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第20話 アビス研究会

 星は回転しそして回転は力を生む。引き寄せる力。引き合い、そして時にぶつかり、夜空には広大な力が溢れ、それが地表に降り注ぐ。魔力の源泉。天人や魔人はこの源泉を自在に扱った。人間はそれを扱う術を持たずに生まれたが、後天的に研究の成果としてその操作方法を確立した。魔法だ。


 金星の魔法はレベル3最強の攻撃魔法と言われる。強い貫通力を持つ宵の明星、明けの明星。古代より人類を導いた神秘のビーナス。確かにメリッサにふさわしい。彼女は魔法の到来をもたらす夜を誘い、人々に希望をもたらす夜明けの先導者だ。


 その強い貫通力はヒルダの魔弾の雨嵐を蹴散らすだろう。

 彼女にふさわしい魔法だが、結局のところ、彼女はまだそこに縛られている。

 そこはメリッサが向かう先でも留まる場所でもない。

「や、やった、やったよ、クリス」


 魔法を成功さえたメリッサの目に涙が浮かんでいる。

「良く頑張ったね、メリッサ」

 優しく抱きしめた。


 テオドラやフレデリカの前だ。だからあまりいやらしくならないし、クリスはテオドラやフレデリカにも加わるように促した。最近のクリスは大人びている。行動がイケメンだ。


 とりあえずはこれでいいものの、しかし十分ではない。というよりこのままでは駄目だ。クリスは悩んだ。


 ◇◇◇


 相談相手はヒルダだ。久しぶりに会った彼女はとても充実しているように見えた。

 子供たちに魔法を教える。


 飲み込みが早いのよ。それに純粋で素直な心だから、魔法の効果が大きい。

 練習が早ければ早いほど、魔法の効果は強くなる。


 ヒルダはそう力説した。

 それにね、私たちの魔法は魔学のとは少し違うから、魔学の入った時のことを考えて抵抗なく成長していけるようにおしえなきゃいけないのよ。


「わたしたちの魔法」

 きっと二人で練習した日々の魔法だ。禁呪のことではないニュアンスだ。

 彼女の表現に嬉しくなる。

 今も二人はあの日々の記憶と経験を共有しているのだ。


 クリスの表情がより優しく、その雰囲気がより暖かくなったようにヒルダは感じた。そうだ、あの日々は忘れない。私の宝物。

 若くして校長先生にまでなってしまったけど。まだ学生を続けられる生徒をうらやましく思ったこともあったけど。


 でもそんなにうらやましかったわけじゃない。だって、自分だってちゃんと青春を経験したのだから。ライバルだっていた。正々堂々と大舞台で戦った。悩みを話せる仲間がいた。

 秘めた想い……。そういうのだって。


 うらやましかったのはほんのちょっと。後悔と言う意味なら微塵もない。


 頃合いと見たのかゼビルもやってきた。

「閣下、お初にお目にかかります。ディムランタン公爵家の庶子でクリストファーと言います」

 姉からゼビルがすごい奴と聞いているので礼を失しないようにした。いや、たしか、姉はゼビルの耳が不自由だとか言っていたが、そうなのだろうか。魔法でそれを克服していると。


