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第3話 私の執事

 ソフィは眠れぬ夜を過ごした。セバリスは魔人に従う監視役ではないのか。記憶を取り戻したことがばれた瞬間、400年前の報復が始まるのでは?それとも村の疫病は罠だったのか。村を助けに行くか、監視されていたのでは?


 しかしそれならさっさと殺しても良かったはず。それにセバリスに邪気は感じない。でも、でもセバリスを疑うのはもう嫌だ。彼は幼少時よりずっと面倒を見てきてくれた。


 彼になら。

 そうも思う。ソフィは意を決し、公爵領に戻ると先ずは魔人について何か知らないか聞いてみた。


「ソフィ様。これを」

 セバリスは本を自室から数冊を持ってきた。

「この本は魔人の歴史を口述で集めた内容を記録に残したものと聞いています。数百年前に最初の編纂が行われ、写本が繰り返されたものです。」


「セバリスは魔人に興味があるのね?」

「はい。お読みになるのは時間がかかるでしょう。よろしければ簡単にお話ししますか?」


「ええ、お願いするわ」

 セバリスが言うには魔人は神人という存在のコピーなのだと言う。神人は最初の人類だ。魔法を操り、その力を使い、世界を彼らの都合よく変えていった。


 神人同士の争い事が起こると魔法でコピーを作り、そのコピー同士を戦わせたのだ。

 それが魔人。神人の奴隷であり、おもちゃだ。

 そして魔人は増えて、やがて反旗を翻した。神人はその時のための保険を用意していた。魔人から寿命と魔法を奪う呪いを植え付けておいたのだ。


 呪いを受けた魔人の寿命は短くなり、そして魔力も体力も寿命も10分の1ほどに失われた。


 反旗を翻し、その結果呪いで力を奪われた弱き存在。それが人間だ。


「一部の魔人は、裏切った魔人の末裔たちつまり人間を狩りました。その狩る立場を率いたものが魔王と呼ばれる存在です」


 人間は意外に手強かった。一人ずつは脆弱な存在だが、集団としては対抗する術を身に付けていった。弱くなったはずの彼らは短くなった寿命のよるものか、繁殖意欲が人間になる以前、すなわち魔人だった頃に比べ、飛躍的に高い種となった。


 また、旺盛な繁殖意欲の結果、生まれた多くの子孫に対し、それまで蓄積してきた知識や技術を伝えることに積極的だった。

 この継承の手法はやがて体系化していき、後に学問へと発展するのだが、体系化の過程で発展・改良を行うというこの有効性に気づき、それが文化として根付いて行ったのだ。

 彼らは改善を次々と行い、また改善や改良を専門的に行う者も顕れた。


 これらは人間の特徴となったが、もともと強い魔人には興味のないことだった。人間は魔力制御に頭を使う割合も減り、その分を道具や武器の改良に使ったのだ。


 人間の人口は爆発的に増え、増えただけでなく、短時間で道具をより効率の良いものに変えていった。失われた魔力の代替になり得るものではなかったが、飛躍的な人口増加と短期間で改良される道具は、魔人が持ち得ぬ武器であった。

 人間はその武器をもって魔人に抵抗した。


 そして勇者が誕生した。勇者の功績は随分と修飾された内容になって後世に伝わったが、間接的には魔王の死亡をもたらした。

 残った魔人は人間との争いから身を引いた。身を引くことは神人に対する裏切りと同じ意味だった。

 その時に神人の呪いに基づき彼らは寿命、体力、魔力を人間並みに減らし、人間と同化していった。


 ソフィの目から涙が滂沱のように落ちる。静かに、そして見るでもなくセバリスはその様子を見ていた。


 セバリスの言うことが本当ならなんのために人類と魔人は戦い続けたのだろう。きっと魔王をたおして、そう言って楯となって死んだ者もいる。本に書いているのは事実なのか、そもそも言った通りの内容が書いてあるのか。


「どこに、書いてあるの?」

「すべて。お貸ししますので気が済むまで読んでください」

 目の前に持ってきた本全部が差し出された。


「時に、一月ほど前、疫病が流行った村をご存知ですかな?」

「え、ええ、噂には……」

 セバリスの質問にソフィの返答がわずかに言い淀んでいる。

「噂……。箝口令が敷かれたそうですが、まあ、いいでしょう。その話では、奇跡の巫女がやってきて井戸の水を聖水にしたそうです。かつてそのような魔法があったと聞きますが、すでにそのような魔法は途絶えています。回復魔法では傷は治せても病は直せない」


「……。あなたこそ箝口令が敷かれた話に詳しいようだけど?」

「はい。そうですが、問題はこの話の結末です」


「結末?」

「聖水をせしめて売買しようとした賊によって村が襲われたのです」

「そんな、あの水は他の病には……」

「そんなことを賊は知らない。この世界にそんな知識は無いのです。400年前と違い、貨幣文化と情報伝達が浸透し、全て金に変わる世の中です。襲われた村では3割ほどの人が亡くなった」

