第22話 狂気の学院
インペリアル・レイブンの一行は魔術部と士官部に分かれ、それぞれ王都を離れて魔学と武大に別々に向かった。来た時より馬車が一つ増えている。プリシアが用意した大量のお土産のせいだ。馬車ごと渡された。道中盗賊に狙われるのではないかと心配になるが仕方ない。
「なんか太ったよね?」
カークの不用意な言葉にジータのストマックブローが炸裂した。
10名の交流派遣団。彼らを歓待した魔学の懇親会は、王学に比べればずっと地味だ。少しがっかりしている自分がいる。
いや、目的はそんなところに無いとカークは自分を戒めた。
「すごい、本当にすごい」
校内見学の最中、ジータが興奮して何度も口にする。
彼女は心から感動していた。研究や実験、実習に使用する魔道具の数々、充実した実習施設。生徒たちの熱意。生徒たちは授業のほかに自分たちでそれぞれ独自のテーマを持った研究会をつくり、生徒会がその発表会の場を設けている。レイブンにこんな仕組みはない。
実際の授業の様子も見た。とても高度だ。
「王学はクソだったけど、ここは本当に素晴らしいわ」
目を輝かせて言うジータ。
「ふふ。王学も素晴らしいですよ」
魔学の生徒会長が振り返る。
「そうですね。しかし、誠実と言う一点では、魔学はどこよりも優れているように思います」
「誠実……。はい、魔術を追及する者の本質であり、私たちの自慢の校風です」
カークの感想を彼女は清々しく肯定した。
メリッサ・アビスフィールド。そう、こういう人物と出会いたかった。自分たちは大陸中より集められた秀才で、かつその中の選りすぐりだ。本気で魔術の頂点を目指している。同じレベルで話を出来る相手を、学外に求めていたのだ。
彼女は、きっと同じだ。カークはそう彼女を見た。
メリッサたちの案内でアヴァロンの街の周辺を見て回る。古い魔術の街には遺跡がのこっている。大陸最古の大学がインペリアル・レイブンで、同じ時期にレイブンよりずっと小さい規模で開校したのが魔術専門学校の魔学だ。
聖女アウレリアが最初の先生だったそうです。魔学は現存する学校では最古の学校ですが、魔法学校はそれ以前にもあったと記録があります。残念ながら名前が残るだけで詳細は分かりません。しかし、この周囲にあったといわれています。マリリカ魔法学校というそうで、そこに一人の天才が生まれたそうです。プラチナブロンドに青い瞳、神聖魔法を使うその時代唯一の存在。アウレリアのことでないかと言われていますが、学校の記録同様、詳細は不明です。
彼女の説明は、僅かに残る頼りない記録や、伝承によるものが多く、すべてが事実かは確認のしようがない。ちなみに伝承ではマリリカ魔法学校は王都の中にあったとされる。諸説あるが今の王都のある場所はかつてなにもない広陵で、大きな都は別の場所にあったとされる。それが事実ならこの周辺は古代王朝の王都であった、そういう可能性が出てくる。伝承ではあるものの、その伝承を纏めた記録が残っており、その意味では記録だ。
およそ500年前にその当時の伝承を記述し石版に刻んだ。その一部がこの地に残っている。500年前というのは聖女アウレリアや勇者マルス、魔王ネプラカーンの時代のさらに100年前。ここから西北にメルトリーズ湖という湖がある。伝承によるとそこはかつて水がなく、ただの大穴だったという。
そこから魔物が沸いて出て人間と戦争を起こした。この時代に多くの文献や記録、美術品が失われた。その起点となった場所が、ここアヴァロン。メルトリーズ湖は伝承に反して、水鳥が遊び、木の葉でも生じる波紋が印象的なとても静かで湖だ。
この地には聖女伝説と共に、彼女の伝承よりも昔の古い神話がいくつも残っている。剣と絵画の神にエルフの大魔導。
矛盾した話ではあるんですよ。アウレリアより100年も前の話なのに、アウレリアと同一人物にしか思えない者も彼らと共にこの地で生活していたんです。
