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第43話 黒騎士対薔薇騎士

 広大なサークエル男爵領は元は猫の額ほどしかななかった領地だが、ガイナ領から割譲された土地のすべてと、そして武功に対する褒美と称して辺境伯領から割譲された土地と併せ、サークエルは一般の伯爵領を凌駕するほど広大な土地を得た。アルカニア辺境伯は戦いには勝利したが、開戦時の当主を失い、その上、領土も減らしたのだ。


 王室はサークエルを子爵にした。税収のため、納税義務を明確にし、納税額も上げるためだ。次の納税が滞ることなく完了すれば、さらに陞爵されるであろう。


 カイエンがサークエル子爵として新しい辺境伯ブレスタ・アルカニアに拝謁すると彼は痩せこけて目の下は黒く、表情に生気も無い。

 麻薬と荒淫によるものだろう。そばにはゼネヴがいる。

 今日は黒が基調のドレス姿だ。柔らかな笑顔の口元に真っ赤なルージュが邪悪に見えた。


 麻薬の副作用だろうか、まだ若いのになんか終始プルプルしている新辺境伯の様子を見るに、彼女はとても育成上手のようだ。


 仕事はあと二つ。その一つを先に片付ける必要がある。戦後の検分に来た王国の騎士は薔薇騎士団の団長。彼が証拠の捏造を疑い、サークエル領の調査をしそうだとクレッガーから報告があったのだ。


 騎士団長とはレスター・ウエストザガ。薔薇騎士団の団長はこの紛争にかつての同僚というか、彼にとっての盟友ネルソン・ドレークが参加していたと知り、検分役を自ら買って出たのだ。


 樹氷騎士団と薔薇騎士団。騎士団は違えど同じ団長と言う立場。悩みとか迷い、そういったものが共通し、時に共有する間柄だった。

 東方諸国連邦の間で起こった紛争にかれは出陣した彼は、あの時なんと言っていただろうか。


「弱いものほど被害が大きい。子供や年寄り、女……。戦争はしちゃいかん。戦争を起こすのは大抵男だ」

 戦火のくすぶりが残る瓦礫の町で彼は遺体を一人一人抱いて運びながらそう言ったと言う。その彼がどうして紛争の当事者となったのか。


 市街戦にしてはならない。街から離れた平野部に敵を誘い出し、一気に包囲殲滅、戦意を緒戦で無くさせ、後は外交で領土割譲を迫る。ネルソンはそのプランを強硬に主張した。


 彼は東方諸国連邦の紛争における市街地戦での市民の悲劇を見ている。ネルソンはそう言ったものを見ているのだ。それも二度。一度は軍人としてその時に。もう一度はまだ幼かったときに故郷で。


 ◇◇◇


 リリー・ネルソンは彼の姉だ。6歳上の姉は時に母親のように弟に接した。平民の姉弟。農民反乱に巻き込まれた。領主は傭兵団に彼らの鎮圧を命じた。


「あんなことして大丈夫かなあ」

「まあ、領主さまも農民のことを考えてくれるといいんだけど」

 バリケードを築く男たちを見ながら姉とその友達が呑気にそんなことを話していた。

「きゃっ」

 リリーが悲鳴を上げたのは、バリケードを作り終えたショーンが彼女の尻を撫でたからだ。


 ショーンはリリーの幼馴染だ。

「何すんのよ」

「油断するなってことさ」

 リリーが拳を振り上げて追いかけるのを笑ってショーンが逃げる。


「姉ちゃんを怒らせるなんて馬鹿だな」

 ネルソンはその様子を見ながらそう思った。そのショーンがいきなりばたりと倒れた。そして倒れたまま硬直し、ビクンビクンと不気味にのたうっている。


「いやああ!」

 リリーの絶叫。ショーンのこめかみに弓矢が突き立っていた。村に四方から火矢が放たれた。傭兵団の奇襲だ。


 正直彼らは減税の要求をして、バリケードを築いて出入りを閉鎖しただけという認識だ。


 ここまでのことになるとはだれも思っていなかった。侵入してきた傭兵にやむなく応戦する。一応弓矢と剣は用意していた。ほんのポーズのつもりだったのだが。しかし、侵入者に対する反撃に使用したことで、反乱は事実となった。


 戦闘に参加できる人数にも差があったし、村はあっという間に制圧された。その後傭兵は略奪暴行を始めた。さっきまで笑っていた姉の友人が裸で死んでいる。顔面の左側を斬りつけられ、血だらけのネルソンが見た村での最後の光景だ。姉がどうなったかは知らない。


