第21話 モーニングスリー・イブニングフォー(Six of one and half a dozen of the other)
メリッサは学院長室に報告に行った。先日、一応話を通した上でのことだが……。
「話しに聞いていたのと随分違ったようじゃないか」
「申し訳ございません。クリスがパニックになってしまい、臨機応変に……」
「パニック?かすり傷一つ追わずに200人を、それも相手に怪我をさせずに制圧した男がかい?」
「は、はい、実際に様子が尋常じゃなく……」
「ああ、終始ゲラゲラ笑いながら生徒たちを小馬鹿にしていたらしいねえ。まあ、いい。これで終息するんだね」
「お約束します。それで、これまでと変わらず生徒の研究会活動は許可してほしいのです」
「恐怖で縛っても長続きしないよ」
そう言われたメリッサが、その時だけ不意に柔らかな笑みを湛えた。
ほお……?
メリッサもこんな表情をするのかと、アレクシアは意外に感じた。
「クリスが恐怖で人を縛るなんてことは出来ません。生徒も分かっているのです。彼が仕方なく悪者を演じたことを、本意ではなく力を示したことを」
「クリスの話になると顔つきが変わるんだねえ」
ヒルダの表情を思い出す。
「え……?」
「いいよ。もう行きな」
赤くなったメリッサの扱いに困り、退出を促す。
失礼しますと出て行ったドアを見ながら感慨深い。
あの日、ヒルダをうらやましく思い、同時に己の無力を呪った。今思い描いた光景がここにある。
今日の理事会は荒れるだろう。だがどうして魔学の未来を自らの手で絶つことが出来ようか。あの二人を退学になど絶対にさせない。例え王国魔術省と戦争になろうとも。
今度は私の番だ。
理事会は折れた。アレクシアのところに頻繁にやってくるのは魔術省政務官だ。この学院の卒業生でもある。後ろ楯は強力だし、大魔女との対立は避けたい。ルールはルールだ。だが背に腹を変えられない。それに荒唐無稽な話だ。200人をたった2人で制圧したなどと、誰も信じない。実際は200人を穏便に説き伏せたのだろう。それなら罰則の対象にならないではないか。むしろよくやったと称賛すべきだ。
理事会の議題は次に移った。
帝都レイブン師範大学、通称インペリアル・レイブンあるいは単にレイブン。校章から付けられた通称だ。そして議題に上がったのは、彼らが要求してきた生徒交流の件だ。レイブンは大陸最大規模の大学だ。王学に似ている。武技も魔法もそれぞれ教える。途中からそれぞれ専門の学部に進むのだ。
精鋭20人が王国内の各大学を順次訪問するといい、その受入打診が来たのだ。訪問の依頼があったのは3校らしい。
すなわち魔学以外に王学と武大。妥当な選択だ。
「王学は応じるでしょうな」
「そうなればメンツを重んじる武大も応じるでしょう」
大陸最大の大学、その精鋭とはどの程度だろう。インペリアル・レイブンは王学より歴史も古く、魔学と同じ時期に成立した大学だ。当時から規模も大きく、卒業生に各国の重鎮を輩出し続けてきた。プライドも高い。
その彼らの方から交流を申し出る理由は、一つ。レベル4が王国から出たことだ。王学と魔学の生徒同士の戦いで認定された。ならば、レイブンが派遣してくるのは真の精鋭だ。
それでも、レイブンの精鋭がどれほどであろうと、あの子たちにはかなうまい。
そうも思うし、やはり世界の水準との比較も必要だとも思う。
何か時代が動いている。そんな気がする。
◇◇◇
生徒会長のプリシラに呼び出されたソフィはいやいやながらもその役目を受けた。
レイブン20名の派遣を最初に受け入れるのは王学だ。失敗は許されない。生徒会だけでは人手が足りない。一般学生も参加させて実行委員会を立ち上げた。
饗応晩餐会部会。その部会長がソフィだ。生徒会長と言うより第一王女の指名だ。断れない。
嫌で嫌で仕方ないのだが、実際のところ、宮廷作法や古典、儀礼の知識など、ソフィはこの分野の成績がいい。その美貌もあって、適任とは言えた。