「ひどい……、どうして……」

 そういってからソフィははっと顔を上げた。


「400年前って何?あなたは誰?」

 胸に秘めていた核心の質問。成り行きで飛び出した。いやセバリスに言わされたのかもしれない。覚悟を定めてきたのはセバリスもなのだ。彼には彼の葛藤があったのだろう。

「アウレリア。私は当時まだ子供でした。今とは似ても似つかない、わかるはずもないか」

 アウレリア。懐かしい名前。そう呼ばれるのは400年ぶりだ。


「だ、誰!」

「クリスは俺のホムンクルスだ。似ていると思わないか?髪の色さえ同じなら」

 何色だと言うのだろうか。あの銀とベージュのような色ではなく。それなら黒のイメージだ。シグルドのような……。そうシグルドだ。クリスはシグルドそっくりだ。


 目の前のシルバーのオールバックが黒く変化していく。黒くなって伸び、前髪が垂れて目にかかる。


 初老の男ではない。黒い無精ひげ。30歳半ばくらいの壮年。前髪の間から除く片目のぎらつき。目にも肌にも精気がみなぎっている。


「魔人の報復の心配なら無い。当時から生きている魔人は俺くらいだ」

「シグルド!」

 ニヤリと男は笑った。

「俺はもう行くぜ。お前は時代に合わない取り残された聖女だ。その力は世界からも時代からもはみ出す。余計なことはやりすぎるな。400年前より人の心は荒んでいる」


「どこに行くというの?」

「そりゃ魔神大帝復活をさせるのさ。ははは、今度こそ世界を征服してやる」

「な、何を……」


「クリスは置いていく。お前を守るだろう。俺の代わりに。気にすることは無い。あれは俺の右目で作った。400年前、お前は俺のために右目を捧げた。だから俺はお前から預かったものを返したに過ぎない。それともお前が俺についてくるか?400年前は年下だったが、今は俺の方が年上だ。俺が魔神大帝でお前が魔神皇后。世界を統べる魔神皇后は人魔融合の象徴だ。そう考えれば悪くねえだろ?お前は美しいし、誰でもひれ伏させることが出来る」


 え、お前の妻になれと?


「だから、何を言っているの……」


 シグルドは暫くソフィの右目を見つめた。深い知性に輝き豊かな感情に揺れるのを見て取り、満足そうな様子で背を向ける。

「そうか。じゃあな」


 案外本気だったのか、バツが悪そうに照れ笑いのような微妙な笑みを浮かべ、そして驚くことにセバリスは窓から飛んで行った。神人に反目したものは魔力がほぼ無くなるのではなかったのか。まるで羽でもあるように飛んでいる。


 何が魔神大帝だ、世界征服だ。時代に取り残されているのはそっちだろう。化け物みたいに飛んでみせて。はみ出し者などとよく人に言えたものだ。


「なんだ、あいつ」

 口調とは裏腹。分けも分からず頬を清く熱いものが伝い、セバリスが出て行った窓から射す月の光を受けて涙の流れるさま、月下湖面の煌めきのよう。


 ◇◇◇


 ディムランタン公爵領は広大だ。そこの家宰ともなれば仕事の量は膨大で、一人いなくなっただけで大混乱だ。

 ソフィは仕方なく王都へは予定通りには戻らず、故郷での滞在期間を延期して邸内に残った。そんなことを見込んでいたのか、セバリスは多くのことを部下に権限委譲して日頃からやらせていた。


 その筆頭がマチルダ・タルドだ。マチルダは下級貴族出身で王立騎士団に所属していた。その彼女だったが退官を機にセバリスが公爵領に連れてきたのだ。剣も出来るし、出納の経験を特に積ませている。彼女の存在がセバリスの不在を埋めた。


 邸宅の中ではなぜかクリスがセバリスの位置にいた。燕尾服を着て恭しげに振る舞っている。

 公爵家の家人たちにとっては困惑の対象でしかない。よほどセバリスの教え方が丁寧だったのか、仕事ぶりは非常に良かった。細部にまで気が行き届き、判断の基準も明確だ。ベテラン執事のような余裕さえある。


 公爵も特にそれを放置しているので困った家人たちがソフィに泣きついた。

 クリスの行動はクリスらしいとも言えるが、用意周到な気もする。あらかじめこんな日がくることを知っていたように。それは邸宅の混乱とは別に、確認が必要なことだ。ソフィは週末、公爵領に帰り、ソフィはクリスを迎えに行かせた。


 ソフィの部屋には紅茶とクッキーが用意されていた。

「わあ、姉さん。今日はクッキーですか」

「クリス。なんだか元気ですね?」

 クリスはにっこりとほほ笑む。


「ねえ、あなたはセバリスが去ることを知っていたの?」

「いえ、前日に聞かされました。明日からお前が公爵とその家族を守るのだと。ですが、セバリスは以前から去る日の準備をしていました。ボクの多くのことを教え、セバリスがいなくなっても大丈夫なようにしていたのですよ」


「守るって……。どうやって……」

「僕は剣も魔法も出来るのです」

「……」


 そんな気はした。無鉄砲にカーター領の襲撃に行っているし、城内への侵入までは成功しているのだ。シグルドが教えたに違いない。なら、魔法はどうなのだろう。

 シグルド・ヴェクザグリアス。魔神大帝の皇太子。400年前の魔族最強。魔法にも長けていた。

「どんな魔法が使えるの?」


 クリスは右手をかざした。手のひらを天井に向けて。ボウッと炎が揺らめく。創炎の能力はレベル4かそれ以上の魔法だ。


 人間の使える魔法は一般にレベル3までだ。レベル4以降は精霊の協力が必要になる。特別な詠唱も必要になり、今その言葉は市井に伝わっていない。


 炎を操作することは出来ないし、炎を生み出せるのは世界に一人か二人いるかの超高等魔法だ。それを無詠唱で出来るのは……。確かに高位の魔人は無詠唱でレベル4以降の魔法を無尽蔵に使用していたのだった。


 現在レベル1の魔法を習得すれば魔法大学の卒業資格を得ることが出来る。レベル1は魔力を衝撃波にしたり、魔力で物を動かしたりする魔法だ。


 レベル2と3はその発展形。威力も範囲も桁違いに大きくはなる。だがそれでも炎だとか水とか風に作用することは出来ない。そういうのはレベル4からだ。レベル4の魔法使いは大陸に一人いるかどうか。


 目の前に最低でもレベル4の魔法使いがいる。だが、驚いたのはソフィではない。クリスの方だ。


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