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第42話 導火線

「つまり盗賊に襲われた伯爵と言うのは、実際は農民をそそのかして男爵を襲撃させていたのね」

 重要な部分とみたプリシラは報告者に念を押して確認する。


「はい。この時のトムの仲間が一人だけ生き残っていて、そう証言しています」

 税を肩代わりしてもらったトムだったが、伯爵に税の免除を持ちかけられた。


 男爵を殺せば、邸宅など男爵の財産を没収できる。

 それをやったら、10年間税金免除にする、お前、やってくれるか?いやなら他の奴に頼むけど?


 伯爵はそう言った。トムはやります。やらせてください、と答えたと言う。

「トムとやらはどうなったの?」


「男爵を殺害した後、仲間共々翌日昼前に絞首刑にされています。ま、口封じですな。証言者はそいつだけ身寄りもないし、恐ろしくなって逃げたのだとか」

「ふーん。それで農民の反乱時に、長男は王都に行っていたと?」

「そうでございます」


 報告を一通り聞き終え、プリシラはサラを呼んだ。

「お兄さんに会いたい?」

「はい、会いたいです。でもきっと死んでしまっているから」


 サラが泣きだしてしまった。仕方ないのでプリシラはまず牢獄にいる盗賊の首領にもとに向かった。


「なんだてめえは?やらせにきてくれたのか?でも好みじゃねえ。チェンジだ」

 プリシラは猛烈に腹が立ったが、笑みを取り繕う。


「お前、会いたい人はいるか?明日の朝死刑執行だから最後にそれぐらいの望みは聞いてやるぞ?」

「そんなもん、いねえよ、ブス」

 が、我慢よ、あたし。


「まあ、いい。せめておいしいものでも食べて死になさい。最後の晩餐を用意してあげるわ」

「そうか、ブスにしちゃ気が利いているな。スカートで見えないが脚も太そうだ。その豚足を食ったら旨いかもしれねえ。豚足を否定したいならスカートをめくって見せてみな」


「きいいい」

 プリシラはプンスカとガニ股でその場を後にした。

「あれが王女か?思っていたのと随分違うものだな」

「黙れ、あのお方は王女様などではない」


 残った刑務官が無愛想に答えたが、いつだったか男爵令息時代に遠目に見たことがある。ブスとは彼女にもっとも縁遠い言葉の一つであろう。


 豪華な部屋に信じられないほど手の込んだ料理。だが、最も信じがたいのは対面に座る女性。

「お兄ちゃん!」

 彼女は泣きながらそう叫んだ。


 二人は遅くまで話し込んだ。王女に厳命されている給仕たちは何時になろうとも辛抱強く彼らにつきあうのだった。


 翌朝、死刑の当日。牢に行くと男はひげをそって髪も整え、真っ直ぐな目でプリシラを見つめ、礼を述べた。昨日妹から話を聞いた。

 妹は王女に良くしてもらっていると言う。


「妹を助けて頂いたばかりではなく、面倒まで見て頂き、感謝申し上げます」

「ふん。死にゆく準備は出来たかしら?」

「はい。もう思い残すことは御座いません。どうか妹をよろしくお願い致します」


 そういうブラドの目に溢れそうな涙。

「サラは良い子よ。お前ごときに言われるまでもないこと。さ、これを呑んで潔く自分で死になさい。お前程度のコソ泥風情であっても死刑の準備に金がかかるのよ。勝手にくたばってくれると助かるわ」


