスラをここ最近誰も見ていない。同じく姿をみせていないのがクリス、テオドラだ。きっと三人でどこかへ言っていると噂になっていた。


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