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第30話 進路

 

 交流会最終日の朝。今日も早朝から出店が準備している。稼げるのも今日までだ。出店の主人たちも一層気合を入れる。

 長身赤髪の男が大路を闊歩する。王都の活気は商業の活気だ。参考になる。彼は武技決勝を控え、平常心を心掛けた。

 メリッサは南西の空を見上げ祈りを捧げた。今日も彼女を見守る明けの明星。必勝の星。常に比べ、今朝一際強く光を放っている。


 ウルスラ。久しぶりの早起き。とてもさわやかに感じる朝。ソフィに話してよかった。骨がきしむような重りをやっと肩から下したよう。

 クリス君を精一杯応援しよう。ホムンクルスと聞いて、それでも今も彼女にとって、クリスは希望の象徴だ。


 クリスはフレデリカと一緒に観客席にいた。テオドラとメリッサの戦いだから、どちらの手伝いもしない。ソフィがウルスラと一緒にやってきた。

 チラチラとクリスを見るウルスラ。


 気付いたクリスが言う。

「なんか見られてんだけど」

「見てないし」

「見てたよ」


 二人はしつこく同じやり取りを繰り返す。当初はウルスラを警戒していたクリスだが、人を見る目も確かだ。彼はウルスラを大丈夫と判断したようだ。

 シグルドと違って弟は何でもできるからね。

 ソフィは安心したように二人のやり取りを見ていた。


 周囲からもくすくすと笑い声が漏れる。ソフィたち一行は見た目から目立つし、いつも騒いでいるので耳目も集める。すでに観客席に風物詩のようなものだ。

 大陸で著名な旅行家エンデル・ハワードはこの国を訪れ、帰国後、出版した本に王都滞在時に見た交流会の様子を書き残している。


「観客席には女神がいる。彼女が微笑むと皆が笑う。何とも言えぬ暖かな空気が周囲を包んで、その空気が会場全体に広がった。彼女は勝利の女神でもあった。彼女が選手の名を呼べば、その選手は必ず勝利した。今も彼女の席には誰も座らないという。不意に彼女がやって来て、またそこに座るかもしれないのだから」

 客観視点を損ないかけた彼らしくない一文だ。短い文の中に、その日みた憧憬が滲み出しているかのよう。



 先に出てきたのはテオドラだ。クリスの表情が心配そうになる。ハンディがあるのだ。できればその分だけでもテオドラの手伝いをしたかったというのが本音だろう。そしてテオドラ自身がそれを望まないことも知っているのだ。


 遅れてメリッサ。魔女だ。まごうことなき魔女の気配。テオドラとはまるで違う。彼女が登場した瞬間、会場の温度が下がったような錯覚。魔法使いでなくとも分かるオーラのようなもの。すでに彼女の魔力は満ちて溢れ、会場内の万物に作用している。見ている観客の精神にさえも。

 魔女を視野の中に捉えたなら、人は怖気づくものなのだ。


 銀河が広がる。見える。観客席からそう見えた。信じられない。メリッサから伸びる影。その影の向こうに宇宙が見えるのだ。いや地面に伸びた陰にだけではない。彼女が作る陰影のすべてに無数の星雲が。そしてキラキラと光がメリッサを取り囲む。星の光は防御魔術。防御を張って向こうに控える対面の魔女、テオドラを見据える。手元に生まれる赤い星。勝利の明星。高密度の光の束が光線となって一直縁にテオドラに向かって飛んだ。

 その光線の中心をテオドラの放った魔法が穿つ。穿たれると同時に同時に金星の輝きがテオドラの直前で防御魔法に押し留められる。シールドの先に防御魔法を張ったのはテオドラも同じだ。メリッサの動きを見て、防御を張る余地があると知ったからだ。進めぬ金星の内部と張られた防御魔法を貫通してメリッサのシールドにテオドラの魔法が当たった。