プリシラはソフィのカリスマ性を知っている。
本来プリシラのような立場のものは強いカリスマを持つ存在を遠ざけるものだが、ポンコツの兄たちと違い、彼女はとても有能でなおかつ度量があった。それにプリシラはソフィに敬意さえ抱いており、彼女ともっと近づきたいのだ。
レイブンの精鋭20名。内訳は魔術学部、士官学部それぞれ10名。
「おいおい俺たちが行くのかよ。他の奴らじゃ駄目なのか。やりすぎだろ」
そんなことを言っている。
自信があるのだろう。でも相手を舐めれば痛い目を見る。事実、レイブンの魔法使いにレベル4はおろか、レベル3もいない。在学中にレベル3まで認定されたものは100年ほど前にいたらしいが、本当かどうかもあやしい。
魔術学部筆頭カーク・フロンティアは浮かれた雰囲気を苦々しく思った。
「ふん、貴公、顔色がよくないぞ」
絡んできたのは士官学筆頭オスカー・ブラッククロ―だ。
「王学には君の一つ下で学年最強だったレイ・アーセナルがいるよ。勝てるのかい?」
「レイ・アーセナル?ああ、確か転学間際に貴族の養子に入ったとかで、そう名前を変えていたな。ユキノジュリンスクのレイのことだろ?一つ下はレベルが低い。問題ない」
オスカーは貴族の令息だ。七龍の一つ、ブラッククロー公爵家。プライドが高く、そのプライドを傷つけないため、努力してきた。動機はどうあれ負けられない理由をもった人間は強い、あるいは強くなる。
「それより、貴公ら魔術屋は長旅に耐えられるのか?ああ、そうか。馬車に揺られても気持ち悪くならない呪文とかあるのか?」
「やめなさい、オスカー」
サーナキア・オライオン。男爵家令嬢にして女騎士、そしてオスカーの幼馴染。オスカーはサーナキアから見れば主君筋だが、二人の間にそんな歪な要素は持ち込まれてはいない。
わかったよと言ってオスカーは馬車に敷き詰めた藁に寝そべった。オスカーは幼馴染に弱いのだ。
「ごめんなさいね。悪い奴じゃないんだけど」
「いいよ。進む道は違うけど、僕たちは戦友だ」
夕陽。しかしオレルネイア王国王都はまもなくだ。有名な王都だが、その地を踏むのは初めて。胸が高鳴った。
「うわあ……」
きらびやかな王都。
無邪気な声を上げるのは帝国宮廷巫女の家系、ジータ・イーマだ。
夜警の騎馬、いくつもの街を照らすランタン。
ランタンの明かりを反射する緻密に敷き詰められた石畳。風雨が削った表面の丸みは歳月の証明だ。その歳月が暖かな陰影を浮かびあがらせている。その通りに沿って並ぶアプリコットの木組みの家。窓辺の花。オレンジ色に浮かび上がっている街の景色に歴史の重みが滲んでいる。
帝都の荘厳だが厳粛な雰囲気とは違う。王都はよりきらびやかだ。
規模では大陸最大の帝都だが、富の集積と言う点では王都のほうが勝るのではないか。王立子弟学院も立派な校舎だ。
部屋に荷物を置いて着替えると、神々しい美女が迎えに来た。
神話の女神もかくや。
カークもオスカーも呆然と見惚れた。もっと見続けていたい。そう思わせる。
でもニコッと微笑まれると、あわてて目をそらす。
「申し遅れました。ソフィーティア・ディムランタンと申します。カーク様、オスカー様、滞在中はどのようなことでもお気軽にお申し付けくださいませ」
彼女は名乗ってもいないのにカークたちの名前を知っていた。
彼女に先導されてついて行くと、そこは晩餐会会場。王学全校生徒がレイブン一行を出迎える。紙吹雪が乱れ飛び、盛大な拍手だ。
ソフィの透き通る声でレイブン一同の紹介がなされ、そのたびに拍手が鳴る。次いで歓迎のあいさつ。第一王女プリシラだ。巨大な帝国旗が用意され、王国旗とともにたなびく。
プリシラの声はよく響く。
そして楽団の演奏、豪華な料理。プリシラも挨拶して回る。ソフィも。聞けばソフィは公女だとか。
王女に公女、そして料理が次から次へと運ばれてくる。王家から金が出ているのだ。
翌日は王都見学に、演劇鑑賞。そしてまた晩餐会。酒も出ている。