 投げ入れられた小瓶の中に濃い緑色の液体。ドロッとしている。男はもう一度感謝の言葉を述べるとその液体を躊躇うことなく一気に呑み込んだ。目の前がすぐに暗くなった。


「なかなか見事だったわ。お前は死んだのよ、ブラド・ゾル」

 目を覚ましたブラドの前にサラとプリシラがいた。

「ブラド。死んだ気になって私に仕えなさい。お前に死なれると、サラが悲しむのよ」

「お、王女……」


 数日後、王女の裏の仕事を請け負ったブラドは宮廷でとある少女の肖像画を見た。早逝した王族の一人だと言う。サラに良く似ていた。

 ブラドの王女に対する忠誠は今も、そして永遠に深い。


 ◇◇◇


「あんただって野心はあるのだろう?それだけの腕を持っているように見えるが」

「もちろん」

 カイエンの問いにブラドははっきり答える。


 カイエンは知っている。こちらに何かを言わせるだけ言わせて、しかし誘いには決して乗ってこないタイプだ。慎重に探る。

「その野心とは?」

「世界平和でしょうな」


 とりつく島もないか……。

「まあ、爵位や土地が欲しくなったら、連絡をくれ。あんたなら、いくらでも手を貸すぜ」


 そう言って去っていくカイエンをブラドは危険視した。

 出来るなら暗殺したい。今すぐにでも。あの男は世界に混乱をもたらす。そう見た。


 ◇◇◇


 アルカニア辺境伯領。何回に面した王国の南端。海産物で干物を作り内陸への販売で富を蓄えている。

 その富で武装を整備し、富国強兵を成し遂げ領土的野心を持っていた。そこにつけこんできたのがサークエル男爵こと帝国の黒騎士だ。


 サークエル男爵家の直接の主がガイナ公爵だ。カイエンが殺したガイナ公爵の弟で、爵位と土地を継承し現公爵となっている。だからカイエンに殺されたガイナとは別人だ。兄が公爵だった時代、彼はずっと王都にいたので別に怨みの対象にはならない。


 だが彼は兄の死後、甥を始末して公爵になっている。そういう野心を持つ者が境界を挟んで接しているのだ。利用しない手はない。


 アルカニアは200年以上の伝統を持つ王国でも古い貴族だ。中央から離れており中央行政から独立しているかのような大きな権限を持つ。

 法律には独自の解釈がなされ、王国のものと完全には一致しない。


 200年前この土地にはアラキア大公国があった。

 当時の王弟が大公の爵位を賜り建国した土地だ。だが大公は王国と戦争を開始した。たとえ戦争に負けても兄は笑って許してくれるとでも思っていたか。

 アラキア大公は背後から裏切った配下に襲われ戦争の開始早々に亡くなった。


 アラキア大公を討ったその配下は褒美として大公国の一部を賜った。そして爵位も。

 それがアルカニア辺境伯だ。


 もともと反乱の地で中央の威光も及びにくい。そのこともあり、この地方において権威の最たる存在である。カイエンは辺境伯に領土拡大の提案をした。

 それはガイナ公爵領へ侵攻し割譲を迫り土地を得ることである。


 すでに土地の権利の所在を示す捏造書類を準備していた。

「王都と公爵の両方にこの権利書に従い。領土調整の使者を送ってください。王都が認めればそれで結構ですし、認めなけければ大義名分はこちらにある」

「しかし、王国と戦争になったらどうする?」


「ですから、あくまで王都の大臣などに賄賂を用意して、裁判になる前に言質をとるのです。或いは後から裁判になってもいいように根回しするのですよ。そして、同時に公爵の方から攻めてきたように見せ掛ける工作をするのです。後は正々堂々公爵領を蹂躙すればいい」

 そんなにうまくいくだろうか。

 アルカニア辺境伯ブレーズはまだ決心がつかない。カイエンがここに来るのは三度目だ。


「ダリエナ、お前はどう思う?」

 頬に傷のある黒髪ベリーショートの女性。

 良く目立つ大きな黒い瞳を持っている。

 彼女は元冒険者で各国の情勢に詳しく腕も立つ。特に諜報能力は誰にも負けない。


 三年前、スカウトして雇ったが、今やブレーズの側近のようだ。

「私は賛成です。ガイナ公はそこそこは頭が切れますが、短慮の傾向にあり、こういった策を施すにはとても相性の良い相手です。それに、こちらの男爵様はガイナにも同じ提案を出来るお立場。早い者勝ちかと」