 でもゼビルはどこにでもいるおっさんに見えた。いや違うか?確かに魔力が大きい。魔力の大きさを隠しているようだ。

「しかしこの場所は魔素濃度が高まっているようですね」

「分かるかね」

「もともとそういう場所のようですが、学校の運営が刺激になっているようですね」


 魔素濃度の高い場所には魔獣がやってくる。

 クリスは夜遅く目立たないように学校の周囲に結界を張り、近くの森をぐるぐると歩いた。常時無意識に発動している魔力の影響。或いは週に影響を及ぼす魔力。

 パッシブスキルと呼ばれるもので、かつて同じ効果のあるものは魔神のオーラと言われるスキルだった。下位魔獣は恐怖で近づけなくなる。

 たまに様子を見にこよう。

 クリスはそう思ったが、結局相談事は口に出せなかった。


「クリス……」

 朝帰って行ったクリスを見送り、すぐにヒルダは結界に気付いた。

「結界のようだな?良く分からんが、効果あるのかね?」

「ええ、すごく強い結界。とても古い術式で解読できないけど、これならきっと古龍でも近づかない……!」

 二人は義理の親子関係、もう敬語を使わない間柄だ。


「彼はヒルダより強い魔法使いなのか」

「きっと世界最強よ。二番手を大きく引き離した孤高の存在。少なくとも私はクリスの足元に及ぶ程度の存在さえ知らない」

 ヒルダがそう言うならそうなのだろう。しかし大陸1の魔女にそうまで言わせるか。


「閣下の耳が悪いとか彼のお姉さんに聞いたんだって。そうなの?」

 ヒルダは昨日クリスから聞いた話をゼビルに確認した。

「ああ、確かに以前。今はよくなったけどな。それで、そのお姉さんと直接の面識は?」

「ないのよ。お話ししたことはないけどクリスの自慢のお姉さん。美人で有名なんだって。確か、お名前はソフィーティア様だったかと。」


 クリスの姉である以上、当然ディムランタン公爵家の公女と言うことになる。誰も知らないはずのゼビルの秘密を知るだけの権力がディムランタンにはあるのかもしれない。名前だけは強く印象に残った。

 そういえばクリスのほうは以前も見たことがあった。在学中、ずっとヒルダを支えた親友だ。ヒルダが優勝しても一切表舞台に出ず、裏方に徹していた私欲の無い魔法使いの少年。庶子だが家格も素晴らしい。ポンコツ公爵のせがれのくせに下心も無く対等に付き合ってくれていた人間性もある。

 いい友達にも恵まれているようでゼビルは嬉しくなった。そういうのは大事だ。でも、待てよ。


 そうだ、庶子だ。なら公爵家を出ることも可能だろう。ヒルダが望むなら一肌脱がなくては、と決意を新たにする。そしてクリスがいる間、彼を見るヒルダの瞳には深い憧憬の色があった。ヒルダはクリスと共に居ることを望んでいるのではないだろうか。

 たとえ公爵筆頭ディムランタン家相手であっても俺なら出来る。

 もうちょっと日が高くなれば、校庭は駆け回る子供たちの無邪気な声で満たされる。


 子供たちの声、眩しい太陽、地熱の萌芽。ハイランドの領地はどこよりも明るい。

 将来、その領地を率いるのは世界最強の魔法使いと大陸1の魔女。

 必ず実現してやる。そう胸に秘めるは有言実行の男。


 ハイランド男爵家の未来もまた明るいのだ。


 ◇◇◇


 問題は未解決だ。それでもメリッサの瞳には輝きが戻っている。今はこれでいい。でももう一波乱あるのだ。だからと言って問題から逃げるわけにはいかない。逃げるなと人に言い、そんな自分が逃げたなどと、そんなことは自分自身が許せない。


「ねえ、ケーキ屋さん行こうよ~」

 メリッサだ。テオドラとフレデリカも入れてよく4人で研究し、そして一緒に遊んだ。メリッサは雰囲気が随分と変わった。いつも笑顔だ。背負っていた重荷をおろしたかのようだ。

 この優秀な魔女を挫折で潰しては駄目だ。クリスはそう思うのだった。


「昨日の夜は凄かったねえ」

 夕べ皆で屋上に上がり、流星群を見た。流星群を見に出てきたのはメリッサたちだけではない。他の生徒もだ。ただ見に来ていたのではない。研究会ごとにグループになっているケースが多い。

 魔学ではいま、今研究会の発足がブームだ。


 アビス研究会。フレデリカが名づけたメリッサたちの研究会が第一号。金星の魔法の成功に学院中が湧き、次々と生徒たちの間で研究会が発足した。

 それぞれ研究テーマも違うし、人数も違う。目的だって同じではない。だがメリッサの情熱が伝播して生まれた研究会には共有する者がある。

 すなわち、情熱だ。


 情熱は共有し、しかし目的が違う、テーマが違う。そこにイデオロギーが生まれ、イデオロギーの対立もまた生まれる。研究会戦と名付けられた私闘が発生するようになった。私闘は禁止だ。退学だ。

