第40話 仕事人
「黒騎士かあ。名前を聞くだけでわくわくするし、有名な黒騎士がどんな奴か見てみたい気もするわね」
プリシラは会う気があるようだ。
牧歌的な風景。その風景に突如出現するのが旧伯爵邸だ。だがその邸宅の周りには建物が増えている。居住するこの土地の平民たちだ。邸宅に出入りする者も多い。
「平民たちが多く、地域との関係は良好のようですが、防衛上はどうですかな」
ワグナーに感想を言うのは彼の横で轡を並べる中年の男、クレッガー。彼はワグナー領の家令。文字通り内政面の右腕だ。
「いや、見ろ。怪しげなのもいるぞ」
油断のならなそうな動きをしているものもいた。その男が邸内に消えていく。
「来ましたぜ」
邸内でくつろぐにプリシラの元に報告に上がったのはブラド・ゾルだ。
王都では裏に徹していたが、この領地では表に出ることも多い。邸宅の中では家宰のように活躍している。
「こいつにはそういう才能もある」
そう言ってくれたのはソフィだ。
王都で裏の仕事だけさせるのはもったいないと。ソフィにはもう一つ目的があった。今やプリシラの能力は裏仕事を必要としない。
日の当たるところだけで他の貴族はもちろん、王子たちとも十分以上に渡り合えるのだ。
なまじ裏の仕事が出来る奴がいるので、そこに頼ってしまう。
その象徴的人物がこのブラド・ゾルだ。こいつから裏の仕事を取り上げ、それ以上に表で成果を上げさせたら、プリシラの考えも変わる。
そう思ってのことだ。
ブラドは執事の服装で階下に降りて行った。
それなりにやるだろうとは思っていたが、想定以上にブラド・ゾルは仕事が出来た。
火事が起こった日、彼は住民を指揮して鉄のかぎ爪とロープを渡した。王都から持ってきて邸宅に集めておいたものだ。
「それで家を引き倒せ」
延焼予防だ。
倒した家もあとで補償すると約束し、火事の拡大を防いだ。
ところが避難した住民のなかの子供一人が見当たらない。
捜索が始まったが見つからないのだ。焼け跡にいるのではないか、倒した家屋の下敷きになっているのではないか、家族はパニックだ。
ブラドは以前、森の方に遊びに行くその子供を見ている。土地勘のある場所まで行き、深い入りして迷子になった。そう見た。
「子供は森だ。捜索隊は選抜する。みだりに入るな」
彼はそう宣言して自ら捜索隊に加わった。猟師など森に馴れているものを入れ、全員で5人。
冒険者ウルフはその5人のうちの一人だ。弓矢の名手であり、冒険者ギルドでは森の探索を得意としていることが知られている。
冒険者になる前は猟師だ。僅かに折れた草、木の枝、何者かが通過した気配を探る。子供なら通りそうなところ。その視点も忘れないが、見ているとブラドも注意深くその形跡を探っていた。
その時、横の茂みから丸太が飛び出した。ブラドがしゃがんで丸太を躱す。丸太が地面に落ちた。丸太かと思ったそれは巨大蛇のモンスター、デスアスプだ。B級モンスター。このモンスターと戦い、全滅したパーティーも多い。
ブラドがダガーの血を拭ってしまう。デスアスプは首を飛ばされていた。
解体されたデスアスプの腹からは子供は出てこなかった。
その後も探索するが見つからない。
「深入りしすぎだ。帰れなくなるぞ」
ウルフは言った。確かにその危険性はある。
「まて、水の匂いだ。一度そこを確認しよう」
ブラドの後をついていくと、渓流があり、子供の足跡があった。足跡をたどった先に子供が倒れていた。
ここまで来て疲れて寝てしまったのだろう。子供は無事だった。
またある時、ブラドは冒険者ギルドの誘致を進言した。この伯爵領はゼビル時代に開発が進んだが、モンスター討伐はゼビルが私兵を雇って行った。
雇用創出にはなったが、コストがかかる。
開拓を進める土地で一番大変なのがモンスター討伐だ。
冒険者に仕事を用意する場を作り、冒険者が金を落とす場所も作る。外国の冒険者も来るし、貿易で流通も増える。
税金が増えるし、その金は街道整備に使い、さらに人口流入を促すと言う施策だ。
ギルドに建物を提供して打診すると、ギルドはすぐに運営に必要な人員を派遣した。冒険者が増え、宿が増え、酒場が増えた。冒険者ウルフはこの街の冒険者ギルドの登録第一号となった。なによりブラドに腕の惚れたのだという。
