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第32話 風雲急を告げる

 大陸がその報せに揺れた。震源地はアイシス教皇領だ。教皇に対し帝国への亡命を進めるものもいたとされる。現地ではそのような情報がすでにあったのだ。だが亡命は間に合わなかった。教皇暗殺の報が大陸を駆け巡る。


 フレデリカの父、教皇サンフラゴは対王国融和派だ。王国の経済力を評価し、経済と貿易の成長と富の蓄積を重視する一派だ。その一派は粛清された。


 その一派にレイブンの学生、ジータ・イーマとルーツを同じにするノイマン・イーマ枢機卿がいる。彼には息子がおり、ダルド・イーマ。皇帝の巫女イーマは冠婚葬祭に関わる行事が多い。隣国にいるノイマンもよく参加していた。だからその息子ダルドとも何度も一緒に遊んだことがあった。


 そのダルドも死んだ。一族はノイマン一家の遺体を引き取りにアイシス教領に入った。外交ルートを通じた正式な入境だ。

 古い巫女の家系。一族は一族の墓地に眠るのが習わしだ。


 魔学の学生寮に再びの悲報。インペリアル・レイブンのカークから。

「ジータが死んだ。アイシス領で投獄され、獄中で」

 無念さが滲み出ていた。そうだろう。状況から殺されたに違いない。魔学の寮は新たな悲しみに包まれた。

 悲しみに暮れるレイブンは全校生徒が校舎を占拠し、帝国宮廷に要求を突き付けた。


 アイシスに報復せよ!我ら誇り高きインペリアル・レイブン、帝国騎士団と共にアイシス討伐の急先鋒たらんことを望む!


 帝国皇帝、テリセウスは優秀な政治家だ。内政、外政、両面に長けている。一方で剣の腕はたいしたことがない。皇帝のなんかという剣の秘技は伝え聞いたが、使う技量はない。それはともかく今回の件、非はアイシスにある。それにアイシスは帝国にとって属国も同然だ。落とし前はつけなければならない。


 だが、アイシスは帝国の外交要求をすべて撥ね付けた。イーマ家一行は国内で犯罪を犯し、国内法に従い処罰したとの一点張りだ。

 軍事的制裁。帝国としてはそれをもって示しをつけねばならない。

 しかし、帝国内にはアイシス教徒も多いのだ。内乱を誘発することにでもなったら……。逡巡躊躇。


 仕方のないことなのだ。一般人なら。だが彼は皇帝。正しいかどうかより決断と行動が重要だった。それをしないもの、怠るものは欠格者だ。そして皇帝テリセウス暗殺の報が大陸を駆け巡った。


 ◇◇◇


 ジータ・イーマ。同級生。親友。彼女と机を並べた8年間。彼女は負けず嫌いでよく対抗してきた。

 巫女の家系。不思議と彼女の言うことは良く当たった。


 明日の天気を知りたいときは、彼女に聞くのが一番だった。

「明日は休みだよ。明日の天気を聞いてどうするの?デートとか?」

「いや、そうじゃないけど」

「もしかして、あたしとデートしたくて遠まわしに?」


 そうだよ。

 あの日、そういえば言えば良かった。デートしてくださいと真っ直ぐ言えばよかった。その機会は永遠に失われた。

 彼女はもしかしたらそれを期待していたのではないか。自惚れとかじゃなく、その一言の交換をする余地は二人の間にあったのだ。そういうふうに関係を、距離を縮めてきたではないか。


 ジータは獄中で殺された。楽に死ねたのか。痛い思いはしなかっただろうか。苦しくはなかっただろうか。


 アイシスに報復しなけばならない。だが今の皇帝では駄目だ。皇太子アリオロス。彼だ。彼ならやる。


 そのためには現皇帝が、――邪魔だ。


 ◇◇◇


 夜半帝国宮廷は大臣や政務官、騎士の面々が詰めかけ、深夜でもかがり火で明るかった。

 官僚服を着たその男は廊下で誰何された。

「ここから先は皇家の皆様がおられる。私はカイエン・ワグナー。君の要件は?」


 男はガタガタと震えた。カイエンと言えばその名も高き、帝国の黒騎士だ。

「ああ、そういえば皇帝が葡萄酒を頼まれていたな。君が持ってきてくれたのだな、皇帝は左に曲がったバルコニーにおられる。待て、通行許可証がないな、これを貸してやる。急げ」


 胸になにやら紋章をつけられた。そのまま守衛の前を通り、バルコニーにいる男を見つけると背後から魔法を放った。

 皇帝は衝撃で柵を破壊し、落下していった。


 次の瞬間、視界が逆さまになる。上半身の無い、下半身だけが立っているのが見えた。そして自分の下半身と認識する前に意識が途絶えた。


「警備の責任者はお前か」

「は、はい……」

 カイエンの前で男が震えている。その男の首が廊下に転がった。


「次、この時間の守衛に当たっていたもの、前に出ろ」

 血しぶき、転がる首。


 皇帝暗殺の大罪人、インペリアル・レイブンのカークは死亡。護衛も責任を取らされ斬首。そして翌日皇帝暗殺の容疑で占拠中のレイブンに軍隊が派遣された。


 だが帝国騎士団とインペリアル・レイブン生徒の衝突はギリギリで回避された。

 衝突を回避できた理由がマケドニア騎士団の介入だ。

「双方手を出せばともに殲滅する」

 マケドニア公爵が大音声で宣言し、その場に雷が落ちた。比喩ではなく。


 そして同日アリオロスの戴冠宣言、次いでマケドニア公爵の元帥就任が発表された。


 偽帝アリオロスを討伐せよ


 アリオロス戴冠の翌日、前皇帝の姉、セレーヌ後見のもと、彼女の息子セリウスが真・皇帝を名乗ってクーデターを起こした。セリウスわずか10歳。前皇帝の宰相、バクスター卿が宰相の位について諸侯に号令をかけた。

