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第26話 王女の誤算

 レイ・アーセナル。王国樹氷騎士団エースのアーサー・アーセナルの弟だが血のつながりはない。兄弟共に養子でそれぞれ両親が違う。レイは母と二人暮らしの平民だった。彼に目をかけたのが帝国の貴族だ。母がその貴族である伯爵邸で召使をしていた縁だと言う。伯爵邸で剣と騎士道を習った。肝心の伯爵は騎士道の対極の存在に思えたがどこか清々しさもあった。もっとも彼は貴族を好きになれなかったが。


 実の父はレイたちを置いて蒸発している。卑怯な男だと思って育った。レイは卑怯なことが嫌いだった。そして騎士道に傾倒していく。伯爵の助力があり、レイはインペリアル・レイブンに入学したのだ。そしてひょんなことで母が伯爵の情婦であることを知る。実の父はそれを知って去ったのだと。無知を恥じた。

 そしてレイは貴族を憎んだ。でも今は出来ることは限られている。ただひたすら剣と騎士道に没頭した。同級生には貴族の子弟も多い。彼らを一方的に目の敵にした。気づけば学年で一番強くなっていた。強いけど同級生たちの視線も冷たい。彼は孤独だった。もう帝国から離れたかった。そんなときにゼビルからスカウトされた。アーセナル家の養子になる道を提案されたのだ。

 帝国から離れることが出来るが、その代わり、憎むべき貴族の養子になる。悩んだが、もうこの国も、この学校にいるのも嫌だった。

 新天地を求めた。

 果たして向かった先にあったのはどろどろの貴族の文化だった。接待漬けでの八百長貴族。王女も公女も美しい。しかし、その中身の何と醜いことか。そして試合の前日に今まで見たことのない連中を5人も、同じ学校の生徒で同じく代表だと紹介された。


 そうですかそうですか。素敵なクラスメートをたくさんもてて幸せだよ。

 レイにとってそんなことはもうどうでもいいのだ。かつて引き分けたアリオンが出場している。この交流会、いや養子になってまでこんなところに来た意義のすべてがここにある。受付のエミリーの名簿にサインをしてレイは出場者控室に入った。この場の意義を自覚し集中力が高まるのを感じる。


 レイはしかし、新しいクラスメートの一人を気にしていた。なにか嫌な雰囲気がある。貴族のそれでは決してない。もっと野生の、なんというか生存競争を勝ち抜いてきた狡猾なケモノのような……。そして危険だ。毒を持っているタイプだ。たしかブラド・ゾルと言ったか。


 観客席は満員だ。上段に貴族席があり、プリシラもソフィもそこにいた。

「問題のあいつがトップバッターか……。ねえ、ほんとに大丈夫なの?」

 ソフィが言ったのはブラド・ゾルのことだ。盗賊ギルドを配下に納め、裏社会に暗躍し、一度は死刑判決が出たものの、恩赦を受けて王族の裏の仕事をしているという男だ。


 Q. 犯罪者が入学できるのか?

 A. 恩赦されているので犯罪者ではない。恩赦済の彼を犯罪者扱いすることのほうが侮辱であり、違法だ。


 Q. 年齢は?

 A. 入学規制に年齢条件はない。適正な入学者だ。


 Q. いずれにしても理念や性情の点で、王学にふさわしくないのでは?

 A. 王族の仕事を任せられた人間であり、信用度が高い。


 王族の仕事とは言うがプリシラの私兵に過ぎない。プリシラは杞憂と笑った。ああいうのにも弱みはあるのよ、と。

 ソフィはそれ以降口を出していないが、やはり心配だ。

 そのブラドが会場に出てきた。対戦相手は武大の剣姫こと、ミネルヴァ・ウエストザガだ。すでに王都にまでその名が伝わる美人剣士。

 開始と共にブラドはにこやかな歩み寄りミネルヴァに握手を求めてきた。

 やむなく応じるミネルヴァ。

 カクンと膝が落ちる、が、かろうじて耐えた。

 ヤワラ術……?