 ◇◇◇


 姉の捜索。ネルソンの人生の目的の一つだった。レスターはそのことを思い出した。傭兵団に拉致され、売られたと思っているようだが、それも実際は分からない。領主が死んであの土地は一度王国に取り上げられ、後に別の貴族に下賜された。

 今となっては何も手がかりは残っていない。


 彼は市街戦を防ぐためにこの紛争に参加したのだ。レスターはそう結論付けたが、辺境伯の戦術はあまりに鮮やかだ。

 内通者の存在を疑った。きっと内通者によってネルソンの戦術は敵に筒抜けだったのだ。


 怪しいのは軍事顧問とかいうクレッガーだ。

 それにアーサー・アーセナルの証言もある。王国は秘密裏に公爵に加担していたのだ。ネルソン護衛を理由に樹氷騎士団は現役団員を派遣している。

 生き残ったのはただ一人、エースのアーサーだけだ。


 ◇◇◇


 黒い軍装の一団。その一団だけが辺境伯軍で際立って強く、その指揮官はその中でも飛びぬけた存在だった。

 ネルソンが斬られたのを見たアーサーは、敵に殺意を持って剣をふるった。

 その剣が利き腕ごと宙を舞った。

 救援に駆け付けた樹氷騎士団の仲間がその男に斬り殺されるのを見て、そこでアーサーは多量の出血によって意識を失ったのだ。


「あの男はどこかで見ました。間違いなくどこかの貴族です」

 一命を取り留めたアーサーの証言だ。剣を握れなくなった彼はこの後ほどなくして騎士団を退団している。


 そして黒幕はおそらくサークエル男爵。レスターは腹心を連れてサークエルの領地に入った。


 ◇◇◇


「団長、何者かが近づいてきます」

「うむ」

 レスターはそこで止まった。こちらへ走ってくる騎馬。馬にまたがる男は例のガイナ公爵の顧問だ。

「あなたはクレッガーさん。どうしてここに?」


「いや、騎士団長こそ、なぜ男爵領に?」

 二人の間に不穏な気配が生じた。その時、レスターの腹心の一人が馬から落ちた。弓矢だ。レスターは馬から飛び降り身を隠す。

「ガイ、無事か」


 もう一人の腹心に呼びかけるが、彼はクレッガーの前で遺体になっていた。クレッガーのもつ剣から血が滴っている。

「クレッガー、やはり貴様……」


 その時別の男が林の間から出てきた。

「そうか。帝国が噛んでいたか。だが、どうする?王国と戦争をする気か?ワグナー閣下」


 アーサーの言っていた男はこの男であろう。凄腕と聞いたが納得もいく。いつだったか王宮で見たことがある。何かの式典に出席したのだろう。こいつは帝国の黒騎士だ。

 レスターが木の陰から出て来てその男、黒騎士にそう言った。


「元樹氷騎士団の団長の次は現役の薔薇騎士団団長か。楽には仕事が終わらねえもんだ」

 ワグナーと呼ばれた男はそう返して剣を抜いた。トレードマークの赤い剣緒が揺れる。


「理由を聞かせてくれ」

 レスターは剣を構えながらもカイエンに聞いた。


「領地だ。ガイナの領地はすべてサークエル家のものにする。協力するなら命は助けよう。もちろん見返りも用意する。どうする?」

「俺はネルソンの盟友だ。ネルソンならそんな話に耳を貸さないだろうな」

「そうか。死ぬ前の最後のセリフがそれになるが、そんなんでいいのか?」


 先にレスターが迫る。

「死ぬのはお前だ」

 薔薇騎士騎士団長。王国の二強の騎士団の団長の一人。


 国内で爵位を除けばもっとも名誉ある立場だ。この二つの騎士団は、入団するのも簡単ではない。他の騎士団で際立った実績を上げた者がスカウトされる。


 入団したくても、他の騎士団で実績をあげて声がかかるのを待つしかないのだ。レスターはキング・オージュール討伐で活躍した時に引き抜かれたのだ。30人の討伐隊は遭遇後すぐに半分が死んだ。討伐隊の人数が不十分だったのだ。


 その中でモンスターの背中に張り付き、脳天を串刺しにして仕留めたのがレスターだ。

 勇気もあったし機転も利いた。


 責任ある立場になっても剣の腕を磨くことを怠らなかった。またその手にもつ剣も王国最強の騎士団の団長らしく、業物だ。

 だが、今日は相手が悪かった。しなやかな剣さばきでレスターの剣戟を流し、反撃に転ずれば、見えないほどの速さだ。


 実際見えなかった。血しぶきが舞って周囲に血の匂いが漂う。

 ミネルヴァ……。

 地に伏したレスターの最後の一言。


 つぶやきのような儚い声は掠れて夜の闇に溶けて消えた。


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