第41話 牽制
(こいつ……)
街中で見かけた監視者だ。それが今は執事の格好だ。カイエンは出迎えた執事の顔を見て内心苦笑いだが、表情には決して出さない。
「ワグナー領から来ましたカイエンです。本日はお目通りの機会を下さり、感謝申し上げます」
「いえいえ、わざわざお越し頂き恐縮です。さ、こちらに」
通された部屋で武器の携帯の確認がなされる。その隣室に王女がいる。
通された部屋にはプリシラ王女、そして同席者がいた。
「こちらは側近のディムランタン公女。私たちは一心同体も同然なのでお気兼ねなさいませんよう」
ソフィが立ったまま帝国の公爵であるカイエンにカーテシーをした。
ディムランタンと言えば、王国内で最も大きな領地を誇る大貴族だ。カイエンはもちろん王国一の大貴族の名を知っている。
「おお、高名なディムランタン公爵の御令嬢様とは……。お会いできて光栄で御座います。帝国は王国と違い、女性に爵位と領地の継承権が御座います。ご興味がおありですかな」
カイエンの言うことは事実だ。というよりもともと帝国同様王国にも女性に継承権があったのだが、政争が絶えず、いつしか禁止となったに過ぎない。
帝国にはいまだに女性の継承権が残る。
ここにいる王女と公女。彼女たちは領地を手に入れて経営しているが、厳密には王室のものなのだ。現国王は娘のものを取り上げるつもりはあるまい。
だが兄である王子たちはどうだろうか。将来的には所有権が不透明な土地、というより王子側はこの土地を奪うに当たり、臣民の納得させるに十分な大義名分を用意できる。彼女たちは正統な権利を持つ土地が欲しいに違いない。
カイエンは継承権の知識が豊富で帝国と王国の法律や慣習の違いを細かく説明した。
そしてカイエンはめぼしい土地と爵位を見つけ、紹介したいと言った。カイエンは王国でも男爵位、そして王国内に僅かな土地を持っているが、そのことは現時点では伏せた。
あくまえ帝国の一員として帝国の領地を用意したいというスタンスだ。
「黒騎士カイエン様として名高いワグナー公爵様がそのようなご冗談をおっしゃるとは意外でしたわ。私たち王国の民は、女性として生まれれば、父、兄、弟、息子。彼らのようなものを支えるのが役目なのです」
初対面で本音は見せないか。
公女の言葉に王女も頷いている。
「ははは。その通りで御座いますな。本日はお祝いをお持ちしたに過ぎません。帝国の強弩を100丁お納め頂けますよう」
そういいながら別の手土産をテーブルに置く。
なんと意外にもアヴァロンの魔法飴だ。この時代、銘菓を手土産にすることは礼儀作法にも反しない。時にイメージを反するものを堂々と躊躇いなく渡す姿勢は全ての行動が正当性を持っているように見えてしまう。
こいつ、手錬か……
正直、最初はさしたる相手ではない、と思った。プリシラに通用する何かを持っているようには見えなかった。
認識を改める必要があるようね。
ソフィがそう省みているころ、プリシラは満ちて溢れる寸前の唾液を無理やり嚥下し、皇女らしい表情を作り、笑顔の謝礼で一矢報いる。
「そうですか。ありがたく頂いておきます」
「王女。何かありましたらこのワグナーめをお使いください。王女の弩となってお役にたつ所存です」
その表情、手応えを感じたか……。だが、やらせはせん
とはいえ、このカイエンという剣に優れた男の、その真価が戦場にあるのだけではないことは、彼が事前に同席者の有無を想定し、ソフィの分の魔法飴も用意してきたことにある。
こ、こいつ……。
カイエンはこの日、謀略における王国の二強を一人で翻弄した。カイエンのこの策を授けた男が、今日は同行していないオーウェン・ザガード。戦場無敗の男でカイエンの懐刀だ。家令のクレッガー、公爵領元帥にして謀略担当ザガード。黒騎士の両翼。その策で王女たちを翻弄はしたが、成果を得るまでには至らなかった。