「な、なに、まことか」

「或いはすでに天秤にかけておる可能性も。いかがなさいます?」

 ダリエナは本人を前にしてもはっきり言う。


 ブレーズは慌てた。

「む、むむ、よ、よし。分かった。男爵、よろしく頼む」


 同じようなことはガイナ公爵領の元でも行われていた。カイエンの腹心クレッガーの調略でその気になったガイナ公が農民を装って境界付近を荒らした。

 これが農民同士の争いを引き起こし、軍が自国の領民保護を理由に出陣する。


 やがて王国の調停を待たずにガイナ公爵領とアルカニア辺境伯領の間で戦端が開かれた。


 ガイナ公には秘策があった。王都からその男を呼び寄せた。

 元王国樹氷騎士団団長ネルソン・ドレークだ。二人は王都で親交を持っていたのだ。

 まずいことになった……。


 ガイナ公爵をたぶらかしておきながら、クレッガーはそう思った。ガイナにそんな人脈があるとは知らなかったのだ。

 樹氷騎士団とは薔薇騎士団に並ぶ王国の二強だ。

 白い騎士団と赤い騎士団。その一方の元騎士団長。辺境伯にとっては手強い相手になる。


 ◇◇◇


 辺境伯の軍が西に進む。公爵軍の偵察隊は山の木の中に潜んでその様子を見ている。

 街道をこのまま進めば扇状になった盆地形状の平野に出る。

 辺境伯軍はおよそ1千。迎え撃つ公爵軍600だが、地形の有利を取れそうだ。


 そう見ているうちに辺境伯の軍勢からおよそ200が先行していく。

 黒い軍装の一団だ。彼らは街道を逸れ、霧の立ち込める山中に消えた。


 公爵軍600、辺境伯軍800。先鋒同士が平野部で会戦する。押し込んだのは数に優る辺境伯軍だ。

「いいぞ、もっとひきつけろ」

 指示を出しているのはネルソン。


 樹氷騎士団の元団長は山岳戦闘、森林戦闘の達人だ。

 火と煙が発生し、押し込んだ辺境伯軍の背後を脅かす。

 火計だ。


「慌てるな、前だけを見ろ」

 辺境伯軍を率いるダリエナの鼓舞。背後から煙と炎。前面に敵兵。

 ここで手綱を間違えば、部隊に恐慌が訪れる。そうなればこの戦は負けだ。


 前に敵兵、後ろに炎。前後を封じられたが、左右に兵を動かせるスペースがある。

 しかし、ダリエナは前進を命令した。


 意図的に空けられた左右には伏兵がいる。そう見た。

 突如の遭遇戦はパニックのきっかけになる。このまま進めば左右から挟撃されるが、すでに退路に火計。


 前進するしか活路は無いと兵に知らしめるのだ。

「ふふ……前に進むか」

 トレードマークの左の眼の眼帯。ネルソンは敵の動きに笑みを漏らした。

 当然敵の左右には罠を設けてあった。敵は死線を避けた。だがネルソンは慌てない。用意した左右の伏兵の内、右翼だけを急襲させた。


「持ちこたえろ。左翼には罠がある。引けば全滅だ」

 女司令官の叱咤激励の声が響く。

「指揮官は女かよ」

 ネルソンは突撃を命じた。


 勝敗が決したとその場にいた者が思った瞬間、怒号と悲鳴がネルソンの背後で生じた。

 迂回してきた黒い軍装の一団200がネルソンの背後を衝いたのだ。

「なんの、まだまだあ」

 ネルソンが立ちふさがる。


 数名の敵を斬り伏せ、その男に対峙した。男は馬から降りて細身の剣を構えた。赤い剣緒が揺れる。ネルソンの裂帛の気合いと剛剣。躱した男が下から斜め上に斬りあげる。

「は、はやい……」

 ズルッとネルソンが崩れ落ちた。

 その首を切断してかざし、男が勝鬨を挙げた。

 総崩れとなった公爵軍をダリエナが執拗に追撃する。


 ◇◇◇


 翌日調停に来た王国密使を饗応しながら、捏造した書類やガイナ公の侵略の証拠を渡し、ついでに賄賂もたっぷり持たさせて彼らを返したブレーズは上機嫌だ。


「よくやった男爵。貴様の領地は保証するから安心しろ」

 ブレーズ、ダリエナ、カイエンの三人はゲラゲラ笑った。


「あっはっは。おいダリエナ、お前、女のくせに笑い方がはしたないぞ」

 ブレーズが笑いながらダリエナの胸の頂きをツンツンする。


「ははは。だっておかしいんですもの。あっはっは」

 ダリエナが立ち上がってカイエンを見た。頷くカイエン。


 ダリエナの剣が鞘走るように煌めいた。

 ドスン……。

 床に落ちたブレーズの顔は笑った表情のままだ。


「ゼネヴ。見事だった」

「閣下。この日が来るのをお待ちしておりました」


 女騎士の眼に涙。

 ダリエナ。本当の名をゼネヴ・カルネア。その正体は3年前からこの日ために埋伏していたカイエンの部下だ。


 彼女の仕事はもう一つ。ブレーズの後継者を育成しておくこと。

 翌日王都にブレーズがガイナ公爵の密偵に暗殺されたこと、実子ブレスタ・アルカニアが辺境伯領の継承を申し出ていること、この二点の知らせが届いた。


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