メリッサは街を案内しながら自分でも気づかぬうちに自説を混ぜて話している。彼女の好奇心は時を超えて思考の時空を旅しているのだ。その説明はまるで眼前に当時の景色が広がるように鮮やかだった。
「有名なアウレリア像があれですね」
広場に中心にその像はある。
「片目だったんですか?」
「片目をつぶっていたと記録にありますが、はっきりとは分かりません」
メリッサの横にいる生徒が答えた。フレデリカとメリッサからそう呼ばれていた少女だ。
「ところでジータさんはジータ・イーマさんですよね?皇帝の巫女を代々勤めたイーマ家ですか?」
フレデリカが逆に質問をした。
「え、良くご存じで!そうです、そのイーマ家なんですよ」
「イーマ家の出身の方が、アイシス教皇領の枢機卿の一人ですね?お知り合いですか?」
フレデリカの表情が変わっている気がする。ジータはつい目をそらす。
「いえ、それは知らなかったです」
「そう……」
「あ、あの辺に最初の魔学の校舎があったと言われています」
メリッサ、フレデリカと一緒に来たもう一人の一番小さな少女が指差して言った。彼女は少し体にハンディがあるようだ。
肩まであるブロンド。左側頭部に一本にまとめた三つ編みが揺れて可愛らしい。。
緑と建築物が交互に重なって形成されているような深緑の町並み。自然の匂い。魔法使いの少女の姿が風景に良く似合っている。
現存する人類史上最古の魔法の学校、その校舎とそこで学ぶ生徒たち。希望に満ちて輝く生徒の瞳。聖女アウレリア。
見えもしない残像が浮かび上がって見えたような気がした。
◇◇◇
夜部屋に戻って今日のことを話す。だがずっとジータの様子がおかしい。カークは心配になって聞いた。
「大丈夫?」
「う、うん、さっきの、見た?」
何のことか分からない。
「あの子、手足が悪かったよね?」
「あ、ああ……」
テオドラと言ったか。ハンディにもめげず、明るい素直な子だった。
「浮いたのよ」
「浮いた?」
ジータが頷く。
バランスを崩し、転ぶと思った。その瞬間、見えない手で支えられたかのような動きになり、わずかに地面から浮いていたと言うのだ。
「まさか」
ジータのほかにレイブンの魔術部精鋭9人。念動の魔法を得意とするものもいるが、念動魔法は生物を動かせない。だから、人が浮くことは無いのだ。ジータの言葉は誰も信じなかった。
◇◇◇
翌朝、武大に行っている士官部の連中から連絡の伝書梟が届いた。
彼らは一日早く試合をしたという。
「1勝1敗の引き分けだそうだ」
「また八百長か……」
「いや、そうじゃないようだ……」
士官学部のエース、オスカーが全身複数個所骨折の重傷で、現地で入院したとあった。王都から回復魔法詠唱者が数人、馬を飛ばして向かっているという。
「あ、あのオスカーが?」
「試合で全身複数個所骨折なんてないだろ。闇討ちか」
「なんで1勝1敗なんだ。3人同士の対戦じゃないのか」
大騒ぎだ。
「待て、書いてある」
カークが仲間を落ち着かせる。
◇◇◇
試合は予定通り3人づつの代表選で始まった。
武大の先鋒は女性騎士。対するレイブンは同じく女性のサーナキアだ。武大の先鋒は言った。
「あたしは武大の最強騎士。出来ればそちらの最強にお相手願いたい」
「貴公が?レイブン筆頭はボクだが、本当にいいのかい?」
オスカーが応じる。
「武大の武の頂点があたしだ。臆したか?そうじゃないなら剣をとりなさい」
美人だがきつい女だ。大将席の長身の赤毛も強そうだが、10人のレイブン生の中でその彼を見たことがあるという者が複数いた。レイ・アーセナルと互角だったと言う者、宮廷で見たと言う者。
まあ、いい。
臆す、臆さない。その言葉が出た以上、後には引けない。
大将席のオスカーが先鋒に、それに従い、先鋒のサーナキアが中堅、中堅が大将と一つずつずれた。
扇爪連撃。
激しく連続するオスカーの必殺剣だ。二合目が撃ち返さされる。オスカーの背後、はるか後方に飛ばされた木剣が落ちた。首元に切っ先が突きつけられている。
「いい勝負だった」
そう言って踵を返す女にオスカーが叫ぶ。