帰り道、カイエンの要望でブラド・ゾルが道案内をした。帰る時だけ道案内が必要だとは不思議な話だが、断るのもまた不自然だ。
それにソフィもプリシラもブラドを信用している。
「ああいうのにも弱みがあるのよ」
いつだったかのプリシラのセリフ。思い返すとソフィは可笑しくなる。
なにが弱みよ。
◇◇◇
王宮に特に出来のよくない侍女がいる。
没落貴族らしいが拾われたときは平民の娘だ。プリシラが学生時代に拾ってきた娘。プリシラは彼女の面倒を良く見た。
早逝した妹の面影を見ているのかもしれない。サラという娘だ。聞いたことをすぐ忘れてしまう。言葉づかいも幼く、礼儀作法を覚えられない。
だが単純作業なら何時間でも連続で出来るのだ。出来るというのも語弊があるかもしれない。やめることが出来ない、のほうがより正しいだろう。いつまでも続けるのでプリシラが叱ってやめさせるほどだ。
ソフィも一度その場面を見たことがある。皿を洗うよう厨房の責任者に言われたらしく、明け方まで城中から皿を集めて洗っていたのだ。
プリシラは涙を流して彼女を抱きしめた。
「いいのよ。あなたが洗う分はもう終わったの。あなたは今、他の人が洗う分を洗っているの。今日は一日休んで寝ていなさい」
「王女様、ごめんなさい。良く分からなくて」
「いいのよ」
サラには常に私心というものがない。私欲で行動しない。優秀ではないが、人のために役に立とうと頑張っている。
サラは見た目がとてもかわいい。元は下級貴族の娘だと言う。その貴族は農民の反乱で殺され、兄がいたがその兄は行方不明で死んだかもしれないと言う。サラは別の貴族に引き取られ、そこでひどい扱いをされていたのだそうだ。
そのことが分かったのは、サラを引き取った貴族の召使の証言によるものだ。その貴族と一族は盗賊の襲撃を受け、召使を残して全員殺された。むごい殺され方だった。時間をかけて切り刻まれての惨殺だ。だがその一方で召使は殺されなかった。
召使の証言で、襲ったのは盗賊団「蜥蜴の盾」と知れた。首領が汚い男で有名だったが、最近もっと汚い奴にとってかわられたと言う。
「いやあ、ひどいやつですぜ。前の首領と口論になって、いきなりベッと顔に唾を吐きかけやがった。そして顔を拭っている間に、もうその首が落ちたんでさ」
捉えた下っ端の証言だ。
彼の証言で現首領の居場所がわかり、彼の捕縛に成功した。
彼は男爵家の遺児だった。そのことを知ったプリシラが介入したのだ。彼女はこの男の身辺の調査を命じた。するといくつかの事実が浮かび上がった。場所は農民反乱のあった男爵領だ。
彼の父は領地の農民から困窮を訴えられ、なんとか納税を待ってもらえるよう納税先の伯爵にお願いした。男爵はほぼ名目だけの男爵で、この土地の農民は直接伯爵に納税していた。
「ふざけるなよ。だったらてめえが家財を売るなりして税を用意しろ」
帰ってきたのは罵倒の言葉だけだった。
男爵は家財を売って納品の税に当てた。
農民のトムは心ばかりの品をもって男爵邸を訪れた。
「男爵様有難うございます。おかげで助かりました。これは一番形が良くておおきなかぼちゃです。気持ちですが、お納めください」
「気にするな、トム。そのかぼちゃは家族で食べなさい」
帰っていくトムを冷たい目で見るのは男爵家の長男だ。彼はトムが仲間とともに何度も妹を森に連れ出しているのを知っている。
そこで何をしているかも。トムを痛めつけてやりたかったが、それをすれば伯爵に訴えられて家が取り潰される可能性があるのだ。伯爵は男爵を目の仇にしている。
いっそ殺すか。だがそれも嫌疑がかかる上、領内が荒れる。
「さすがは男爵様だ」
その言葉が耳に入るたびに面白くないのは伯爵だ。男爵の奴はおれの悪口を言っているに違いないのだ。伯爵はトムを呼んだ。




