第34話 The flower petals
「テオドラ、後二人残っている。僕に任せてくれるか?」
テオドラが嗚咽しながらもクリスの言葉に頷いた。
ボク達は決して正義の味方じゃない。相手だって悪とは言いきれない。彼らには彼らの正義があるのだ。やっていることも同じ暗殺。両方とも正義と言えるなら両方とも悪とも言えるのだ。
でも可能ならよりマシな方でありたい。これからやろうとしていることはまもなく始まる戦火を消す、結果として多くの人の命を救う。そう思うしかない。
救われる人の中には、ボクの知っている誰かの笑顔があるのだ。
古い邸宅の中には老婦人。枢機卿となった半魔は彼女の夫だと言う。
「年齢も大分離れていてね。二人の間に子供は残せなかったけど、私たちは滅び行く存在だ。仕方ないのかもしれん。だがお前たちのようなものもいる。なぜもっと早く来てくれなかったんだ?さあ、魔人の世を作ろう。私たちが築いてきたものを全て継いでおくれ。そして魔人が人間を支配する世の中を作るんだ」
夫を殺したと聞かされても彼女は動揺せずに言った。悲願成就の機会が訪れたとさえ思っているのかもしれない。
彼女は一方的にいかに人間が邪悪な存在かを語り続けた。同情すべき点はあるし、語られる内容には事実も多いと思う。
だが、いまクリスたちが直面してる問題はそこにない。
「お前たちなら出来る。お前たちを待っていたんじゃ」
そう言われても響きはしない。薄情だろうか。だが、共感までは出来ない。つまりは彼女の抱える問題は、こちらと共有の問題ではないのだ。
「クリス、ウルスラ、お前たちに任せる」
シグルドはテオドラを連れて外に出た。しばらくして半魔の気配が消えた。
新教皇サンジエルは普通の人間だ。アイシス教の神は半人半魔から神になったとされる。どちらの立場にも与しない中立の神だ。差別なき世界はそのような思想の元にこそ成立するのだ。
差別なき世界。彼の理想はそこにあった。
かつて人類が魔人の膝下にあった時代。彼らは木の実を食べ、川なら魚、野なら小さな獣を狩って食べた。やがて作物の栽培の知識を得ると、蓄積の技術が発達した。
富の蓄積はいわば貧富の差の出現である。
富を蓄積した者蓄積していない者。蓄積があるから奪う者が現れ、同時に奪われるものが現れる。奪い合うから争いが生まれ、そして勝者と敗者が分かたれる。立場が形成される。差別が生まれる。
経済重視の前教皇は許されざる背信者だ。
私たちの力で世界を良くしましょう。そう言ってくるものの中に魔人がいた。とはいえ、彼らは帝国の暗殺やクーデターまで発生させたわけではないのだ。
外国から敵対派閥の一族がやってきた。捕らえるよう指示はした。指示はしたが、まさか獄卒が殺すとは思ってもいなかった。
政変が起これば便乗する者が出てくる。特に失策には付け込んでくる。
今回の真相はその程度であったに過ぎない。
それでも誰かが責任をとらねばならない。サンジエルにはその役目が課された。クリスの剣は彼に一切の苦しみを与えることなく、首と胴を分離した。
クリスが直ちに王国と帝国の国境付近に向けて出発した。オレルネイア王国外交団と接触のためだ。クリスの手には戦争を止めるための切り札がある。アイシスの責任者の首だ。これを帝国に渡さなければならない。
進軍中のアリオンの元にオレルネイア王国の外交使節団が向かっているとの報告が届くと意図的に進軍の速度が緩やかになる。外交団の来訪願いの先ぶれに王女プリシラの著名のある手紙が入っていた。
「陛下がきっとご満足なさるお土産を用意させております。なにとぞ外交団の願いをお聞き届け頂けますよう」
停戦に必要なのは、なにより体裁作りだ。それに協力するというのであろう。内容次第で王国は帝国に貸しを作れる。
ワイバーンに乗って王国外交団に教皇の首を渡したクリスは夜明け前に戻ってきた。
朝日が昇る前、一行は大聖堂に入った。僅かに気配を感じたためだ。そこでは小さな女の子がすでに祈りを捧げていた。
サンジエルには養女がいる。
養女にしたという少女がこの子だろう。
「ここが君たちの信仰する神様の居場所なの?」
「大聖堂にはいません。でもあなたの心の中にいるでしょ?」
