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第28話 勇者の剣技

 これが終われば武大を卒業するだけ。そして望み通り王国騎士団に入団だ。卒業生次席。決して恥ずかしくないような、でも少しだけ心に残るものはある。それを捨てたい。今日全部。今日が俺の決勝戦だ。

 入学以来一度も勝てず、それどころから努力して剣を磨けば磨くほどその差を広げていった男、アリオンに最後の勝負を挑むのはアリオンの同級生にして盟友、エリック・ダンだ。

 今日こそアリオンに勝つ。ここに全てをそそぐ。


 代々帝国騎士輩出の家系。騎士こそ名誉、名誉こそ家訓。引き継いだ代々継承されるダン家の剣技エステロソ・オルナシオは帝国守護者の誇りの剣、名誉の剣だ。言い伝えがある。エリックの先祖は初代勇者だったという。真偽が定かではない神話の時代の話だ。彼の先祖シリウス。ただ、言い伝えにあるその名は剣技と共に残った。ダン家の剣技こそ勇者が魔王を倒したそれだ。


 彼が10歳の頃、裏山で土石流が発生した。その直前まで彼は木剣を腰に差し、3歳下の女の子と遊んでいた。彼をお兄ちゃんと慕う隣の家の子だ。髪の毛をまとめて後ろで縛り、丸い額が可愛い。「おでこちゃん」と呼んでいつも可愛がっていた。いつもエリックの後をついてきた。マネして腰に木剣を差して。何かあると泣きながら木剣を振り回してエリックを困らせるのだった。

 その二人に土石流が迫った。昨夜まで長雨で堆積した土砂が、今になって堰を切ったのだ。その崩壊した斜面の先に、エリックたちはいた。二人の前に土石流に流され襲いかかる流木。エリックには勇気と誇りがあった。彼女を背中にほうにやってかばい、腰に差した木剣を構える。

 流木の中心に向けて、正眼に構えた木剣の突き。それは秘技エステロソ・オルナシオ。突きの一点、その効果の大きさを決めるのは打突部位だ。異国の言葉にも「蟻の一穴」とある。些細なほころびが千丈の堤さえ破るという喩だ。

 突きに過度な力はいらない。相手の力が強ければ強いほど、それは相手に還る。問題は当てる部位だ。必殺の突きを放つ。すると流木は爆ぜ、土石流までもが割れた。モーゼの神話のごとく。しかしそれは長くは維持しない。やがて二人が飲み込まれる。エリックはあの日のことがたまに脳裏に蘇った。彼女はどうなったのだろうか。おでこちゃん。二人とも一人っ子。妹のように数年を過ごした3歳下の隣家のエミリー。考えても詮無いこと。今はこれも雑念。その雑念を駆けよる足音が打ち消した。

「頑張ってください」

 試合場の受付の女性だ。額に古い大きな傷がある。彼女はそれを恥じていて隠したがっていた。エリックは不用意だった。

「大きなけがをされたことがあるんですね。大きな事故でも?」

「い、いえ」

 彼女は話したがらない。それも当然の事なのだ。エリックは自分の不注意さに気付いた。10代半ばの女の子に、なんとデリカシーに欠けていたか。そして利き腕である右腕をめくって見せた。手の甲から肩まで壮絶な傷跡がある。土石流のあの日、爆ぜた流木の一矢報いるかの反撃で、エリックの右腕をざっくりと筋肉ごと引き裂いていたのだ。裂かれた肉の間から象牙のような白い骨まで覗く大けがだった。

「ボクは10歳の頃に大きな怪我をして。でもあの日死ななかったのは天命と思っています。失った腕力を元に戻したくて頑張った。右腕は今も人より非力ですが、無駄な力の抜けた柔らかい剣が使えます。そして初対面の方に傷の話をするのも初めてで、きっと何かの縁と感じます。もし優勝できたら、お食事にお誘いしたいのですが。」


 無言、結局返事はもらえなかった。失言を埋め合わせたつもりはない。自然と出た本音の言葉だ。縁だって本当に感じた。だが、そうは受け取ってもらえなかったのかもしれない。それでも今日、走って駆け付けた彼女はお守りだというネックレスをくれた。そして……。

「頑張ってください。このネックレスは大事な人からもらった命を守る力です。片時も離さず持っていた宝物です。きっとあなたに勝利をもたらしてくれるでしょう。あなたの勝利を祈っています」

 なぜか彼女の目から涙が溢れてこぼれる。今日の彼女は髪を後ろにまとめ、前髪で額を隠していなかった。


 準決勝敗退。

 秘技エステロソ・オルナシオはこの日の相手に通用しなかった。

 動揺したかな?平常心じゃなかったか?