 呆然とメリッサは膝を折った。

 ただのマジックショット。レベル3最強の魔法が一般魔法に破壊された。

 勝利の金星を引き裂いたのは大昔に人類が獲得した最初の魔法だった。


 ◇◇◇


 会場の一角で持ってきた弁当を拡げているのはソフィだ。

「ウルスラと一緒に作ったのよ~」

「えーおいしそ~」

 ソフィ、ウルスラ、フレデリカ、クリス、そして試合会場から戻ってきたテオドラとメリッサ。

 ソフィとウルスラが作ったと言うお弁当は絶品だ。二人とも料理上手だった。ソフィは400年前から料理がかなり上手だ。そのソフィから見てもウルスラの手際は華麗で効率的。

 かなりのベテランではないのか。

 味付けもいい。素材そのものが出す旨みを知っていて、余計なことをしない。旨みをどこからどう取り出し、それをどこに再配分するか、緻密な計算が成り立っている。

「あんた、本当は何歳よ」

 ボソッと聞いたがウルスラは聞こえていないフリだ。鼻歌交じりに料理をしている。二人でする料理は楽しいものだ。特に料理上手同士なら。

 そして。

 楽しく作った料理は例外なく美味しい。東西古今の区別なく、それが料理の真理だ。

 一同お弁当の美味しさに感動した。


 ◇◇◇


 ミネルヴァは自分から申し出てアリオンの肩を揉んでいる。もうすでにアリオン、クリス二人の問題だ。自分にできることは多くない。決勝戦の二人と剣を交えたことのある自分だが、どちらが勝つかは分からない。ただ、剣により厳しさがあるのはアリオンだ。クリスの剣は厳しくないと言うと語弊になるのだが、やはり優しいのだ。

 強いて言えば厳しさの分が差になるのではないかと思う。勝負とは、より非情な者に傾くのが世の常だろう。


 会場に向って前を歩く男の背中。大きく見える。いつもよりずっと。


 最終日そして武技の決勝戦。アリオンが長身にふさわしい長めの木剣を構える。上段は威圧の構え、攻撃の構え。クリスはいつもどおり平正眼。

 ティタノマキア・エインヘリアル。

 できるなら観衆の前では使いたくない。だが、ようやく巡り会えた全力を出せる相手。使える技を使わないなんてあまりにもったいない。

 観客席から驚愕のどよめき。アリオンが二重に見える。二重の剣がクリスめがけて振り下ろされた。

 カツンカツンと弾く。

 どちらにも物理攻撃力がある。闘気が形をなしたものだ。本体の動きに追随している。

 引き離したらどうなるのかな?


 本体の剣を受け流し、闘気の剣を弾き返す、或いは本体の剣を右に弾き、闘気の剣を左に弾いた。シンクロする本体と闘気の動きに違いが出るようにしているのだ。すると疲労の蓄積が極端に増えるのか、あっという間にアリオンは汗まみれになって、肩でゼエゼエと息をしている。闘気の分身が消え、上段の構えも乱れている。


 強すぎる……。


 固唾をのむミネルヴァ。二重の剣が見切られている。この状況を見るまでミネルヴァはその力量の差異の有無をまったく感じ取ることが出来なかった。だがなおもアリオンは勝利に執念を燃やしている。笑っている。闘志に燃えながらの不気味な笑み。初めて見る表情だ。


 ティタノマキア・ゼーリムニル


 ゲルニア皇家に伝わる剣の奥義。皇帝の剣だからと言って決して儀礼における舞踊ではないのだ。初代皇帝、ゲルニアのネメシス。彼は剣を持って魔人と戦い、領土を守った実戦の英雄だ。その剣には闘気が乗り、魔人の身体も切り裂いたと言う。ネメシスは一人息子にその奥義を伝えた。そして代々の皇帝に受け継がれ今に至る。400年の間その意味は変わらない。魔人から領土と民を守れと。その奥義を正しく使えた者は歴代400年のうち数人しかいない。その数人の一人が末裔アリオンだ。闘気を乗せた木剣の一撃は先祖が後世に残した帝国のレガシー、究極の魔人殺しだ。


 コッ……。


 その一撃を寝かせた剣先の先端でクリスが突いた。衝撃を相殺キャンセルするゼロカウンター。帝国の剣の最高到達点が、なおこの少年剣士に通用しない。


 うそ……!


