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第31話 変わらないもの

 待ちきれない、待つ必要などない。馬が駆ける。向かうは帝国マケドニア領。入境後、監視がついたが、特に何をする気配もない。むしろ護衛でもしてくれているかのようだ。公爵邸はなにひとつ変わり無かった。

「お帰りなさいませ」

 老執事が出迎える。

「どうぞこちらで旅装をお着替えくださいませ。お風呂の支度をいたします」

 あの若い召使がついた。一気に邸内が騒がしくなる。


「奥様がお帰りになられた」

 老執事がそんなことを言っているのが聞こえる。旅の汗を流して着替えると、すでに料理が用意されていた。


「有難うございます。こんなに良くしてもらう立場でないのは自覚しておりますが、公爵に報告もございまして、皆様のおもてなし、お受けさせて頂く次第です。短い滞在になると思いますが、どうかよろしくお願い致します。」


 一同瞠目する。雰囲気が別人だ。ぎらぎらした抜身の危うさがすっかり影をひそめ、代わりに柔らかな表情に温かな雰囲気が滲んでいる。公爵はその夜帰ってきた。ミネルヴァは公爵に急な訪問の非礼を詫びながら挨拶を済ませると、大会の様子を報告する。

 そこで知ったのだが、優勝したクリスと公爵は顔見知りだった。


「そうか、強いとは思ったが、それほどか」

「はい、底がまるで見えません。儀仗の儀礼にも精通しており、魔学の生徒によると魔術も高い水準で出来るようです」

 言葉だけ聞くとにわかに信じがたいが、実際ミネルヴァもアリオンも敗れている。そもそもアリオンの、いや皇帝家の奥義を初見で、それも無傷で破るなど信じがたいことをしたのだ。


「俺も彼の人柄は少しだけ知っている。裏表なく快活で献身的だ」

「同じように感じました」

 ミネルヴァが相槌を打つ。彼には非の打ちどころがない。


「確か庶子ではあるもののディムランタン公爵家の出身だ」

 ディムランタンとはあのディムランタン公爵家か。王国内で最大版図の領主ではないか。その令息にしてあのふるまい。


 ミネルヴァは見識の甘さを痛感する。

 そうだ、アリオンがソフィに振られたと嘆いていた。

 当然彼女は公女であろう。


「ソフィは第一公女だったな。王国第一王子の婚姻相手の可能性も十分あると思う」

 そうであろう。家柄に加え、とてつもない美貌の持ち主だ。

「もっともあのぼんくら相手に心が動くかどうか。王妃という立場にも興味がなさそうだ」

「そう思います。ご存知かどうか……、アリオロス様がアプローチされた際、許嫁がいるからとお断りされたち聞きました」


 初耳だ。しかしアリオンがソフィに気持ちを寄せている気配は知っていた。


「身分を明かしてか?」

「そこまでは……」

 ミネルヴァはそこまでは聞いていない。


「いや、すまん。実はアヴァロンで会ったとき、クリスがアリオンを不用意にアリオロスと呼んで、ソフィがクリス睨みつけていたから、あの二人は知っているんだろう。きっと帝国皇后の立場にも興味はないのだ。まあそれより今日は早めに旅の疲れを取って、明日どの程度腕をあげたか見せてくれ」

「はい」


 自分の剣はかつてとは比べ物にならない。それは交流会での経験を経てさらに磨かれた。それを披露するのが楽しみなのだ。


 早朝から剣を重ねる二人。もう汗びっしょり。後年この二人がくすぶる第二次人魔戦争を本格化させるトリガーになることを今は誰も知る由がない。


 ◇◇◇


 クリスはソフィとウルスラを伴って、彼の秘密の場所「浄化の泉」に来ていた。浄化の泉とはクリスが勝手にそう呼んでいるに過ぎない。深霧の森の奥、人が踏み入ることは無い。