 とはいえ研究会は既に正式な課外活動として認められており、生徒たちは課外活動の一環として正式な手続きを踏んで研究会戦を行った。


 やがて研究会戦の禁止が通達された。危険と見なされたのだ。

 しかし健全な議論なら禁止の対象ではない。

 研究会戦は野外から学内に戻り討論室で行われるようになった。

 一方派閥形成も活性化する。

 小所帯ながら有力者ばかりのアビス研究会を引き入れようとする派閥同士の争いが増えた。


「先輩、うちらの派閥の長になってくださいよお」

 天の川研究会という研究会の生徒。

 しつこくメリッサについてまわっていたその女生徒がある夜、背後から魔法攻撃を受けて怪我をした。


 もう放置はできない。

 メリッサ名で派閥収集が行われた。


 そしてその日、私闘が行われた。場所は塀で囲まれた屋外の大練習場だ。アビス研究会が全派閥に宣戦布告した。

「おいマヌケ共。お前ら雑魚を相手にするのは研究会内最弱のこの俺様だ。メリッサ会長のレベル3魔法で即死しなくて良かったなあ?まあ、威力が弱い分、苦しんで死ぬかもしれないけどなあ」


 クリスは200人ほどいる生徒たちに向かって言い放った。

 テオドラとフレデリカはいない。彼女たちは現場から少し離れた場所にいる。怪我人救護が役目。

 したがって、今いるのはメリッサとクリスの二人だ。


「会長!やっちゃっていいですかあ?」

 まるでブリッジするかのように大きく背を反らして背後にいるメリッサに尋ねるクリス。


「やっておしまい!」

 でも大丈夫かなと思う。ちょっと多すぎるのではないか。


「鍵をかけたからもう逃げ場はねえぞお?おら、かかってこいやあ、クソ雑魚どもがああ」

 更に挑発。魔学は女性の人数が多い。挑発しても攻撃は躊躇いがちだ。ただ男も三割ほどいる。そのうちの何人かが撃ってきた。

 合計数発。全部レジストされる。


「ぶっひゃっひゃひゃ。蚊に刺された方がまだ効くぜえ」

 クリスがクネクネと変な踊りをしながら下品に嘲笑した。

 完全に悪者だ。腹を立てて、撃ってくる人数が次第に多くなる。


「ちょ、ク、クリス!」

 メリッサは青くなった。


 攻撃に参加する生徒がどんどん増えている。そしてついにヒルダの魔弾の雨もかくやという200人の連撃、雨嵐。

 その中をぶひゃひゃと笑いながらクリスが歩みを進める。

「う、うそ……」

 口を押えるメリッサ。


 200人の生徒が撃って撃って撃ちまくるが、全てレジストされている。やがて一人の男の目の前まで歩み寄ると杖を振るう。魔力に耐えきれなかったのか杖が半ばで折れて弾けた。しかたなくクリスは掌を男子生徒に向け。バチンと魔法で弾き飛ばした。さらにその隣の男。歩みはあくまでゆっくりだ。下劣な笑みも絶やさない。触媒である杖なしに魔法を行使する常識の埒外。三人目を同じように弾き飛ばすと、ついに200人に恐慌が訪れた。

「うわああ」

「いやああ」


 パニック。杖も捨てて走って逃げる。逃げる、逃げる。悲鳴、怒号、恐慌。

 走って逃げて全員が壁際に追い詰められた。後で考えると、ここで怪我人が出なかったのは幸運だった。テオドラを控えさせているとはいえ、実際の怪我人の有無はその後の状況を大きく変える。


「クリス!」

「ぶひゃひゃ……?」


「止まりなさい!」

 ようやくクリスが止まる。そこへメリッサが前に出た。


「お前たち、降伏しなさい!アビス研究会の傘下に入るものは膝をつけ!」

 200人全員がその場に膝をついた。これにて全員アビス研究会派だ。こうして派閥争いは無くなった。


 メリッサの手の中に折れた杖がある。さっき折れたクリスの杖だ。クリスはその杖はもういらないと言った。その杖に刻まれた文字はまるでミミズが這ったよう。

 "The first step of magic is the step to unravel the mysteries of the world. Dedicate sincerity and pave the way for a long journey."誠意を注げ、魔法が解き明かす世界の神秘に至る第一歩。その力で切り開け、そのくらいの意味だ。


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