 偽帝討伐。


 異国に留学していたアリオロスと先代からの宰相バクスターでは宮廷内や諸侯とのパイプが違う。人脈が違う。バクスターたちはアリオロスたちを数で圧倒した。バクスターの軍隊が宮廷を襲撃し、宮廷の中で殺戮が始まった。


 ◇◇◇


 アリオロスは初めて人を殺した。侍女を救うため。血に濡れた剣を持つ手に震え。今眼の前で別の召使が敵の手にかかろうとしている。アリオロスは手の震えを払うように、皇剣メロミアを振った。


「陛下、有難うございます」

 助けられた年配の女性召使。修羅場にもかかわらず、落ち着きがある。アリオロスの顔の返り血を拭う。

「どいてろ」


 前方に追手が三人。戦闘の一人を斬り伏せ、倒れるその体を追手の一人めがけて弾き飛ばす。もう一人が振るった剣を躱し、すれ違いざまに胴体を切り払った。

 死体をどかして立ち上がった三人目を始末して召使を振り返る。


「逃げるぞ」

「はい、陛下。ですが、奥の部屋に召使たちが」

「どっちだ」


 クーデターの騒乱の中、部屋の一室にバリケードを築いて隠れていると言う。召使の案内でそこに行くと、アリオロスについた廷臣の家族たちもいる。女性、子供、老人。ほとんどが戦えない者たちだ。

 アリオロスは宮廷からの撤退を決断した。


 退路は血路。血路を開く。

 アリオロスは手にした剣メロミアに祈りを捧げ、誓う。初代ネメシスが民を守りながら開いた血路も同様だったと聞く。我も続く、初代様よ、照覧あれ。


「陛下、お供します」

 白銀の鎧に青のマントとサーコート。白の縁取りに青のサッシュの騎士が3人かけよる。


 アリオロスに声をかけた左翼の騎士は黒髪セミロングの女性。左の肩口にⅣの文字。その後に戦えるものが続く。正面突破。


 アリオロスはいきなりティタノマキア・ゼーリムニルの一撃で敵前衛の数人を死体、いや細切れの肉片に変えた。

 強い……!

 Ⅳの文字の騎士は胸中で感嘆した。初めて彼を見た日の感動が蘇る。


 その一撃で敵は怖気づき、味方は沸き立つ。白銀と青の騎士が剣をふるう。返り血で全身を染めながら戦う彼らは目立った。目立つことも彼らの役割。味方の勇気と敵の恐怖。白銀と青の鎧に軍装はその象徴だ。


「パラディンがいるぞ、気をつけろ」

 敵の声は悲鳴に近い。


 その敵の側面めがけさらに新手の騎馬が十騎、突撃した。十騎全員白銀に青。たまらず壊乱した敵は追撃せずに女子供を逃がすことを優先する。


 向かう先は歴代皇帝の墓地が帝都を見下ろす黒龍山だ。

 およそ500人強。アリオロスを慕って逃げてきたものたちだ。

 戦えるものは老人を数に入れても200人ほどか。


「助かった。礼を言う」

「ふふ。生きて宮廷に還れたら、たらふく御馳走して頂けるんでしょうな」

 笑って返すのは白銀の鎧と青のサーコート、胸にⅩⅢの数字。恰幅の良いひげの男性。ガルボイ・トリナーツアッチと呼ばれる騎士団隊長の紋章だ。誇り高き称号、青の13と言う意味である。Ⅳの文字を刻んだ騎士がその傍で微笑んでいる。


 全員で13人。いつの時代であって、減ることも増えることも無い伝統の合計13人。

 大陸に名を馳せる帝国聖騎士団インペリアル・パラディン。青の13こと隊長アンタレス以下13人。この13人は――、アリオロスを選んだ。


「敵は眼下に集結しています。その数12000」

 パラディンの一人が索敵してきた報告内容だ。アリオロスは戦闘に参加できる200人のうち、100人を女子供の護衛にまわした。彼らの役目は過酷だ。護衛ではあるが、最後の時が来れば300人の女子供の苦しみを開放するのが任務だ。


 そしてアリオロスは後を彼らに託すと残り100人を連れて山肌が露わな岩場の方に向かった。彼らが死なねば残るものも後に続けない。


「岩を落とし、同時に突撃。狙うはバクスターの首。出来るか?」

 一同は無言で頷いた。ここから下を見下ろすと、下までほぼ直角に見える。崖から身投げするようなものではないか。


「勝ったぞ、この勝利を初代ネメシスに捧げん」

 長身のアリオロスが剣を抜いてかざすと、月光にギラリとメロミアが瞬いた。月を背後に従えた黒の表地、赤の裏地のマントが翻る。覇王の姿、帝王の姿だ。


「勝ったぞ」の言葉が一同の胸に浸透していく。風雲急。

 雲が月を覆う。今だ。


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