 でもこんな気持ちなら平常心よりましだとさえ思う。彼の首には試合前にもらったネックレス。下手な字でエリック・ダンと刻まれている。記憶にある!10歳の自分が当時刻んだものだ。試合の直前に気付いたのだ。エステロソ・オルナシオ、その極意は一歩に込める踏込の鋭さと正確な打突およびその部位にある。この日は精度を欠いたのかあっさりあしらわれ、カウンターの強烈な一撃で地に伏した。立てない。担架が用意される。廊下の先、足音が響く。担架の上では天井しか見えないが、試合前に聞いたあの駆け寄る足音だ。


「おでこちゃん……」

 担架で運ばれるエリックは走ってきた受付の女性に声をかけた。

「お兄ちゃん……!」

 家宝の剣技、エステロソ・オルナシオの一突きは人生の記憶の苦い停滞、10歳のあの日から続く愁苦のダムに穴を開けた。

 ぶわっと。

 感情が堰を切って流れ出た。


 余談だがエリックに大けがさせたアリオンは、相手の突きが鋭すぎて余力をコントロールできなかったと証言している。入学以来の友人の怪我を誰も望んでいないと。あの突きは過去何度か見たが、そのいずれをも上回るもっとも研ぎ澄まされた突きだったと。


 怪我をさせないようになんて余裕は……初見ならボクが敗れていた。


 なお、エリックは3位決定戦を辞退している。理由とされた右腕の古傷の痛みではなく、大会中に恋人が出来てその恋人に危険なことはやめてと泣きつかれたのが真相と言われているが、それも噂の域でしかない。ただ敗れて王都を去るエリック・ダンの表情が勝者のように誇らしげに輝いていたというのは複数の証言で一致している。


 ◇◇◇


 4日目。観客席に座るソフィとテオドラの横に、ウルスラがいた。

「ねえ、ねえ、どっちが勝つと思います~?」

 ウルスラはよくしゃべる。その喋りが突如ぴたりと止まった。そしてゆっくり振り返る。

「クリス。何してるの?おやつあるよ、食べる?」


 そこにいたのはクリスだ。クリスはソフィのところまで来てクッキーを受け取った。今も姉の焼いたクッキーが大好きなのだ。

「ええと、大丈夫なの?」

「なにが?」


「何がって……」

 クリスはチラッとウルスラを見た。


「秋から魔学に入るウルスラです。よろしくお願いします、先輩」

「ああ、クリスです」

「ちょっと名前似てますね。似てるもの同士、仲良くしましょ、先輩」


 クリスはしかしあまり愛想が良くない。

「いや、そんなに似てないよ。ボクはクリストファーであってクリスラじゃないし、君だってウスルラファーとか、そんなんじゃないだろ?」


「なにそれ。テオドラ先輩~、クリスラ先輩がいじめるんです~」

 可愛らしい少女だが、禍々しさも感じる。同種の何かで分かるのだ。この子は魔人の血を引いている。クリスはそう思った。


「まあ、座んなさいクリス」

 姉は分かっているのだろうか。とりあえず言う通りにする。いきなりこの場でどうのこうのにはならない。


「いや、テオドラを迎えに来たんだよ。もうすぐ試合だ」

 クリスがテオドラと共に下に向かった。


 試合時間になって出てきたのはフレデリカとメリッサ。フレデリカにとってみれば憧憬の存在。超えるべき先輩。必勝の心構え。対するメリッサには余裕がある。昨日、奥の手は見せてもらった。その欠点は致命的だ。

 念動魔術はいい。だが結晶魔術は致命的だ。数をもっと絞って素早く打つべきだ。あんなにたくさんを時間をかけて。あれでは遅すぎる。


 チェインショット。5連弾のレベル2魔法。メリッサの詠唱は早くて正確だ。防御魔法が支えきれない。メリッサが打ち勝っての勝利。次の次の試合に出るため、試合が始まる前にテオドラとクリスは一緒に試合会場に移動している。


「ねえ、ウルスラちゃん。何が目的?」

 二人きりになった瞬間を逃さず、優しくソフィが聞いた。


「ちゃん、て。そうか、わたし年下だもんね。そうだよね。それに腹違い、種違いでも義理の姉になるかもしれないし」

「?」

 何を言いたいのか、ソフィにはよく分からない。だが義理の姉と言うからにはクリスと結婚でもしたいのだろうか?


「まず、何者か、教えて」

「クリスとあたしは多分同類。あたしの目的はクリス。危害を加えるとか、そういう可能性はゼロ。あたしたちは滅び行く存在。必死にそうならないようにしているの。分かるかしら」

 見た目ほど幼くないようだ。

 ソフィは覚悟を決めた。

「この話、ちゃんとしましょ。ここじゃなく話せる場所で」

「そうさせてもらうわ。でも早くしてね。あたしはあんたの手下に命を狙われているのよ。こっちの身にもなって。話をするまで手を出さないように言っておいてよ」

「は?知らないわ」

 本当にソフィは知らない。


「ウソつかないでよ。シグルドとかいうおっかない奴よ」

 何かを思い出したらしく、ウルスラはカタカタと震えだした。


「何があったのよ」

「ほ、本当に知らないの?」


「知らないわ。知らなきゃ対処できないでしょ。教えて」

「うう……」

 ウルスラが震えながら半泣きだ。

 仕方ないわねと周囲を気にしながらも状態異常解除の魔法。

「おお……、こ、これは……。これまでの発言には失礼な内容があったかもしれません。だとしても意図してのことではないです。どうかお許しを」

 おかしな具合に魔法が効いたか、それとも変な呪いでもかかっていて、それが解けたのか、急に態度が変わった。


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