 眼を見開いて両手の手のひらで口を押えるミネルヴァ。その目にクリスが構えを変えたのが見えた。下段気味の脇構え。

「真・円舞斬」


 何も見えない。何をしたか分からない。それほどのスピード。ただアリオンが場外まで吹っ飛んだのが分かった。


 魔学の学院長アレクシアのもとに伝書梟が結果を携えてやってくる。三校交流会の結果だ。


 魔術の部 第1位 アヴァロン魔術学院 テオドラ・ブルーバード

 武技の部 第1位 アヴァロン魔術学院 クリストファー・ディムランタン


 両部門1位は魔学始まって以来、というより両部門の一位が同一校から出るのは交流会初の出来事だ。すなわち王国初の出来事。そしてそれぞれ14歳と15歳。この二人はあと数年在籍する。その間に魔学はどこまでの高みに到達するのか予想さえできない。手紙の中には結果報告のほか、テオドラからの伝言が入っていた。


「メリッサ会長とクリスは二人で寄り道するので、帰りが遅くなるそうです。」

 そう書かれていた。


 ◇◇◇


 緑が続く草原。その奥に碧い湖畔。もっと奥に碧い山嶺。そして木造ウルネスの三角屋根。

 トライアド魔術学校。

 クリスはメリッサにそういう名前の学校だと説明した。

 たくさんの子供たち。平民の子供が多い。穏やかな表情の若い女性の先生が指導している。

 笑い声。楽しそうな日常の一部で彼らの充実が垣間見える。先生が気づいてこっちに手を振っている。クリスが手を振りかえした。

「なんでこんなものを見せるの?」

「この風景にはこんな意味がある。だからこう解釈してほしい、とか。そんなことを言いたいんじゃない。見たものに対する感じ方は一様じゃないからね」


「じゃあ、言い方を変えるわ。なんでこんなとこに連れてきたの?」

「見て感じてほしいからだよ。どう感じるかまでは君次第さ」


「うらやましく思ったわ」

 素直に答えた。

「それが聞けたら十分だよ。ヒルダに挨拶しに行こう」


 ヒルダとメリッサ、かつてのライバルは抱擁して再会を喜んだ。メリッサが三つ年上だが、そんな感じもしない。激闘を共に経験した二人の関係は対等だ。

 話し込んでいると子供たちが騒ぎ出している。

「そろそろ帰るわ」

「そんな、もう少しゆっくりしてったら?」

 帰ろうとするメリッサをヒルダが引きとめる。


「ねえ、ヒルダ。人手は足りてるの?」

 足りてるように見えない。

「ギリギリね」

「足りてるんだ」


 ヒルダは言いなおした。

「ギリギリ足りないかな」

 そして言葉を足す。

「明日、魔学の学院長に魔法の先生の紹介してもらえないかお願いしに行こうと思って。案内手伝ってくれる?」

「もちろんよ」


 ◇◇◇


 翌日、メリッサの内定辞退が伝書梟によって王都魔術省に届けられた。

 メリッサの入省を心待ちにするあまり、待ちきれずにもう彼女の名前のプレートが入った机も入荷済みのエステバルは納得がいかない。なにしろその机はすでに自分の机の横に設置してしまっているのだ。

 彼はすぐに詳細を確認させた。


「メリッサ・アビスフィールドですが、非常に小規模の魔術学校に先生として赴任するそうです。なんでも現在先生が二人しかいない学校だとか」

「そうか。じゃあ、しょうがないか」

 そこまで聞けば、学校名まで確認したりはしない。そんな予感はもともとあったのだ。

 ゼビル卿に、大陸1の魔女ヒルダ、そしてメリッサ・アビスフィールドまで。あの学校はもしかしたら100年先まで名を残す名門になるかもしれんな。

 エステバルがふふふと笑っているので、報告した事務員もつられてふふふと笑った。


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