◇◇◇
夜に賑わいが出来、ブラドは酒を飲んで邸宅に戻った。千鳥足がぴたりと止まる。
そしてよれっと木の陰に消えた。
侵入者5人の影はいつの間にか6人になっている。
「もう一度作戦を確認させてくれ」
仲間のドラムスの声にリーダーのオドルコルが答える。
「お前たちは西の窓、ライカルたちが東の窓だ」
「見つかったら殺していいんだよな」
「当たり前だ」
そのやりとりに違和感を持ったのがドラムスだ。誰がしゃべったのか分からない。仲間の誰かの声なのだが、誰だろうか?狼狽気味の男。
最初にこの違和感をもった男がダガーで喉を描き切られた。ドラムスが犠牲者となったのは、ドラムスに違和感を覚えた気配が滲んでいたからだが、それだけではない。音もなく背後から首が掻き切られた。デスアスプを仕留めたあのダガーだ。彼を殺害した暗殺者は最初に聞いたドラムスの声色を真似ていた。だから、こいつに生きていられると、面倒だ。
「殺しちゃならねえのが、誰だっけ……?」
「王女は財宝の隠し場所を全部吐かせてからだ」
「そうだった」
賊は2人づつ二手に分かれ、リーダーのオドルコルが単独で別口から侵入する手はずだ。ブラドはペアを組んだ相棒を始末した。背後から喉をスパッと。
そのまま邸内を通って西側で回り賊の侵入を待ち伏せる。黒く塗ったナイフが二人の賊の額に突き立った。
「リーダー」
耳元の声。振り返ろうとして打撃を受け、オドルコルは昏倒した。
結局オドルコルはただの物取りだった。凄惨な拷問をしたので間違いはなさそうだ。
「オドルコルが移送途中で殺されたわ」
「そりゃ残念ですな」
ソフィの口調はいつになく厳しい。
王都で裁判をするため、オドルコル配送された。輸送の馬車に手槍が突き立てられていたことを気付いたのは移動の途中だ。中を開けてみると、輸送車の壁を破った手槍はそのままオドルコルの腹部を貫いていた。
「やったのはお前ね」
なおもソフィは食い下がってくる。
「違いますぜ。それより警備にはコストをかけないといけねえ」
「ブラド」
ブラドから見れば大分年下だがこの女が苦手だ。
交流会で怪我をしたブラドの治療をしたのもこの女だ。治療してくれる女にブラドは申し訳なそうに言った。
「へへ。せっかく色男にしてくれたのに、面目ねえ。台無しだ」
あの日、ミネルヴァに敗北したブラドはさすがに少し落ち込んでいる様子だ。
「いいえ、途中から相手を応援していたので構いませんよ」
「なんだそりゃ」
ブラドは苦笑いした。
「剣筋は剣士の本質に結びつく。切っても切れないほど強く」
ソフィの言葉にブラドは首をかしげた。
「どういう意味だ?」
「もう少しぶれていたら、あなたの奇襲は成功したかもしれませんね。剣士としての気位の低さは、ドブの放つ悪臭のように果てしなく低いとはいえ、あなたの本質はそこまで悪くない」
「ふふふ。負けた日にこんなに蔑まれることもあるんだなあ……」
そう言われて多少泣きそうな顔つきのブラドだった。しかし、この女の優しい笑顔をブラドはこの時初めて見た。
王女の側近。怪しげな魔法で王女に手を貸す油断ならない女。しかし、その笑顔はブラドの偏見を粉々にした。
ソフィの指が手櫛で乱れたブラドの髪を梳く。大人の女性が子供にそうするかのように。
ソフィーティア・ディムランタン。
王国最大の貴族の令嬢。才能もある。それに見合う努力もしたのだろう。だが、それだけ。修羅場などとは無縁に生きてきた何も知らない小娘。そう思っていた。
だが違う気がする。思ったような軽薄な小娘ではない。この年齢で慈母の包容力を感じる。ブラドは顔を赤くしていた。
初めてまともにしゃべった日を思い出す。ソフィにウソは通用しない。ブラドは正直に言った。
「ソフィ様。拷問を少しやり過ぎちまいまして。恨みを含んでいるでしょう。後顧の憂いってやつですよ」
「あの男に家族がいたら、その人たちに恨まれる」
ブラドは、申し訳ありません。この失策は必ず挽回すると言った。
翌日から彼は治安維持の仕組みを作り始めた。町民に自警団を結成させ、夜警を行わせた。不審者を発見した際の通報手順も整備した。その仕組みは十分機能している。