ウルスラの質問に少女はそう答えた。
大聖堂から出る際にクリスがシグルドに言った。
「気づかないとこでした。あの老婆、子供を残さなかったというのはウソでしたね。できるならあの子を支援したいなあ」
一行の足取りは決して軽くは無かったが、ともかくも戦争は未然に防がれたのだ。
それでもウルスラの表情が硬い。
その一方で、独断で一人でここまで来たテオドラ。彼女にとっても一応の決着はついたのだ。
◇◇◇
アヴァロンの渓谷。そこにかかる吊り橋の下にヒトデの形、星の岩がある。星の岩はアヴァロンの観光名所の一つだ。それを見に行ったのだ。ジータを誘って。
吊り橋から真下を見下ろすと、渓流の中ほどにその岩がある。水の流れに尖った箇所が削り取られないのか、不思議な岩だ。
その岩に花弁が舞い落ちる。渓谷の根を張る大きな期には花が咲きつめ、風が吹く度に花弁が舞った。赤ちゃんの手のひら位の大きさの花弁を咲かす木だ。風に吹かれて一枚一枚散っていく。
「一見すると、花弁はばらばらに気ままに落ちて行くように見えるでしょ?でもね、本当は、最初から落ちる場所が決まっていて、その場所にしか落ちないの。見て、あの花弁。岩の上に落ちるから」
ジータがそういって指し示す花弁はどれも言葉通り星の岩の上に舞い落ちた。
「でも風の吹き方とかで変わるんじゃないの?」
「それも含めてのことだよ」
テオドラの疑問にジータは確信の言葉で返した。
花弁であっても、枯葉であっても、その落ちる場所は無作為に見えてあらかじめ決まっており、決まった場所以外には落ちないのだ。
なら彼女は、ジータは、今回の事も、運命の決着点として納得しているのだろうか。納得して死んだのだろうか。
それとも、こうなるとは知らずにアイシス領に入ったのか。
もはやその質問をしたところで、返事はないのだが。
だが彼女は花弁の落ちる場所が分かると言っていたし、実際全て言い当てて間違うことがなかった。
◇◇◇
そんなテオドラの思い出話に、ふとウルスラが足を止めた。そして突然今来た道を大聖堂に向かって走り出す。
そうじゃない。そんなはずがあってたまるか。
後ろ楯を一夜にして失った半魔の少女。運命は彼女が後ろ楯を失ったことじゃない。半魔であることが決まった運命だと納得できるのか。
クリスの言うことも理解は出来る。確かに戦争は回避されるだろう。戦争が始まれば無辜の命が何千と失われたのだ。でもそれは半魔二人の命と天秤にかけて軽い方を捨てたことを意味する。
少なくともウルスラはそう解釈した。
人数で言うならその通りだろう。
でも人口比の割合ならば、同じことが言えるだろうか。
半魔は世界にどれほどいるのかウルスラは知らない。
もしかしたらあの二人で世界の2割、いや3割とかもっとかもしれないのだ。
何千人と人口の二割ならどちらが重いだろうか。同じことが言えるだろうか、言える余地があるのだろうか。
残った彼女は彼女1人で世界の何割に相当するのだろうか。寿命の長い彼女は人間と同じ成長の仕方をしない。人間の世界では生きていけない。彼女に危害を加えることは許さない。私がゆるさない。
追いかけてきたクリスたちが見たものは、少女を抱きしめて号泣するウルスラの姿だった。
シグルドは思う。魔人、半魔、人間。共存共生は難しい。だが知るべきではある。お互いをだ。賢明なものたちなら、手を携える道を探るだろう。
知った上で自分で決めるのだ。他種族との関わりあい方を。自分の態度を。
誤算は一つだけ。思っていたよりウルスラがずっと大人で、そして温かく優しい感情を有していたことだ。人間だろうが、同種族だろうが、容赦のない血に飢えた狡猾な怪物だと思っていた。彼女はその生まれ故郷で人間たちから血の魔人と呼ばれ、恐れられていた存在だ。
だが、彼女はクリスから学ぶ必要もなく、温かい慈しみの心を持っている。なら彼女はこの先、判断に他者の事情も慮るであろう。そのことが他の種族との対立との引き金にはなり得る。なり得はするが、解決だってできる。その可能性は確かに感じられる。
花弁の落ち行く先は、誰にも分からない。たとえその場所があらかじめ決まっていたとしても。