「オスカー・ブラッククローだ。まだ終わっていない」
「ミネルヴァ・ウエストザガよ」
剣を拾ったオスカーの剣戟。その前にミネルヴァの一撃が防具の上からオスカーの身体を打つ。
膝を折るオスカー。
「あ、浅いッ、まだまだあっ」
命中したが、有効打ではない。そういう主張だ。
しかし、オスカーの剣は何度撃っても弾かれ、弾かれて空いた隙を打ち込まれる。さらにミネルヴァの剣は目にも留まらず、オスカーは反応さえできない。撃たれる体の動きが鈍くなり、
ついにはもう滅多打ちだ。
「それまでっ」
場内が震える大音声。大将席にいる長身の赤毛だ。彼は立ちあがり、女騎士の頬を平手で張った。
頬を張られた女騎士は乱れた長い髪を手串櫛で整え、視線を赤毛に戻した。
「相手も誇り高い騎士でしたので」
手を抜くことは相手の尊厳を傷つける。そういう理屈なのだろう。
その様子を見ていたオスカーが自身を支えきれず、ついに倒れた。
そのあとに泣き濡れ愛らしい顔をビショビショにした鬼の形相サーナキアがたじろぐ武大の中堅を破り、最後に赤毛の長身が帝国の貴族である身分を明かして棄権を申し入れたのだそうだ。
帝国の大貴族、それも特別な立場と思われる男に、不戦敗の不名誉はつけられず、レイブン側が引き分けを申し入れ最終的に1勝1敗で決着。
◇◇◇
「それにしてもイカれているな」
「王学と言い、武大といい、まともなのが一人くらいいねえのかよ」
連日接待漬けで八百長を申し出る政治屋養成学校に、骨が何本も折れるまで滅多打ちの脳筋専門大学。どちらもイカれている。
それに比べると、魔学はなんと常識的なことか。誰もが研究熱心だし、みんな親切で優しい。イカれた2校とは真逆の存在。
いや、ここが一番イカれているかもよ。
ボソッとジータが言ったのをカークは聞き逃さなかった。古い巫女の家系の血筋。彼女の言うことはこれまでも大抵当たっていた。
ジータのその言葉が真実だったと証明されたのは一月半後だ。
彼ら王国の3校交流試合。200年の伝統行事。魔学が史上初めて武技魔術両方で1位を輩出したと言うニュースはすぐに国境を越えて大陸中に知れ渡る。帝国のレイブンの生徒たちも強い関心を持っていたその結果。
すなわち総合第1位アヴァロン魔術学院。
魔術だけでなく武技もが1位。
武技とは剣や槍、斧など戦場での格闘戦の技術を競う競技だ。なぜそこで魔学が1位を得たのか、理解が及ばない。彼らに格闘戦や剣術の教科は無かったはずだ。
第一、あのミネルヴァ・ウエストザガが魔学の魔法使いや王学の貴族相手に敗れることなどあるだろうか。誤報か?その可能性も捨てきれない。
それに武大の出場者はミネルヴァだけではないはずだ。ミネルヴァの頬を張ったアリオンも凄まじい手練れに見えた。いずれにしても結果から見れば彼らは敗れたのだ。出場していればの話だが。
魔学が武技で優勝したとの結果を聞いたオスカーは終日呆然としていた。
◇◇◇
「ねえ、結果聞いた」
「うん」
結果とは言うまでもなく先日行われたという王国の3校交流会の試合結果だ。そう話し始めたのはレイブンのサーナキアとジータ。見には行けなかったが、この二人、いや交流の名目であの日王国に派遣されたレイブンの精鋭たち全員が、彼らの交流会の結果を強い関心を持って注目していたのだ。
「あの日、3戦全敗と聞いた時も驚いたけど、今日はちょっとショックが大きいかなあ」
ジータの前でそういうのはサーナキア。魔学との交流戦を行った魔術学部の結果を受け取ったのはサーナキアだ。0-3の3戦全敗……。あの10人、魔術の精鋭だ。誰も勝てなかった。書いてある文字を信じられなかった。
でも今考えれば、自分の1勝だって怪しいものだった。涙で顔をぐちゃにぐちゃにした自分を相手にした武大の選手の表情には明らかに戸惑いがあった。
泣きわめく妹をなだめるような、そんな表情にも見えた。
慈しみを湛えているかのような優しい目元。右腕に手首から肩まで縦に走る凄まじい傷跡。彼だって只者では無かったのではないか。