 一度背中を向けたかと思ったブラドがそのまま木剣を横になぐ。すでに試合は始まっているのだから行動自体に問題は無い。

 カツッ……!

 ミネルヴァはかろうじて受ける。まだ膝に力が入らない。ブラドの連撃。しかしその動きは単調だ。反撃に転じ……。

 その瞬間、ピキーンと腕の筋肉が突っ張って硬直した。

 不随意運動の一種。筋肉の緊張と緩和が連続して起こった際にまれに発生する振戦現象。ブラドは単調な防御の動きをあえてミネルヴァの腕の筋肉に反復させて意図的に不随意運動を起こさせたのだ。腕が動かない。その上でがら空きの顔面を容赦なく狙った残忍な一撃。腕の筋肉が硬直している上に、脚の踏ん張りも効かない。ミネルヴァは上半身の柔軟性とスウェーだけでギリギリ躱した。長い黒髪が体の動きに追随して踊るように揺れた。汗が陽光にキラキラと反射し、なんと美しいことか。

「すげえ反射神経だ。今のを躱す奴がいるとはな。だが、顔面を狙われた恐怖は抜けねえ。剣を左手に持ちかえて降参の意を表しな。そしたら優しく試合を終わらせてやる」


 ミネルヴァはしかし、ふっと笑った。

「何がおかしい?」

「周りから見れば、きっと私があなた程度に苦戦しているように見えているんじゃないかなって。そう思うと、可笑しくて」

 もう腕も脚も回復している。


「違うのか」

「あなたは不意打ちでも私にかすり傷一つつけられなかった。現実に起こったことはたったのそれだけよ」


「ふん、バカが」

 ブラドが少し身をよじると、首から下げたタグプレートのようなネックレスがきらっと光った。太陽光の反射を利用した目くらまし。

 反射光がミネルヴァの目にかかった瞬間、ブラドの薙ぎ払いが飛んできた。

 光が視界を遮っている。だが、見ずとも剣の軌道が視える。足の運び、腰の回転。見える部分で見ない部分の動作を知ることができる。剣が描く軌跡はその体の動きに従う。だから剣の軌道も見えるのだ。

 カンッ。余裕を持って弾き、返す刀で同時に連続する打撃音3つ。3か所を撃つがその速さゆえ同時に近いのでほぼ音が重なる。

 バババンッ。

 3回撃たれ、白目を剥いてプルプルと硬直したまま震えるブラド。ミネルヴァが踵を返すと同時にその場にグシャアと頽れた。

 なぜかソフィが腰のあたりで小さくガッツポーズしている。


「見事……」

 さすが武大だ。騎士道を体現しているのはこの学校だろう。自分はどうみてもそっち側。武大の剣士と同じ道をゆく者だ。断じてあの卑怯な成りすまし野郎と同じではない。その武大の頂点に宿敵アリオンがいる。

 そして自分の対戦相手の名前を思い返し、ため息が出た。


 クリス・ディムランタン。こいつはあのディムランタン公女の弟ではないのか?ならば貴族中の貴族だ。当然クズだ。言葉を交わさずとも分かる。

 出自が全てを物語っているではないか。

 買収にまだ来ていないのが不思議だ。それとも向こうからは言いださず、こっちから勝手に負けなきゃいけないシステムなのか?或いはバカだから買収し忘れているだけなのか。


 いずれにしても関係ない。味方とはいえあの薄汚い連中には制裁が必要だ。まずはその弟の公爵令息さまを血祭りに上げて祝祭の供物としよう。

 レイは靴ひもをキュッと締めなおした。


「お疲れ、ミネルヴァ」

 試合を終えたミネルヴァが声をかけてくれたアリオンの隣に座る。

「とても学生には思えない態度とセリフだったけど、ま、ちょうどいい肩慣らしだったわ。それよりあなたと引き分けたというレイ・アーセナルの腕を見るのが楽しみね。」

 選手入場。すると後方から黄色い声が上がった。見れば魔学の女子生徒らしきグループが黄色い声を上げている。彼女たちは魔術の部の出場者だろうか。関係者席にいる。試合は午前中に全部終わったはずだ。