プリシラたちとレイブンの面々は打ち解けていた。
翌日、プリシラの要望で交流戦の代表者たちの面談が行われた。
しかし王学側はプリシラとソフィの二人だけだ。
「これじゃ、我々だけ出場者を知られたことになるな。一杯喰わされたかな」
不服そうなのはオスカーだ。
「ええ、そのことなのですが、本日はご提案が御座いまして、この場を設けせて頂きました。プリシラ会長お願いします」
ソフィに話を振られたプリシアが提案内容を説明した。
レイブン側は呆然とする。
「や、八百長……?本気か……」
カークが呟いた。酒と料理で圧倒し、そして八百長の提案。こいつら一体、何だと言うのだ。怒りが生まれた。
すなわち。魔術、武技、本来はそれぞれ3人代表を出して勝敗の数を比べる。これを2勝1敗と1勝2敗で分け、合計両校3勝3敗になるよう調整させてくれと言うのだ。
「何のためにですか?」
サーナキアが怒りをにじませながらも冷静に言った。
冷静な口調。だが彼女の唇は震えている。
プリシラは一度天井を仰ぎ、視線を戻して口を開いた。一同が自分に視線を集中させるタイミングを見計らって。
「あなたたちが本気になったら、今の私たちでは全敗もあり得ます。弟に恥をかかせるのが兄の役目ではないはず。王都はあくまで親睦と社交の場、王国として本来の交流戦の相手はそれぞれ魔学と武大が用意しております。レイブンの皆様の様子を見ると、どうも建前のところまでも本気で戦おうとしているように見受けられましたので、その確認なのです」
兄や弟といった表現で巧みにくすぐりながら、レイブン側がもの知らずだと言わんばかりの表現も織り交ぜた。
しかし、それでいいのか?そういうものなのか?
なおも一同頭の中に沸いた疑問が解消されない。
「正直申し上げて私どもは困惑しております。まさか、社交の場でその相手を打ちのめし、勝利の一つに数えるおつもりではないのかと。まさかあの誇り高いインペリアル・レイブンが私どもをそんな風に利用するなど、決してなさるはずがないと信じておりますが」
ソフィが便乗した。
プリシラは表情を変えることなくソフィの横顔を見た。
ないすぅ~。
「引き分け?最初から決まっていると?」
ジータ・イーマ。歴代宮廷巫女輩出の家系に生まれ育った彼女は、そんなこともあり得るかと思った。
「いえ、私どもが考え違いをしておりました。ご提案しなおしさせて下さい」
勝負どころ。
プリシラが口を開く。
レイ・アーセナルは帝国出身。王学よりレイブンで学んだ日々の方が長い。彼に1勝を欲しい。これだったら合意頂けるのではないか。彼の1勝はレイブンの1敗を意味しないのだから。そして、その上で武技を両校1勝1敗1分けとする。もちろんレイブンから見ればレイによって失った勝ち星は1敗に相当しないのだから1勝1分けと同義だ。魔術も同様に1勝1敗1分けで調整すれば、両校名誉を失うことなく、インペリアル・レイブン出身、レイ・アーセナルの分だけ実質レイブンの総合勝利だ。総合勝利おめでとうございます。プリシラの説明に、何だが歩み寄れる気になった。
これならいいのではないか。
え、マジか、こいつら。
結果的には最初の条件から何一つ変わっていないのだ。だがレイブンの面々は満足そうにこの条件を呑もうとしている。
おそらくレイブンには剣と魔術以外の学科はないのであろう。
ソフィは戦慄と共にインペリアル・レイブンの面々の表情の変化を見て思った。
レイが勝てば1勝5敗、あるいは王学全滅の0勝6敗。そのどちらかしかなかった。なにしろ勝てそうなのがレイしかいない。まあ、1分5敗の可能性もあるが、そこまで考えてはキリが無い。
それが両校2勝2敗2分け。
実質的な敗北をレイブン側は自覚していない。もちろん王学としては、これでいい。
ソフィは翌日から算術の勉強に身を入れるようになる。算術の勉強をおろそかにした人間の末路を垣間見たのだ。
算術は本当に価値のある偉大な学問だ。