 ソフィたっての願いだ。シグルドに会わせて。クリスはシグルドとこの場で伝言を交換し合っていた。


 ソフィを連れてくると書いた伝言は外されている。外されているということは、シグルドがその伝言を読んだことを示している。

 そして今日が伝言に記載したその日だ。


 ウルスラがカタカタ震えている。そして、物音がするたびにビクッと震えた。強い湿気はなんだか息苦しくなるよう。木々の緑、水の青、岩の黒。暗めの群緑色系一色の世界だ。


 真上まで埋め尽くす木の枝と木の葉、その間から日差しの光線。それがもやっと漂う湿気を可視化し、常ならぬ神秘の光景は苔生す岩さえも生命感に溢れている。

「ヒイッ」

 男の出現にウルスラが悲鳴を上げた。

 ガチガチガチ……。


 見るとソフィの腕にしがみついたウルスラの歯が鳴っていた。

「シグルド。久しぶりね。世界征服とやらはもう済んだの?進んでいるようには見えないんだけど」

「ああ。あれはそもそも冗談だしな」

「……」

 クッ……。


 少し顔を赤くしたソフィが居住まいを正す。

「まあいいわ。それよりウルスラから奪った心臓を返しなさい」


「なるほど。別にお前たちの命を狙っていたわけじゃなかったってことか。もともとただの保険だ。危害を加える心配がないならすぐにでも返すぜ」

 シグルドはいきなり自分の腹に腕を突き入れた。


「ヒッ」

 今度はソフィの悲鳴。だが何事もなかったかのようにシグルドが腕を抜くと、その手には臓器らしきものが握られている。手を抜いた場所からは血も出ていないし、服も破けていない。

「こっちへ来い」


 呼ばれたウルスラが天を仰いで号泣しながらよたよたと操られているかのようにシグルドに近づく。実際操られているのだろう。左手で体を抱き寄せ臓器を握った右腕がウルスラの胸にぶち込まれた。


「北方ベルガドでやったことをここでやろうとするな。殺さぬまま五体を引き裂いて永遠に見世物にするぞ」

 小さな声で囁く。ビクンビクンと全身を激しく震わせるウルスラ。


「ヒイイイイ……」

 あまりのおぞましい光景にソフィも声を抑えれない。

 だがシグルドが腕を引き抜くと、やはり血は出ておらず、傷一つない。だが、さっきと違いウルスラの服はこぶし大に破れ、白い肌をのぞかせている。


「お前……、なんで……」

 ウルスラに上着を掛けてあげながらジロッと睨む。

「言っておくがわざとじゃねえぞ。服とかは、自分の着ている服とかじゃねえとそうなるんだ」


「それで、元に戻ったの?」

 舌打ちをしてからソフィがウルスラが元通りになったのかを質問する。

「見ての通りだ」


 どこが見ての通りなのかまるで分からない。だがウルスラにも同じように聞くと、戻った気がすると答えた。


「クリス、ウルスラをお願い。私はシグルドと少し話をしていくわ」

「その辺にいるから終わったらこの笛で呼んで」

 クリスは笛をソフィに渡して木々の合間に消えた。


「で、今まで何をしていたの?」

「400年前……」

「うるさい、今のことを話して」


 話の腰を折られたシグルドがコホンと咳払いをした。

「ま、まあ、話を聞け。話には順番と言うものがある」


 400年前、人魔戦争は4人の魔王と彼らの頂点、魔神大帝の死をもって一応終結した。すなわち魔人による人類の居住圏への攻撃は停止し、さらに魔人はそれまでの人魔境界線を放棄し、居住圏を大きく後退させた。


 彼らは人類から距離をとって暮らしながら、いずれ聖女が復活し、魔人たちを滅ぼしに来ると語り継いでいったのだと言う。


 人魔戦争を経験した人間が全て次の世代に移った頃、人間は生存圏をどんどん拡大し、ふたたび魔人と接触した。この接触期間における相互の紛争を人魔戦争とは呼ばない。なぜなら一方的な蹂躙・虐殺だったからだ。