「クリスー」

「頑張ってー」

「キャー」


「この間と違う女たちね」

「いや、あの時の女性も」


 その指が指し示した方向は貴族席の上段。そこにいたのは昨日クリスとじゃれ合っていた女だ。なぜか、同じ学校である王学のレイではなく、対戦相手の魔学のクリスの名を叫んでいる。

 その様子にアリオンがくっくっくと笑い声をかみ殺した。

「そうか、あいつか。そういうことか・・」

 入場してきたクリスにアリオンの炎の眼光が突き刺さる。炎の密度が高い分だけ視野も狭まるものだろうか。二人は同じディムランタン姓。そういうことにさえ気づいていない。


「どうしたの?ま、彼じゃレイの実力を測る物差しにもなりそうにないわね」

 覇気を感じない歩様。一方、レイは闘志に満ち溢れているのが分かる。


 あの女、他校の生徒を応援してどうするんだ、バカめ。それともまさか、どっちが自校の生徒か区別できてないのか。


 レイは耳に届くソフィの声を苦々しく思った。彼女の声がやけに大きく聞こえる。

 このくだらない茶番を血に染めて台無しにしてやろうか。やろうと思えばいくらでも出来るのだ。そもそもこのガキは前日位は素振りをしてきたのだろうか。

 緊張感のない様子さえも腹ただしい。王学の公女と魔学の生徒が競うように大きな声で応援している。

 茶番だ、茶番なのだ。

 レイは周囲が良く見えていた。アリオンがどこに座っているかも分かる、先ほど見事な戦いぶりを見せた女剣士もいる。

 いいだろう、分かる者だけで楽しもう。


 集中力が高まる。

 それを見て取ったか、クリスがゆったりと剣を構えた。


「う……」

 そしてようやく気付いた。このガキは木剣をふるったことのないぼんくら貴族のガキではない。隙が無い。こいつは緊張感に欠けていたのではない。経験もきっと豊富なのだ。隙が無いのに力も適度に抜けている。


「む……。出来る……」

 アリオンがつぶやく。ミネルヴァも息を呑んだ。美貌の額を汗が伝う。


 レイはゆっくりと間合いを詰めた。下手に打ち込めない。だが気持ちが押されないように気迫で圧力をかけた。隙がないなら作る。

 そういう仕掛けの技術をいくつも持っている。どのようにでも料理できるのだ。それだけのものを身に付けてきたつもりだったが、動き出したのはクリスのほうが早かった。刹那の閃光。その一瞬の打突にレイ・アーセナルは一度も剣をふるうことなく場外まで吹っ飛んだ。瞬きする間さえ与えられなかった。

 初日の4試合すべてが終了した。準決勝に武大3人、魔学1人。合計四人。王学は初戦で全滅だ。


 ◇◇◇


「むきー」

 怒り狂っているのはプリシラだ。

「なんであんた、他校の生徒を応援してんのよ、逆でしょ!」

「だから最初に説明しておいたじゃない。実の弟だって。弟が出るときは弟を応援するって」

「違うわよ。あんなのが、あんな弟がいるんだったら、どうして王学にスカウトしてくれなかったのよ!」


 あんなのって……。

「他校の生徒を応援したから怒ってんのじゃないの?」

「そうよ、それよ!」

 どっちだよ……。

 初日、武技は全滅。魔術も3敗した。王学の結果は、ズルした結果はこれだ。もちろん、ルール違反ではない。ルールの不備をついたに過ぎない。すなわち脱法。脱法はしかし、ズルだ。その結果がこの有様。

 魔術の部は1日3試合、5日連続で行う。武技は明日は試合が無く、明後日準決勝、そしてまた一日おいて決勝戦だ。


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