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第18話 都大路、花は蓋し咲かんとせん

 最近武大の生徒がいつもいる。立派な馬に乗った赤毛で長身の男。アリオンだ。たまに誰何されるが武大の正式な学生であることを保証する身分証をいつも携帯している。


 彼はもちろんソフィに会いに来たのだ。そして王都大路で偶然の再会を演出しようとしているのだが、良く目立つ。噂ではその見栄えの良さだけで勝手に異国の王子と決めつけられている。


 そしてアリオン自身も別の噂を聞いた。最近王都にとんでもない美女が出現し、この辺を通ることがあると。


 ソフィではないだろうな。ソフィは美人だけど、そういう感じで見られるタイプではなかったから。


 同様にソフィも今話題のその噂を聞いた。夕暮れ時、異国の王子が后を探して王都に立つのだと。


 アリオンは皇太子ながら宮廷における会話術、処世術も理解し実践する器用な男だ。剣の腕も立ち、馬術も魔術も使える。そして軍学の才能、用兵術。ありとあらゆることに精通した未来の帝王は、しかし今、信じられないほど不器用だった。


 偶然の再会、そして話を膨らませる。そのシナリオでしか動けないでいた。王国を刺激しないため、護衛は一切連れていない。兄のところに行ってくる。配下にそう説明しているのだ。だから全て彼自身で動くしかない。目星をつけたレストランには1年分の売上くらいにはなる金を渡して、連日押さえてある。


 偶然会って、では再会を祝して食事にと誘ったところで行った先が満席では格好がつかないからだ。


 ただ、なんとなくだがソフィは酒が強い気がする。自分も強いがもっと強そうだ。そう思ったアリオンはアルコール消しの薬草まで用意していた。


 なのにソフィは通りかからない。アリオンの表情は次第に切なくなり、美形の切なそうな表情は、ロマンスをさらにロマンティックに彩るのだ。少なくとも王都の市民たちは勝手にそうストーリーを肉付けした。


 王子は切ない事情を胸に秘めているのだと。


 数日後、武大から迎えがやってきた。いつまでも帰らないアリオンに対し、使いがイグナス公爵の元に行ったのだ。


「ここには来ていないが、たぶん大丈夫だろう。王都にいるんじゃないか」

 それが兄である公爵の返事だ。それを聞いた護衛は武大の生徒の制服と身分証を作って王都に迎えに来たのだ。つまり見た目は武大の生徒だが、正体はアリオンの護衛だ。


「どうか、これにてお帰りを」

 迎えに来た護衛たちはその場で片膝をついた。目立つ。


「フッ、ままならぬものよ」

 アリオンは嘆息した。こんなことなら強引に押しかければよかったか。

 その時王都大路がざわついた。


 じろじろ見られるので最近外出を控えていたソフィが日没近くならと買い物に来たのだ。


 この時間にいるんだっけ。異国の王子様とやら。

 すると、いた。こいつだ。

 3人の男を膝まづかせて偉そうに立っている長身の男が。


 おお、王子……おおお、お……?あれ?なんだ、アリオロスじゃなくて、えっとアリオンか。お前かよ!トキメキ返せ!

 ソフィはしかし笑顔を作って手を振った。アリオンも気付く。


 絶世の美女。いや、ソフィだ。あれ、こんなだっけ?

 だが勝手に体が動く、駆ける脚に自制が効かない。


「ソフィ!」

「アリオン」

 ダッシュでソフィの元に駆け寄ると人目も憚らずに抱きしめた。


 大歓声。いや大大歓声か。

 王都に突如出現した平民の美女は、異国から逃げてきたのだ。きっと身分違いの恋に駆け落ちしたのだろう。


 その逃避行の途中で行き別れた二人。今、王都の真ん中で……

 ストーリーが完成した。


 鳴り止まぬ歓声と拍手の中心でアリオンに抱きしめられ、抱き上げられる。

「ちょっと、アリオン、恥ずかしい、やめて、やめてったら。ね、ねえってば!おいやめろやゴラア」

 カコーンと美女の拳がイケメンを打ちつけた。


 聖属性エンチャント付与オーラナックル。凄まじい音がした。濁りの無い澄んだ音。ソフィが我に返って辺りを見回すと、市民が気まずそうに、そしてあからさまに視線を逸らした。