 人口比で人間が1000倍ほど多く、魔人の集落は数で圧倒されて見つけ次第根絶やしにされた。魔人は集団生活を諦め、ちりぢりになってその一部は人類との同化を試みたのだと言う。


「でも寿命や成長が違うわ」

「そうだ。、それが大陸全土に広がった魔人裁判、魔人狩りに発展する」


 村に実は魔人が住んでいた。このことは人類に潜在的恐怖を植え付けた。

 あの人は魔人かもしれない。


 最初のうちは、そういう噂がたてば村長や長老が間に入って、折り合いがついていたのだ。やがてその傾向は都市部にも広がり、密告という形になった。密告をもみ消すのは賄賂だ。賄賂が役人の収入源となると密告は奨励された。


 そしてそのことは宗教的対立にも利用されていく。やり玉の一つがアイシス教。人魔の融合を説いたアイシス教は弾圧された。街の広場でアイシス教徒が磔にされ、焼き殺された。


 憎悪の連鎖。だがアイシス教団はどこからか金を用意し、弾圧から逃れたのだ。

「その金は、魔人の宝から生まれたものだ」


「アイシス教団と魔人はどこかで結びついたのね」

「そうだ。そして聖女が復活し、魔人を滅ぼすという言い伝えも教団に伝わる」


 魔人の逃げ場としてアイシス教、そしてその見返りの魔人の秘宝はアイシス領建国の費用になった。


 ソフィは少し考えた。

 その考え方は魔人が教団に意図的に伝え残したものだ。それが教義の中に残るほどにはその当時の魔人が中枢に食い込んでいたことになる。

「それでそれが?」


「お前はアヴァロンの寮で魔人に襲われたな?」

「クリスに聞いたの?」

 テオドラが神聖魔法の奇跡を使用した日のことだ。帰り道霊樹に寄生する魔人に尾行され、テオドラが襲われた。


「まあそうだが、事前にクリスに言っておいたのさ。アヴァロンに行くなら気を付けるように」

「つまり、お前は霊樹のことを知っていた?」


「そうだ。俺に神聖魔法は使えない。しかし、魔人の錬金術で真似事が出来る。まがい物でどうにか延命するか、本物を待つか。それなりに悩んだ」

「まがい物では不都合があるから悩んだのでしょ?」


 その通りだ。本物がいればそれに越したことはない。しかし、代償が発生するのが一点。そしてもう一点。


「テオドラは計算外だった。頭の片隅にもなかった。だが魔人が出たと知った。尾行されたんじゃない。匂いで探り当てられた。聖女の匂いだ」

「な、なによ」

 キッと睨みつけた顔がちょっと赤い。しかもさっきより少し距離をとっている。


「聞け、これからだってお前やテオドラは狙われるかもしれないんだ。純度が高いなら半魔でも」

 そしてシグルドは続けた。

「魔人は聖女の血を求める。だからお前の周囲を探索していた。アイシス領の動きを探った。それが俺のやっていたことだ」


「何よ、全部私のためみたいじゃない」

「そうだ。お前は俺のすべて、俺の世界そのものだ。お前が右目と引き換えに俺に命をくれたあの日からずっと」


 キモいと思ったがさすがにそれは口にしない。


 キモいがこいつが400年前の約束を守り続けているのだと思うとちょっとだけ涙が出る。


 こいつのキモさは400年前も同じようなことを言って同族と殺し合った点にある。


 もっと言えば400年前と違っておっさんの見た目になったくせに、目を潤ませてやがる。超絶キモい。

 こいつはキモい。

 きもいきもいきもい。


 ソフィはただ声も無く涙を流した。その胸にシグルドの頭を抱いて。聖女アウレリアがあの少年の日のシグルドにそうしたように。


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