「ご、ごめんね、アリオン、大丈夫だった?ちょっと驚いたものだから」

「だ、大丈夫。でも最初ちょっと違って見えたから、変わって無くてほっとしたよ」


「あら、以前よりきれい見えたのかしら?」

「いや、前の方が全然いいね」


「ん……?」

「いえ、以前も今もどちらもお美しい」

「はじめからそう言いなさい」

 護衛たちが冷や汗をかいている。日が沈みきる。


「暗くなった。送って差し上げろ。ボクは今夜帰る」

 アリオンが護衛たちにそう告げた。

「あら、この人達は初対面よ?エスコートはアリオンにお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


 信用された。帰り道をエスコートする程度には。そのことが嬉しい。

 二人は護衛に守られながらただただ無言で歩いた。学生寮にはすぐに着いた。


「殿下、先ほどのご令嬢様の身分は?」

 帰路、護衛が慎重に聞く。あの見た目。並みのご令嬢とは思えぬが、どうかその推測が当っていますように。


「王国のディムランタン公爵家令嬢だ」

「お、おお~」


 護衛三人は拍手しかけて、かろうじて踏みとどまった。さすがに不敬だから。しかし喜ぶべき状況だ。

 皇帝家は過去に平民から后を迎えるケースもあったが、最近はそういうことにも反発が上がる。王家第一貴族のディムランタン公爵家なら何の問題も無い。

 アリオンは少し上の空だ。


 彼ははっきりと自覚した。恋焦れている。だが今日分かったもう一つの事実。自分は彼女にふさわしくない。


 敗北感など感じたことのない男。己個人の能力も含め、兄以外のすべてに対して優越者だった。そのボクが彼女には及ばない。


 だが必ず手に入れる。欲しい。ソフィが。欲しいものは手に入れる。それができてこその皇帝だからだ。


 アリオロス・ゲルニア。彼に欠けていた執着心。初代皇帝を超える才能の持ち主が、ようやく飢えた狼になれた夜だった。


 ◇◇◇


 武大の帝王、その剣は黄金の輝きを放つ。無敵の剣だ。ミネルヴァはアリオンに聞いた。しばらく学校を休んでいたが、何をしていたのかと。その剣の上達の理由は何だと。

 アリオンは兄に剣技の指導をしてもらったことを説明した。そこはウソじゃない。


 ミネルヴァは休学手続きを取ると、マケドニア公爵領に向かった。自分も剣の腕を上げたい。そう言うとアリオンは笑顔で紹介状を用意してくれたのだ。


 帝国七龍家。それぞれがドラゴンスレイヤーの末裔たちだ。


 マケドニアはその筆頭だ。イグナスが養子に入ったことで家柄は存続する。皇帝の第一子が家督を継いだことで、血統に変化があっても家名の重さ、貴さは少しも揺るぎはしない。


 しかし、公爵家は気さくだった。公爵邸のものはミネルヴァを覚えていた。ミネルヴァが剣を習いに来たと告げると大きな部屋を用意され、召使もつけられた。

 いつまででも自由に使っていいと言う。


「あ、あの今更ですが……」

 執事だという老人に手紙を渡す。アリオンから紹介状を書いてもらっていたのだ。

「おお、ご丁寧に」

 口ではそういいながらもまるで興味が無い様子だ。


「公爵様は明日には戻るはずです。それまでごゆるりと」

 その夜は大きな食卓の主賓席に座らされ、見たことも無い量の料理が振る舞われた。

 まずい。非常にまずい。完全に誰かと間違われている。


 ちゃんと名乗ったし、公爵の実弟であるアリオンから紹介状も書いてもらい、渡してある。いや、でも……。紹介状をあまり見てはいなかったな。それでもそれはこちらの落ち度ではない。見ない方が悪いのだ。


 とはいえ、だ。人違いと知れた時のことを考えると生きた心地がしない。さりげなく何度も武大の学生であること、剣を学びに来たことをアピールするのだが、そうでしょうとも、そうでしょうともと、ただ肯定されるばかりで状況を打開できない。何一つ好転しない。


 ちくしょう。なんでこんなことに。あたしはただ、剣の修業を……

「おえええッ」

 狼狽と焦燥のあまり、その場で派手に吐いた。


 公爵邸は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。数十人もいる召使たちが行ったり来たりし、給仕の責任者が腹を斬ると騒いでいる。

 寝室に戻ったミネルヴァだが全く眠れない。部屋は大きすぎるし、ベッドもデカすぎる。ふとドアに目が行った。そのドアは開けたことが無い。


 開けるとさらに大きな部屋があった。壁に肖像画。月明かりが入る位置や角度まで計算されたかのような配置。大きな肖像画。金髪ストレートの美人だ。


 武大在学時の逸話は、女たらし、酒飲み。成績に関するものはない。だが何度か見たイグナス公は評判とは正反対の男だ。そのなによりの証明こそ、あの聡明な弟の存在にある。アリオンは兄を尊敬していると明確に公言している。


 肖像画の女性こそ彼の女たらしの噂の原因となった女性なのだろう。

 女たらしなどと何をバカな。


 この広い空間を占める空気。一途な想いが溢れるようではないか。そっとドアを閉める。

 早く会いたい。イグナス公の気持ちが伝染したのだろうか。

 そう思ううちにまどろみが訪れた。


 翌朝、着替えて朝食に案内される。すでに用意は整っていて、この邸の主人が待っていた。

「ミネルヴァ、久しぶりだね。昨日はよく眠れたかい?」


 イグナスだ。いつも見る胸元をはだけ、腕まくりした格好ではない。きちんとしている。

「こここ、公爵様に置かれましてはお日柄もよく……」

「ん?どうした?早く座れば?」

「は、はひ」


 右手と右足が同時に前に出るような変なリズムで席につく。食卓には二人だけ。昨日の大きなテーブルはどこかに移動させられたらしく、今朝のテーブルは大分小さい。その分、向か合わせのイグナスと距離が近い。


 というより、この扱いは……。

 まるで公爵家の一員になったかのようだ。


「昨日は食事があまり口に合わなかったようだけど」

 くッ、誰か余計なことを……


「い、いえ、そんなことは御座いません。ちょっとあれだけの量は生れてはじめてで……。それに寝室の広いこと、あんなフカフカで大きなベッドで寝たのも初めてす」

「それは良かった。あの部屋は歴代の公爵夫人の部屋だから、きっと気に入ってもらえると……」

「ぶはッ」


 オレンジジュースを噴射した。

 またやってしまった。もう駄目だ。帰りたい。


本日もご愛読ありがとうございます。明日(2025年12月22日)より朝7時10分と夜9時10分の二回投稿にさせて頂きます。今後はこのリズムでじっくり腰を据えて物語を紡いでいきたいと思います。引き続きソフィたちの歩みを見守って頂ければ幸いです。よろしくお願い致します。

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